第2話

心霊病棟編


一話 出会い


妙に生暖かく湿ったような風が、ほとんど割れてしまった窓ガラスから侵入している。そこは、どこかの病室だ。ベッドに寝ていた人影が、風に頬を撫でられてピクリと動く。少しばかり、ゆっくりした動きで身体を起こしたのは少年。病室内を見渡して、驚いたように立ち上がった。

一人用の病室なのは、見れば分かる。だが、彼が驚いたのは別の事だ。窓ガラスは割れ、カーテンやベッドのシーツなどが汚れきっている。不衛生な状態なのは間違いようもない。まるで廃墟と化した病室。窓の外を見ると、まだ日中の時間のはずなのに深夜の暗さ。


「どこなんだよ、ここは」


現状を把握するべく彼は廊下へと出る。廊下も病室内と同じくらいに薄暗い。照明は機能しているが、その役割を果たしているとは思えない。証明が照らす最も明るい場所へと向かうと、ナースステーションの看板があり、近付いてみると六階と書いてあった。

訳が分からず、近くの階段を降りていく。六階と五階の中間ほどの段で歩いている看護師を見付ける。声を掛けようとして、それを意識的に止めた。昔のナース服なのは、一目で分かったが理由にならない。なら理由はと言えば至極単純でしかない。服だけでなく見えた範囲の地肌も汚い。

力なくぶら下がった状態の手には、手術で使われるメスが握られている。明らかに普通の場所ではない。本能的にヤバイと思って、彼は音を立てないようにして六階へと素早く戻った。上がりきった時、廊下のどこかから病室のドアが開く音が。音の方向に視線を向けると、非常扉らしきドアがある。


「さっきの看護師じゃないよう祈るしかないな」


彼は小さくではあるものの、声を出す事で自分自身に気合いをいれた。そっとナースステーションに入ると、引き出しを開けていく。下から二段目の位置にハサミがあり、それを持って少しずつ近付いていた。左側の病室の奥から三番目が開かれる。その姿を注視すると、危険度は低かった。

人影を警戒させないように、廊下の明るい所を歩きながら距離を詰めていく。その人物も新たな人物の登場を警戒はしたが、互いの顔を認識する距離でホッとする。それは偶然にも同じタイミングだった。少年の視線の先には、彼と同じ年齢くらいの少女。正確には美少女か。


「俺は天路光輝、高三だ。君の名前は?」


相手を刺激しないように注意しながら、単純明快な自己紹介を行う。それによって、自分にも相手にも話ができる人間同士だと遠回りに言い聞かせる。


「妃崎灯理。わたしも高校三年生」


彼女の服装は牡丹がデザインされた水色のタンクトップと膝丈ほどの短パン。髪型はセミショートのポニーテール地毛なのか薄目の茶髪。光輝は無地の灰色ティーシャツとジーンズ。お互いの名前を聞いた直後、彼が寝ていた病室が解錠音と共に開いた。二人は揃った動作で、そちらを見ると制服姿の女子高生が。

向こうも気付いて、少しだけ急ぎ足に寄ってきた。ピンクの学生ワイシャツの上に、白のセーターと青のプリーツスカート姿。制服越しでもハッキリ分かる豊かな胸、大きな瞳と長い黒の長髪は人形を思わせるほど。こうして、どう見ても人間と分かる三人が集まった。


「天路光輝、高三だ」


「妃崎灯理、わたしも高三」


「雫紅紗夜、高校二年の十七歳です」


先に名乗った二人に続く形で、紗夜も自分の名前を伝える。何となく張り詰め掛けていた空気が、一瞬で霧散したのは間違いなく年少の彼女がホッとした表情を浮かべたからだろう。


「雫紅さん、ここがどこか分かる?」


最初に声を掛けたのは、同性である灯理。いきなり男性である光輝が声を掛けるのは、彼本人もしなかった。何と話し掛けるべきか、迷ってしまったせい。問い掛けに対しての彼女の返事は、意外にもしっかりしていた。


