第4話

心霊病棟編


三話 五人目


五階の病室へと降りた四人は、安全第一を最優先に階段へと向かった。だが、残念な事態が発生していた。さっき確認に行った時は、四階の灯りがあったのだが今は真っ暗。予想外の事態に動揺したものの、優奈の行動だけは速やかだったのだ。階段近くの配電盤を確認。


「スイッチが下がったままね。あれ?上げてもすぐ落ちるわね。輪ゴムみたいな物で固定しないとダメかもしれない」


彼女の言葉を聞いて、すぐに各病室へ出向き使える物がないかと。バラバラで行動した場合に、看護師や院長との接触を注意しなれば。その結果、二人一組での行動。光輝は紗夜と、灯理は優奈との探索。これは、どことなく抜けている感じの強い灯理を、優奈が放っておけないと判断したからだ。


「雫紅さんは、室内のクローゼットを。俺はベッド下を探すから」


「はい。それと、私の事は雫紅か名前の紗夜を呼び捨てしていいですよ」



「分かった。雫紅、さっそく調べてみよう」


先ほどから旧病棟内は、なぜか一人部屋が多い。だからクローゼットもある。光輝は力ずくでベッドを動かして、その下に何かないかを。紗夜はクローゼットを次々と開けては中身を確かめていく。それが、六部屋ほど続いて七番目で紗夜が声を上げた。


「何か見付かったか?」


「少し古いですけど、ヘアゴムが入ってました」


一本で足りるかは、分からないが不安だ。時間も既に二日目に入っているだろう。スマホを無事に持ったままだったのは灯理だけ。だから、時間を確かめるには彼女の元へ向かうしかない。


「もう一度、ナースステーションを探してみるか。雫紅、そろそろ戻ろうか」


「そうですね。何か向こうでも発見できているかもしれませんし」


階段を通りすぎようとした時に、四階から足音と懐中電灯の明かりが。すぐに隠れるべきだと判断した直後、上がってきた人物はどう見ても生者だった。


「俺は新田克也。お前さんたちは?」


目の前まできて名乗ったのは、二十代前半くらいの男性だった。克也の外見を印象で言い表すなら、ゲーム関係の会社に勤務するプログラマーみたいな人。自己紹介を受けて最初に、対応をしたのは光輝だ。


「初めまして。天路光輝です。彼女は雫紅紗夜」


「よろしく。俺は自分の担当医を探していてね。君たちは知らないかい?松井優奈先生なんだけど」


今に至るまでに行動を共にしてきた女医の名前。二人は無意識に互いの顔を見合わせた。その反応を見て、どうやら知っているのだと察した様子だ。


「もしかして、会ったのか?どこに?今はどこにいるんだ?」


なぜか急に興奮気味になった克也が、光輝の肩を掴んで前後に揺らす。少しだけ嬉しそうな表情。


「えぇ。というか、昨日の夕方くらいから一緒に行動していましたけど」


光輝が言った言葉を何度も脳内で再生させた彼は、掴んだままだった両手を離す。何でこんな反応を示しているのか疑問で、光輝は紗夜に視線を向ける。すると、そっと耳打ちを始めた。


「松井先生の事が好きなんだと思います。いなくなったから探しにきたのでは?」


「招かれるか、連れ去られるかじゃないと心霊病棟に入れないと記憶しているんだが」


都市伝説や噂話の類いが、ほぼ事実だと仮定すると克也が入れるはずがない。それこそ、よほどの例外があったとしか思えないのだ。


「私も天路さんと、同じ考えです。とりあえず、新田さんを松井先生に会わせてあげた方がいいんでしょうか?」


克也は二人の会話に興味を示していなかったが、松井先生という単語には瞬く間に反応を示した。


「君たち、松井先生の居場所が分かるのかい?だったら、すぐに案内してくれよ」


光輝は彼の態度や考えが、妙に危ないものに見えてどうしようもない。本当に会わせてもいいのかと、つい危惧してしまうほどに。


「ど、どうしますか?」


「どうしようか。本当に。何となく会わせない方がいいと思うんだが、俺たち自身は合流しないとマズイだろう。今から放り出すにしても、後を着いてくる可能性が」


「た、確かにそうですね。いざとなれば、面倒な事は松井先生に丸投げで逃げましょう」


今にも掴み掛かってきそうな勢いの克也を放っておくのは、ぜひとも避けるべきだ。五分ほどさらに悩んで、結局は優奈のところまで案内する事を決めた。それほどまでに、危ない人オーラが出続けている。何となくため息を溢したくなうになった雰囲気を、紗夜は感じ取ってアドバイス。


