ヘビとブーメラン

吉井和洋

第1話 出会い


目が覚めた。もう 時だ。少し頭が痛い。昨夜の接待で少し飲みすぎた か? それにしても土曜日に接待とは疲れる。二次会が終わったのは確か午 前2時くらいだった。今日が日曜日だからいいものの、平日だったら仕事に ならない。 アパートに食べ物がなにもなかったので、僕は近くのマクドナルドに行く ことにした。 マクドナルドは若者であふれていた。皆、のん気に騒いでいる。学生時代 が懐かしい。 飲みすぎたわりにはお腹がすいていたので、ビッグマックとポテトのセットを買って帰った。

ひとり暮らしの僕の部屋は1階。本当は2階以上が良かったのだが、2階

以上の部屋に空きがなかったので仕方なしに1階にした。

夜、窓を開けて眠れないのは残念だが、代わりに 畳ほどの庭がある。そ

こにホームセンターで買って来たお洒落なパラソルとテーブルを置いている。

結構イケていると自分では思っている。

庭のテーブルでビッグマックを食べようと窓に近づいた時、

「ひえ〜、助けてくれ!」

と言う声が聞こえた。庭の外の畑を見ると、ヘビがネコに追いかけられて

いる。

「助けて、助けて」

声はヘビの方から聞こえる。

「開けて、開けて!」

何がなんだか分からない僕は、言われるがまま窓を開けた。

「サンキュー!」

と言う声とともにヘビが部屋に飛びこんできた。

「閉めて。早く!」

また、言われるがままに窓を閉めた。

ネコが庭からこっちを見ている。目が合うと畑の方に行ってしまった。

僕は、ヘビを見た。どこにでもいるシマヘビだった。体長は1メートル

センチくらいだ。

「あ〜、助かった〜。ありがとうございます」

ヘビがおじぎをした。


僕は、まだ何が起こっているのか分からなかった。でも確かにヘビの方か

ら声がした。ぽかんとしてヘビを見ていると、

「何ぽかんとしているんや。ヘビが喋っちゃ悪いか!」

〝悪い〟〝悪くない〟という問題ではない。普通では考えられないから問題 なんだ。

僕は、ほっぺたをつねった。

「夢だと思ってんのか? 夢じゃないよ。現実、現実。そういう俺も、初め は自分がヘビだってことを信じられなかったけどな」 ヘビはそう言いながら窓際に行き、体を立てて外を見ている。ヘビをじっ くり観察しても、どこにもリモコンのアンテナのようなものはない。動きも 本物のヘビの動きだ。どうも本当にヘビが喋っているようだ。

「あのネコ、諦めたかなあ」

また、ヘビが喋った。

「あの〜。あなた誰?」

「誰って、見てのとおりのヘビだよ」

「でも、普通のヘビじゃないでしょ。喋っているし」

「ヘビが喋っちゃ悪いか!」

「悪くはないけど、普通じゃないじゃん」

「俺だって、好きでヘビやってんじゃないんや! 気が付いたらヘビだった

んや。その前はちゃんと人間だったんやから」

「じゃ、何か悪いことでもして神様にヘビにされたんだ」

「ちゃう、ちゃう。死んで目が覚めたら、ヘビやったの」

「えっ! お前、死んだの?」


人間だった? 俗に言う〝生まれ変わり〟ってやつか。でもやっぱり、生

前に何か悪いことしたから、ヘビに生まれ変わったのじゃないか。

こうそく 「心筋梗塞でね。いわゆるメタボってやつ」

「メタボ! へ〜、今そんなにスマートなのに?」

「アホかお前? 人間の時の話や。それと人のこと『お前』って言うな!