「高確率で心霊病棟かと思います」


「マジかよ」


聞きたくもなかった単語に、思わずといった様子で光輝が肩を落とす。


「何となく、そんな感じはしてたけどさ」


彼にとって、決して噂話の類いではない。実際に本当の話だと知っているからこそ、関わりたくなかったのだ。


「心霊病棟?あの限定条件下のみでの、死者蘇生ができるっていう?」


少しだけ興奮気味になった灯理だが、光輝と紗夜の表情を見て一気に落ち着いた様子。光輝は動揺を隠せず、紗夜は顔を青くしている。


「病院とその周辺で死亡した人間の魂が、三日間だけ迷い込むってのは知ってるか?」


基本的な知識や噂話の類いさえも知らなさそうな彼女の状態に、彼は頭を悩ましそうに抱えてしまった。灯理は無言で何度か頷く。それを確認してから、説明を続行。


「死んだ人間の魂を三日以内に見つけ出して、連れ出す事ができれば生き返らせる事ができる。実際に何人かは成功して、家族や恋人を日常に取り戻せたらしいが」


「生者は三日目の夜明けまでに、脱出ができないと永遠に心霊病棟内に閉じ込められるんです。そして、終わる事のない苦しみを味わうと言われています」


説明を光輝一人に押し付けるのは、さすがに気まずかったようで紗夜が続きを話す。


「病棟には死者の家族か恋人しか入れないんです。実際には例外もあります。それが、今の私たちの現状になります」


「何か大変なの?」


おっとりした動作で小首を傾げる彼女に、二人は顔を見合わせて互いに説明の順番を決めた。事情を知らない人間が見れば、年頃の男女が今にもキスをしそうにも見えたかもしれないが。それほどに、顔を近付けて話していた。


「連れ出しに失敗した人は、自分が死亡した事に気付くと最も可能性のある人間を、無理矢理にでも病棟内に閉じ込めるんです。自分を生き返らせてもらうために」


「俺たちは、生き返れる可能性が最も高かったと考えるべきだろう。どんな方法を使ったかは分からないが、意識を保った状態だと抵抗される。そう判断して、気絶させた後に連れ込んだかもな」


とにかく、三人がすぐに起こすべき行動は脱出だ。そのためには、さきほど光輝が見た看護師たちに気付かれないように移動するしかない。もちろん各階にも、看護師がいるのは間違いないだろうが。


「雫紅さん、今が何日に何時か分からないか?」


「今は無理ですね。持っていたはずの携帯が、いつの間にか消えていますし」


三日以内に脱出ができないなら、自分たちも心霊病棟で死ぬ運命。それを回避するためにも何日目の何時かを知る必要があった。


「それなら、わたし分かるけど?」


何か方法がないかと思考し続けていた光輝と紗夜にとっては、灯理の発言には驚きしかない。彼女はポケットから何と携帯を取り出したのだ。


「俺も持ってないか?」


彼もポケットを探すが、所持していない。電話はともかくメールは、かなり回数が多い。だから、常に持って移動していたのに。


「妃崎さん、何日の何時ですか?」


紗夜が覗き込むようにして問う。スマホのパスコード画面を表示した灯理は、確認してから告げた。


「七日の午後五時」


つまりまだ一日目の午後。ただ光輝にとっては、あまり喜べない情報だった。


「俺が病院で最後に時間を確認したのは、昼前の午前十一時だ。二人は?」


「わたしもだけど?」


「私もです」


つまり三人は、ほぼ同じ時間に病棟内からの干渉を受けて意識を失い、気付くまで心霊病棟の一人部屋で寝かされていたことになる。その事実を最初に認識した光輝は、急に空腹を覚えた。無意識に腹へ手を当てる。


「私、急にお腹が空きました」


光輝の様子を見て何も食べていない事に気付いた様子。だが、心霊病棟内で食事を確保するのはできるのか。そもそもと彼は思う。もし、心霊病棟から三日以内の脱出には、絶対的に食事が必要だ。仮に何も食べなかったとしても、水だけは確保しないと。