「ため息を吐くと、幸運や幸福が逃げますよ」


まぁアドバイスと言っても、何気なく大勢が口にしている内容だったのは無理もない。特に気の利いた台詞が思い浮かんだ訳でないし、五人目を前にまともな事を言える余裕もなかった。そうして、あらかじめ決めていた合流先である薬品庫まで移動していく。

その途中で新田克也は、異常ともいえるほどに鼻息を荒くしている。何とも言えない嫌な感覚が、二人にゆっくりと迫っていく。ほぼ無意識に紗夜は、光輝の手を握ってしまうほどに。後ろから向けられる視線に、一瞬だけゾクッとした不吉な何か。それをヒリヒリと感じた彼は、紗夜の手を強く握り返す。


「妃崎さん、松井先生いますか?」


薬品庫に着いて、紗夜が中へと声を掛けた。すると、返事はすぐに。


「ちょっと待ってくれる?今そっちに行くから」


返答は間違いなく優奈の声。しばらくして、懐中電灯の明かりで足元を照らした灯理と優奈が。灯理は何かの箱と小箱を両手に持った状態。


「松井先生!俺です、新田です。探しましたよ」


優奈の姿を見た瞬間に、克也の表情が明るくなる。彼女自身は、彼を見た途端に強張った顔つき。灯理は五人目に興味を示さず、未だ手を繋いだままの光輝と紗夜に視線を集中させている。それに気付いた紗夜は、素早く手を離して彼から少しだけ距離を置く。その頃、優奈と克也は。


「松井先生が急に、目の前からいなくなったので心配したんですよ。あちこち探し回っている間に、いつの間にか心霊病棟に入ってしまいましたけどね。それでも、無事に合流ができました。安心してください、必ず俺が連れ出しますから」


「落ち着いてください。あたしがいなくなった事を、病院スタッフに告げてくれましたか?」


「そんな余裕ありませんよ。松井先生に何かあったのかと心配と不安で、頭がおかしくなりそうでしたからね。でも無事な姿を見れて、本当によかった。きっと神様が再会させてくれたんですよ。決して離れるべき二人じゃないと。きっとこれは、運命で間違いありません」


気持ち悪いくらいにハイテンションな克也を前に、彼女は表情はどんどん暗くなる。そんな事を気に掛ける余裕もなく彼の熱弁とも思える言葉は続く。


「ここを無事に出る事ができたら、すぐにでも結婚式をしませんか?子供は最低でも六人は欲しいですよね。きっと優秀な子ですよ。何せ神様が再会させてくれた二人の、愛の結晶になるんですから」


徐々に優奈へと近付いていく克也は、完全に残りの三人である光輝、灯理と紗夜の存在を忘れている。灯理と紗夜はあまりの光景に、心理的な恐怖心を感じて距離を取る。意識していた訳ではないだろうが、二人は自分たちの心を冷静さにさせられる対象を求めていた。

別の言い方をすれば、一方的な依存ができる誰かに光輝を選択したのは全くの偶然だろう。優奈は自分の担当患者がどんどん、近付いてくる事態に恐怖を抱くしかない。少しずつ後退り、最終的に廊下の壁に背中を任せてしまった。この段階で、克也は誰もが異常と言える状態にある。


「新田さん、落ち着いてください」


このままでは優奈に危険が及ぶ。その判断を下した光輝が冷静になるように促した。声を掛けられて、自分以外にも他人の存在があると思い出したのか、克也は三人の学生に視線を向ける。


「あぁ、すまない。無事に再会ができて嬉しくなってね」


言葉は普通に戻ったものの、何かに取り憑かれたような雰囲気は変わらない。熱に浮かされたような両目と、本人が自覚していないだけで口からは涎が垂れている。精神異常者のような印象に変化した彼は、ストーカーのレベルを超える存在になっていた。


「妃崎さん、薬品庫では何か見付かった?」


克也の状態にばかり気を向けていられるほど、余裕などないのだ。だから、落ち着いたかもしれないというタイミングで、互いに得られた情報交換を行う。残念ながら、光輝と紗夜の方では、ヘアゴム一本だけしか得られなかった。


「わたしたちの方では、この輪ゴムの箱と中身を確かめ損ねた箱くらい。輪ゴムはかなり数あるから」


そう言って、大きめの箱をゴトンと床に置く。それは埃をかなり被った黒い箱だ。鍵穴がない代わりに四つのマイナスネジで、しっかりと固定されている。光輝はそこに古い十円玉硬貨を使う。クルクルと四つを外すと、誰かの手帳と思われる物と小さな鍵が。