俺はお前より人生の先輩なんやぞ」

そんなこと言われても、ヘビの年なんか分からない。

「じゃ、なんて呼べばいいのさ?」

「山本さんかな」

「山本さん? なんかピンとこないな。下の名前は?」

「太郎」

「山本太郎? あははは......山本太郎、ありふれた名前!」

「うるさい! そういうお前はなんて名前や」

「田中徹」

「なんじゃ、お前もありふれた名前やんけ」


ヘビはまだ窓から外を見ている。

「しばらく居てもええかな」

「まあ、いいですけどね。でも、もうネコはいませんよ」 「あのネコしつこいからなあ」 追いかけられるのは、今日が初めてではないようだ。 「ところで太郎さんは、人間の時、何してたんですか?」 ヘビに「太郎」って犬みたいだな。 「製薬会社の営業課長、いわゆるMR(Medical Representative =医薬情報 担当)ってやつの上司」 製薬会社の営業課長。うちの課長と同じくらいの年で死んだということか。

「へ〜、なんという偶然。僕、MRしてるんですが」

「え、お前MRなの? 売れそうもない顔やな。営業成績良くないやろ?」 人に命を助けてもらってよくそんな事が言えるな。当たっているだけに反 論できないが、少し頭にきた。

「顔見ただけで、分かるんですか! だいいち、僕はあなたの命の恩人なん

ですよ!」

「あっ忘れてた。すまん、すまん。その節は大変お世話になりました」

ヘビはお辞儀をした。

〝その節は〟って、今さっきだろ。

「お礼に、お前の相談役になってやろう」

「いやいや、いいですよ。気持ちだけありがたく受け取っておきます」

「遠慮すんなよ。ヘビは神の使いやぞ。ありがたく思え。それに俺はもう決めたんや。ここは安全やし」

勝手に決めんな。神の使いのヘビって、白ヘビじゃなかったっけ? だい

たいなんで、僕がヘビに相談にのってもらわなきゃいけないんだ。

「なんの相談にのってくれるんですか?」

と、とりあえず聞いてみた。

「なんでもこいや。お前、モテそうにないから恋愛から、営業スキルまで」

モテそうにない! 悔しいけど当たっている。けど、メタボで死ぬような

は やつだから、きっとボテっと腹が出てて頭も禿げていたに違いない。なんでそんなやつに、こんな事言われなきゃいけないんだ。 「そうと決まったら、まず腹ごしらえやな。おっ、ビッグマックじゃねー か! 懐かしいなあ」

そうと決まったら? 僕は何も決めてないぞ! ヘビはビッグマックの箱に巻きつき、器用に箱を開けていた。口にはいつ の間にかポテトをひとつくわえている。

「それ! 僕の昼飯!」

「硬いこと言うな! お前はまた買えるやろ。俺は買えへんのやぞ」

当たり前だ。ヘビがお金持って来たらビックリする。

ヘビは口を大きく開けて、ビッグマックの一番上のパンを食べている。食べているというより飲み込んでいる。僕の昼食が......。

次に、肉を飲み込んでいる。そして、あっという間にヘビはビッグマックをすべて飲み込んでしまった。

「ふー、久しぶりのビッグマックは旨いなあ」

「旨いなあって、味分かるの? 飲み込んだだけじゃん」

「なになに、この舌で味が分かってるの。なかなかジューシーで美味しかったで」

ヘビが2つに割れた舌を見せてそう言った。

「ぷっ!」

僕は思わず噴き出してしまった。飲み込んだビッグマックで、ヘビがツチノコみたいになっていたのだ。

「何がおかしいんや!」

「だって、お前、じゃなくて太郎さん、ツチノコみたいになってるよ。むかしツチノコ騒ぎってあったと思うけど、あれってビッグマック食べたヘビなんじゃない?」

「アホか、山の中にビッグマックなんかないわい。どうでもいいけど、腹いっぱいになったら眠くなってきた。俺は寝るで」

そう言って、ヘビはとぐろを巻くことなくツチノコ状態で寝てしまった。

こうして、僕とヘビの太郎さんの不思議な生活が始まった

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