ユウガオのせい
~ 八月十六日(水) 地理歴史 ~
ユウガオの花言葉 罪深い人
夏休み終了まであと十二日。
だというのに、ようやく宿題をやり始めたばかりというこいつは
今日の穂咲はマキシ丈のエスニックスカート。
軽い色に染めたゆるふわロング髪をスカーフと一緒にゆったり三つ編みにして、真っ白なユウガオの花をひとつあしらっている。
今日は完璧。
綺麗なお姉さんにしか見えない。
まあ、やっていることはと言えばバカ丸出しなのだが。
そんな穂咲が挑んでいるのは、地理歴史の宿題だ。
地理でも歴史でもよいから、自由に調べたものを提出するという課題なのだ。
自由研究的でいい加減ではあるが、男子にはちょっと燃えるものがある。
俺は伊能忠敬の伝記を読んで以来、自分で地図を作ってみたいと考えていたので、この機会に町内地図作成に挑んでみたのだ。
これが思ったより酷い出来だった。
だが先人の偉大さを学び、科学技術への興味が湧いたということで、課題としては十分なまとめとすることができたのではなかろうか。
そんな失敗地図を見た穂咲が、あたしは地図アプリの使い方をまとめて提出するのと言って家を出て行ったのが一時間前。
あのね、穂咲。
地理と地図アプリ、関係ないんじゃない?
そんな馬鹿なレポートで、宿題をこなしたことになるのかどうなのか。
一分ほど呼び止めに行くべきか考えたが、機械に弱い穂咲がすぐに音を上げることを見越して部屋でのんびりマンガを読んでいた俺は、案の定、「たすけて欲しいの」なるメッセージを貰って家を出た。
きっと家の周り数メートルで挫折しているのだろう。
そう考えて気軽にサンダルをつっかけたことを、今では後悔だ。
どんだけ遠くまで来たのさ。
「いたいた、やっと見つけた……。って、その子は?」
ようやく見つけた穂咲の隣には、利発そうな少年が従っている。
「えっと、迷子なの」
「迷子の子を案内してたの?」
「ううん? この子が一人で歩いてたからね、心配でついて歩いてたら、二人で迷子になっちゃったの」
「……はい。すっごくよくわかりまーす」
親切なのはいいことだけどさ、技量に余ることをしなさんな。
地図アプリを開きながらぐるぐる回っている穂咲を放っておいて、俺は少年に聞いてみた。
「家の住所、わかるかい?」
「あ、いえ、この辺りならよく分かっていますので……」
「え?」
「僕はお姉さんが心配で、一緒にいてあげているんです」
…………まじか。
凄い子だね、君は。
でも、優しすぎると損しちゃうよ?
せめて君の周りに、理解者が多くいてくれることを願うよ。
「…………ひとつ気になったんだけど。ひょっとして君には、幼馴染がいるかい?」
「えっと……。ちょっと、ボーっとした女の子が……」
おお、神よ。
俺は、少年の手を万感の思いを込めて握り締めてあげた。
「強く生きるんだよ!」
「え? ……あ、なるほど。おっしゃりたい事、分かった気がします」
こんなの、涙なしではいられない。
目頭を熱くさせていた俺に、気持ちを逆なでするかのような声が届いた。
「うーん……。やっぱり、ここがどこかは分からないの。でも、地図アプリの使い方は分かったの」
「おかしいからね、君の言ってる事」
「そういう時は、こっちの画面から道久君を呼べばいいの」
今度は少年が、力いっぱい、俺の手を握り締めてくれた。
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