同じ事を考えていた紗夜が、一瞬だけ悩んだ顔の後に閃いたようだ。その方法が確実か、何度か頭の中で計算して大丈夫とばかりに頷く。


「あの、妃崎さんの携帯で病院に連絡を入れて、外から開けてもらうのはどうでしょう?」


この三人の中で唯一、外部連絡手段である携帯を持っているのが灯理。だから、彼女に電話を掛けてもらえればと閃いたのだが。


「電波が入らない。圏外になっているから、使えそうにないわ」


パスコード画面を表示して、解除しようとした灯理が首を横に振る。とても残念そうに、落胆した表情だ。何か解決策がないかと、改めて思考し始めた二人は階段を上がってくる足音に反応する。素早く顔を見合わせて、灯理が出てきた病室へ急いで隠れた。施錠して廊下の音に集中。

少しだけ早足のようにコツコツと響く足音は、次々と音を立てないように部屋を開けては閉める。三分もしないうちに足音が、三人が隠れる病室の前で止まりドアノブを何度か回す。その回し方は敵意などはない。何度かドアノブが回されるが施錠されていて、開く気配はない。


「誰か隠れている?あたしは病院の医者なんだけど、気付いたら心霊病棟にいてさ。自分以外の人間を探しているんだけど」


病室の外から掛けられた声に、光輝と紗夜が顔を見合わせて彼の方が頷いてドアの前へ。


「本当に人間かどうか確かめさせてくれ。ネームプレートを外したら、床から入れてくれ」


もしも相手が病棟内で何年も過ごしている霊の可能性を考えて、光輝が思い付いた安全確認方法。ついでに、床に顔を付ける形で差し込まれる指から、生者か確かめる事も忘れていない。入ってきたネームプレートを三人で確認。解錠する前に万が一を想定して、シーツで首を絞めれる準備も。


「開けます」


灯理が解錠してドアを開けると、白衣姿の女性。


「ネームプレートで確認したと思うけど、松井優奈よ。病院では内科医をしているわ。彼氏募集中の二十六歳」


首に掛けた聴診器を少しだけ持ち上げて見せる。新たな生者との合流が叶って、全員がホッと一息。優奈の外見を分かりやすく表現するなら、癒し系でしかない。よく見ると白衣のポケットが膨らんでいる。三人の視線が、どこを見ているのか気付くと、彼女は中身を取り出した。

院内にあるコンビニ袋が、三つほど。しかも、どれもがパンパンに詰まっている。光輝が思わず喉を鳴らすと、優奈は苦笑しながら商品を並べていく。紗夜はと言えば、再度の施錠中。振り返った彼女のお腹が、可愛らしく音を立てた。


「お腹空いているみたいね。どれも冷蔵庫なしで大丈夫だから、明日の夕飯分にはなるかしら」


最初に視線に入ったのは、おにぎりが三十個とサンドイッチが十五。さらに、野菜サラダ五パックと、六個入りのいなり寿司が八パック。コンビニ限定の菓子パンが二十五、お茶や紅茶、スポーツドリンクのペットボトルが十二本。


「こんなに買っていたんですか?」


一袋目で、これだけの量。灯理が驚愕の表情を浮かべながらも、優奈に問い掛けた。


「これは夜勤明けの同僚たちへの差し入れ。医師と看護師たちへのね」


優奈は答えながらも、二袋目に覗き込んだ。なかなか視線を外さないので、紗夜も中身を確かめる。その状態のまま石像のように固まって、全く動く気配がない。


「どうかしたのか?」


放っておいたら自分たちで動き出しそうにない様子だったために、光輝が声を掛けた。それによって、最初に意識の再起動が済んだのは紗夜だ。


「この袋は完全にデザートだけです。種類は違うんですけど全部、ゼリーですね。三つで一パックになっているのが、見た感じで三十パックほどは」


「そんなに入らないだろ?」


笑いながら中身を見て、彼自身も驚きで意識が停止。頬をツンツンされて、ハッとし顔を左右に何度か振る。改めて確認し、苦笑だけが浮かぶ。ゆっくりと顔を上げて、優奈は光輝と紗夜の苦笑を目撃。気恥ずかしかったのか、顔を赤くして言い訳を開始。