それらを箱から取り出す頃には、優奈に迫っていた克也も冷静さを取り戻したようだ。手帳を裏返してみると、そこには小林大地の名前。ページが湿気で破れやすくなっているのを確認して、慎重に一枚ずつ剥がしていく。全部で七枚目になった時点で、文章は読み取れた。


「これは・・・・・・・病棟内で死ぬ直前まで書いていたみたいだな」


ページの数ヵ所に血が付着したと思われる痕跡。それを見て危険な事態に陥り、ケガをしながらも書き続けたのだと理解できる。読み進めていって、剥がせた範囲から何が起こったのかを推測していった。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


手帳の内容を何度か確かめての、短い休憩時間。克也は優奈の傍を離れようとせずにいる。灯理と紗夜は互いに寄り掛かるようにして、仮眠休憩に入っていた。光輝は新しくページが剥がせないかと挑戦し、最後の部分から紙の端切れを取り出す。何が書いてあったのか気になるのは仕方ない。


「ん?あの・・・・・・・影は」


端切れから顔を上げた直後、また黒い人影が視界に入り込んだ。それは薬品庫へ向かっていった。理由はないが気になって仕方なかった彼は、影を追うようにして中へ。もちろん懐中電灯も忘れずに。周囲を照らしながら歩いていた彼は、影が指差す棚のところまで進む。

光輝が棚の前に着いた途端に、人影はあっという間に闇に溶けてしまう。棚のガラス戸を開けて、指差されていた場所を探してみた。すると、紙の端切れが見える。それを破かないように取り出して、灯理たちがいる場所へ。最初に見付けたのと合わせるようにすると、元々は一枚だったらしいとだけ分かった。


「何て書いてあるんだ?えっと・・・・・・・暗闇に閉ざされし・・・・・・・光を以て道を成せ?」


欠けたままの場所以外を読んだ結果だ。紙のサイズ的に考えて、護符だった可能性が思考に浮かぶ。もし欠けている最後の場所が見付かれば、効果がある何かを期待してもいいかもしれない。ふと視線を感じて、その主を探すと灯理が目を開けていた。意味もなく呼ばれているような気がして、彼女の元へと。


「雫紅さんと仲良くなったの?」


隣に座った直後にこの質問。何を聞かれたのか分からなくなってしまうほどに唐突だった。それでも、わずかな時間で問われた内容を理解する。


「分からない。でも、苗字を呼び捨てにしてはいる」


「それは親しくなったって証拠だと思うんだけど。さっきだって手を繋いだ状態で合流したし」


彼女はからかうように、言葉を重ねる。


「もしかして、告白したの?それともされた?」


「どっちも外れ」


「本当に外れなら、手を繋ぐ行為に発展するとは思えないんだけど」


変な誤解を受けている。そう判断した光輝は克也との遭遇時の事を、可能な限り正確に伝えた。その際の様子を詳しく聞いていくうちに、灯理の表情は強張り克也を見る目は完全に犯罪者扱いだ。時間が掛かりはしたが、詳細に話した事で誤解は完全に解けた。

彼女はスマホのパスコード画面を表示して、現在時刻を確認。それを伝えようとしながらも、中断して光輝の肩に自分の頭を預ける。電車などで、眠っている間に隣の人へ寄り掛かった状態のように。


「二日目の午前二時半。一緒に少しだけ眠らない?」


六階からシーツとカーテンを結んだロープ代わりの物で降下した時の緊張と疲れが今になって出たのだろう。可愛らしい欠伸をした後、灯理はスヤスヤと寝息を立て始めた。微笑ましくそれを眺めて、少しずつ眠気によって意識を手放していく。それでも何かあれば、いつでも起きられるように自分に対して厳しく言い聞かせる。

やがて、完全に眠る一歩手前で光輝の耳が呼吸を荒くした男性の気配を感じた。その直後に意識は凄まじい速度で覚醒していき、ものの数秒で完全に起きた。まず、自分に掛かる心地よい感覚を確かめて、次にその隣も見る。そうして、視線を動かした途端に気付く。優奈と克也がいない。


「一体どこに?・・・・・・・まさか!」


眠りに落ちる直前で感じた気配を思い出し、克也による最悪の事態が起きたのだと理性が訴える。灯理と紗夜を起こさないようにして立ち上がり、洗い呼吸が聞こえる場所を探し始めた。十分が経過する頃には、光輝は優奈と克也を探し出していた。そして、気付いてしまう。最悪の事態が今にも発生しようとしていると。


