第2話 蝉はもうすぐ死んでしまうだろう
ふとした時に、僕はあの子の描いていた鯨を思い出す。
夏は空が綺麗だ。
夏の空にあの鯨はいる。
鯨は未だに泳いでいる。
雲をかきわけ、ゆっくりと泳いでいる。
鯨が僕の頭上を通過したあと、どこに行くのかは分からない。
あの子のつくりだした鯨は、自分の意思を持っている。
僕が鯨の未来を決めることはできない。
「くじら」
隣から、声がした。
くじらは、隣の彼女の口から出てくる。
小さな、可愛らしい「くじら」は、木に止まった蝉を食べた。
「ダメだよ。蝉が可哀想じゃないか」
「いいえ、可哀想ではないわ。蝉はもうすぐ死んでしまうのだから」
「でも、君のくじらは蝉を食べたら消えてしまうし」
「私のくじらは、夏にしか出てこないの、知っているでしょう?蝉が好きなのよ。だから蝉を食べると満足して消えてしまうの。何も悲しいことはないわ」
彼女は、真夏の公園で汗もかかず、涼しい顔をして座っている。
「蝉は生きているんだから食べてはいけないよ」
「私のくじらも生きているわ」
「生きているのはあの子の鯨だけさ」
「それはあなたの考えでしょう?」
沈黙が続いた。
「帰ろうか」
「帰りましょうか」
それだけ言ってベンチから立ち上がると、僕達は公園をあとにした。
1匹の蝉が、どこかへ飛んでいった。
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