「こ、これも同僚たちへの差し入れなの。決して自分の楽しみに買ったわけでも、三時のおやつ用でもないの!」


誰が見ても同じ判断だったろう。静かにしていた灯理は彼女の肩を数回ポンポンと叩き「大丈夫。わたしたちだけの秘密ですから」と微妙なフォローを入れたのだった。


視界に映る全部が、真っ赤に染まり俯いてしまう。


「と、とりあえず松井先生、今日の夕飯として食べてもいいですか?」


「はい」


紗夜が空腹をアピールする形で、病室内に漂いかけた空気を打ち消しに。購入者本人の承諾を得て、三人は各々おにぎりに手を伸ばす。光輝は梅とツナマヨ、チャーハン味を一つずつ。灯理が梅と高菜を一つずつ、紗夜がサケとツナマヨとサンドイッチ。優奈はお茶のペットボトルを配布。

少し早い夕飯を開始して、しばらくの間は咀嚼と飲み込むだけの時間が経過。光輝はサラダを追加し、食べたそうにしていた灯理と半分ずつ。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


食事を済ませた後は、キシリトールガムを歯磨き代わりにして噛んだ。うとうとしていた灯理と紗夜は、別の病室から見た目がキレイな状態の掛け布団を使って眠っている。優奈は病室内で年下の二人を見守っていた。光輝は他の下へ行けないか確認に出ている。

彼が今いるのは、階段の踊り場。五階をゆっくり移動している看護師たちの様子を、慎重に観察している。見付かった場合には、すぐに病室へ戻れるように意識しながら。光輝が看護師の動きを把握するために、踊り場まで来てから十分ほどが過ぎていた。

現在判明した事と言えば、常時五人が廊下を歩き続けていてナースステーションに、二人が座り込んでいる。どうやってナースステーションの人数を確認したのか。ごく短い時間だけ、動き続ける五人が一斉に同じ方向を向く瞬間があるのだ。そのタイミングを確かめて、人数を把握。


「確認できたのは七人か。でも、この五階に病棟内の全員がいる保証はないしな。各階にいるのが、当然と判断して脱出を実行か」


考えを整理するために呟いた独り言で、思わず盛大なため息が出そうに。そもそも、出口として使えるのは噂話だと正面玄関だけだ。それ以外の場所から出たら、病棟内の死者に気付かれるらしい。そうなったら、迫ってくる数が何人になるのか想像もしたくない。

何か武器になりそうな物がないかと、廊下を見渡してみたものの収穫はゼロ。脱出するにも、身を守る物がないと動きようがない。早く生還を絶望視したくなる気持ちを、必死に抑え込んで階段を上がろうとした。だが、途中で中断する事となる。


「イケニエ・・・・・・五人。ハヤク・・・・・・コロソ」


何とも物騒な呟きが、四階から聞こえてくる。声の主らしき足音も、確実に上へと上がってきた。本能的にヤバイと感じた光輝は、なるべく音を立てずに駆け上がる。三人がいる病室のドアを、事前に決めた回数だけノック。解錠されて中から優奈が顔を出す。押し戻すようにして、室内へと。


「どうしたの?」


荒い呼吸を何度も繰り返す彼に、優奈は不安そうに声を掛けた。意識していなかっただけで、うっすらと冷や汗が額にある。それが、顎を伝って床に落ちるのを見届けて、ようやく長くゆっくりとした深呼吸。


「何かヤバイのが下の階から、上がってきました。物騒な内容を独り言のように呟きながら」


「どんな事を言っていたの?」


顔を覗き込まれる形になる。平凡な日常なら、ドキッとしたりするのだろうが、今は非日常の時間だ。光輝は聞こえた内容を、頭の中で正確に思い出して繋ぎ合わせた。


「生け贄は五人。早く殺そ。そう呟いていました」


階段を上がる寸前に、一瞬だけ全身を見た感じでは間違いなく男性だった。身長は百七十前後。顔は不明だが、白衣を着ていて手に何かを持っていたのは確か。それも伝えると彼女は少しだけ考えて、思い当たる事でもあったのか無言で数回ほど頷いた。