「新田、何しているんだ!!」


わざと大きめの声を出したのは、相手に対して少しでもショックを与える目的のため。彼の前では、克也が優奈を無理矢理に押し倒し、その身体に覆い被さろうとしている時だった。優奈は必死に抵抗していて、担当患者から逃れようとしている。


「うるさい!今すぐにでも松井先生と結ばれるんだ!そうすれば出られた後に、挙式ができる。俺に抱かれる悦びを教えようとしていた時だったのに」


怒りに満ちた視線と口調で、光輝の前に立つ。相手の同意を得られないなら、無理にでも自分だけのモノにしようとしたのだろう。しっかりと握り込まれた拳が、彼に迫りぶつかるはずだった。だが、それは意味のない行動。克也の姿がどんどん薄くなっていく。それで理解した。


「新田克也、あんたはもう死んでいるんだよ。だから、俺たちに触れない。今まで問題なかったのは、まだ生きていたからだ。実体を保てなくなった憐れな生き霊だよ」


自分よりも年下の少年に知ったよう口調をされて、激昂して殴ろうとするもすり抜けてしまう。せめて、最後に優奈に触れようと手を伸ばすが、届く事さえ叶わずに霧散して消えていった。新田克也の生き霊が消えた後、光輝は彼女の元へ歩み寄る。本当に襲われかけたせいで、ガタガタと震える自分の身体を必死に抱き締める事で落ち着こうとしていた。


「松井先生、立てますか?」


恐怖で震えている優奈に、大丈夫ですかとは言えない。だから、あまり今の記憶を刺激しない言葉を彼は選んだ。ゆっくっりと顔を上げた彼女は、目の前に克也ではなく光輝がいるのを見て、ようやく震えが止まり始める。さらに五分ほど待って完全に冷静な状態へと戻りつつあった。そっと乱れた服を丁寧に直してあげる。


「天路くん、新田さんが死んだ事を、あの子たちに伝えるべきと思う?」


立ち上がった彼女は、自分に起きた事よりも年下の少女たちに教えるべきかを考えている。自分よりも彼女たちをとするのは立派だろう。だが、それは自身を蔑ろにしていい理由にはならない。


「松井先生、今は自分自身を大切にするべきです。二人には俺から伝えますよ。もしかしたら、何があったのかを察してしまうかもしれませんけどね」


灯理はともかく、紗夜は勘が鋭そうに思える。特に理由はないだのが、それでも察してしまうだろうと思える言葉にできない予感や確信めいたモノがあった。


「急いで戻ろうかな。もしかしたら、あの子たちが探し回っていそうだし」


「その可能性を忘れていた。急ぎましょう」


忘れていた訳ではないのだが、心配や不安を与えないように急ぎ足で光輝と優奈は戻っていく。無事に到着した彼らだが、目覚めていたらしい紗夜が気付いた。優奈はただ困った表情を浮かべて、壁に身体を預けてすぐに寝息を立てる。あからさまな、狸寝入りだと分かってしまう演技力の低さだったが。

それでも、それを指摘せずに干渉しないのが、いいかもしれない。そう思って、光輝は自分と優奈をチラチラと盗み見る紗夜の元へと向かう。


「いきなり天路さんの大声が聞こえて焦りましたよ。何があったんですか?」


核心に迫る直球に意味もなく、咳き込んでしまった彼。それでも紗夜の両目を見て、ハッキリと告げていく。


「俺が眠りそうになった時、誰かの荒い呼吸が聞こえた。その場所を探していたら、新田さんが松井先生を襲う寸前で大声を出した。そうしたら、俺を殴ろうとしたんだけどすり抜けて当たらない」


一呼吸を置いて説明を続ける。


「目の前で新田さんの姿が薄くなって、最後に跡形もなく霧散したよ。もしかしたら、今まで会話していたのは生き霊だったのかもな。非現実的だと思うけど」


「いえ。天路さんの言う通りなんじゃないですか?他にいい言葉が思い付きません」


紗夜は灯理を起こさないようにして、優奈の元へ行きミネラルウォーターのペットボトルを持ってくる。


「とにかく、休憩してください。隈ができてますから」


「そうさせてもらうよ」


受け取ったミネラルウォーターを少しだけ飲んで、光輝は眠ろうとする。だが、その前に十五分ほどで必ず起こして欲しいと告げた。今の時点で二日目、午前三時十三分。


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