「たぶんだけど、連れ出しに失敗した昔の院長だと思う」


院長という単語が、光輝が聞いた噂話を刺激する。そうして、数秒ほどが経過して思い出した。


「心霊病棟に入った生者の人数を把握していて、見付かっても逃げ切れば問題ない。けれど捕まったら、確実に殺されるっていう?」


一応、最後の部分だけ疑問系になった。それでも、優奈は正解と言わんばかりに一回だけコクンと首を動かす。それを見て、新しい冷や汗が背中に発生。


「捕まったら、どう殺されるんですか?」


聞きたくはないが、理性が情報を知っておくべきだと促してしまった。実際に言葉として口から出た直後、一気に後悔の念が押し寄せてくる。しまったとばかりに、両手で頭を押さえてしまう。まるで何か重要な情報や話を、うっかり聞かせてしまった後のように。

それでも何も知らないまま過ごすよりはマシと考えたのかは不明だが、覚悟の決まった顔を彼女へ向ける。その表情を見て、優奈はハッキリと説明を開始。


「法則性はありません。ですが、最も残忍と言われる方法は相手を生かしたままで、全身の皮膚を剥ぎ取ってから麻酔なしに解剖を実行すると」


全身の毛が一斉に逆巻き、見事な鳥肌が覆う。もし見付かって捕まっていたら。そう思考した瞬間に、光輝は恐怖心で震え出す。だが、それも短い時間。正面から身体を包み込む柔らかい感触が、しっかりと抱き締めてきたのだ。その正体が何なのかは、すぐに判明する。


「大丈夫、大丈夫よ。見付からないように行動すれば問題はないんだからね」


優奈が自分の胸元に抱え込んだ彼の耳元へ、小さい声ながらも安心させようと囁いた結果。しばらくして、彼女の背中を光輝は何度か軽く叩く。落ち着いたという合図だ。それを受けてか、ゆっくりと解放。


「落ち着きました。けど、息ができないほどに顔を抱き締めないでくださいよ」


恥ずかしさからではなく、息が上がった事に対しての真っ当な抗議。次の瞬間には、優奈の顔も赤くなる。光輝の顔を胸元に思いきり抱えていた事実に、今更ながらも気付いたせいだった。まるで空気が和んだタイミングを待っていたかのように、ドアが激しい音を立てる。


「イケニエ・・・・・・デテ・・・・・・イ」


間違いなく声の主は院長だ。二人の声が聞こえたのか、捕まえるべくドアを開けようとしている。その音が原因で眠っていた灯理と紗夜が、見事なまでに飛び起きた。


「アケロ・・・・・・。アケロオオオオォォォオオォ」


このままでは、五階にいた看護師たちまでもが院長の声で集まってしまう。緊張した表情で振り返った光輝は、ボロボロの窓を開けて下を見下ろす。シーツやカーテンを結んで下に行けないかと。だが、実行には移せそうにない。掛け布団はかさ張るだけで結べない。長さが足りないのだ。


「どうすればいいの?」


寝起きながらも状況を認識したらしい灯理。彼女は必死に思考を続ける光輝へ問い掛けた。彼の視線は忙しなく何度も室内を動く。やがてベッドの前に移動すると、ドア前へと動かし始める。それを見た灯理と紗夜も、ベッドを押す。

優奈はコンビニ袋を、白衣のポケットへと押し込む。まだ未開封の商品も無理矢理に詰め込んだ。


「ミツ・・・・・・ケタアァアァァ!!」


ついにドアが破壊された。だが、それを待っていたかのように、ベッドを勢いよく院長の身体に衝突。衝撃を受けて廊下へと転がり、頭を強く打ち付ける。立とうとしても、それが実行できなくなった院長。四人も廊下に出て、階段の方へ視線を向けた。看護師たちが上がってきている。


「こっち!」


灯理は非常扉らしきへ走った。その後を三人は追う。開くか分からない扉のノブを何度か回してみるも、全く動く気配がなかった。ヒタヒタと迫る足音に、絶望した。そんな時に光輝の視界に黒い影が入り込み、左手でドアノブを回しながら体当たりするように動く。その動作を彼は再現。

ギギギと音をさせながらも、ドアが開く。人一人が通れるほどまで動き、灯理、紗夜、優奈と光輝が新しい廊下へ出る。力を失った非常扉が閉まった。渡り廊下らしき通路を四人は急いで、移動していく。


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