夏の始まりは、君に会いたい。

柚木咲穂

夏の始まりは、君に会いたい。

「明日から夏休みだからと言って羽目外すなよ!じゃあ室長、号令!」

「起立!さよなら!」

「さよなら!」

今年もまた、夏がやってきた。私の大っ嫌いな夏が。

なつ、バイバイ!」

「バイバイ」

でもそんなことは皆知らないだろう。

夏生まれのせいで名付けられた『夏海』という私の名前。

名前を見る限り、夏生まれだということも夏が好きだと思われてもおかしくなかった。

実際そうだった。

昔は夏も、この名前も大好きだった。

灼熱の太陽の下で遊ぶのが大好きで、小学生の頃はよく真っ黒に焼けていた。

特にプールや海で泳ぐのが好きだった。

でもある日を境にそれらが大っ嫌いになった。

体育の授業でプールに入ることがあったが、かたくなに拒否した。

『あんなに泳ぐのが好きだったのに、どうしたの?』

よく友達にそういう風に聞かれた。

『ちょっと…紫外線がダメで…』

私は決まってそう答える。

そうすると紫外線アレルギーか何かと言われてそんな感じだということにする。

本当は嘘だ。

紫外線がダメなことなのは本当だが、紫外線アレルギーではない。

私は紫外線が身体的にダメなのではなく、にダメなのだ。

夏に浴びる強い紫外線が本当にダメだった。

あと水もダメだった。

あの日のことを思い出してしまうから。

私の双子の兄のなつは、そんな私をいつも支えてくれた。

「夏海、帰るぞ」

「うん」

夏になると、私たちは一緒に帰るようになった。

夏輝曰く、『夏海を1人にするとどこかに行ってしまいそうだから』らしい。

それほど私にとってあの日は辛いことだった。





小学5年生の夏休みの始めのことだった。

毎年来ている海に、この年も来ていた。

もちろん夏輝もいたし、同い年で幼なじみのこうせいもいた。

私は滉晴のことを『こうちゃん』と呼んでいた。

こうちゃんとは家族ぐるみで仲が良くて、休みの日はこの3人で遊ぶことが多かった。

この日は太陽がギラギラしていて、猛暑日だった。

いつものように3人で海に入って遊んでいた。

ビーチボールで遊んでいると、ボールが沖合の方に飛んでいってしまった。

「取ってくる!」

そう言って私はボールを追いかけた。

つるつるしているボールに苦戦しながらも、なんとかボールをつかむ。

そして戻ろうとした時だった。

「……え?」

思っていたよりも遠くに来てしまっていた。

急いで戻ろうと泳ぎ始めるが、いっこうに距離は縮まらない。

むしろ離れていっていた。

とうとう疲れてしまって溺れかける。

このまま死ぬかもしれないと完全にパニックになってしまった。

すると、

「夏海!!」

という声が聞こえてきた。

見るとこうちゃんがこっちに向かって来ていた。

「こうちゃん!!」

こうちゃんの姿が見えて一安心した。

私はこうちゃんが伸ばしてきた手を握った。

「早く戻るぞ!!」

「でもね、泳いでも泳いでも戻れないの!!」

「は!?そんなわけないだろ!!」

こうちゃんも一生懸命泳ぐが、距離が縮まることはなかった。

「何で…」

ハァハァと息が乱れていた。

こうちゃんが来てくれて安心してたけど、こうちゃんがいても戻れないとなると本当にダメかもしれない。

私ももう限界だったんだと思う。

それからのことは記憶になかった。

だから受け止めきれなかった。

こうちゃんが死んだなんて。

病院で目覚めた時にそう聞かされて、頭が真っ白になった。

ただ分かったのは、こうちゃんは私のせいで死んだということだった。

こうちゃんの両親は『夏海ちゃんのせいじゃない』と言っていたけど、絶対に私のせいだ。

あとから聞いた話だと、私たちが遭ったのは離岸流というやつらしい。

離岸流は海岸の波打ち際から沖合に向かってできる流れのことで、回避するには海岸線と平行になるように泳がないといけないらしい。

そして私たちがとった行動は絶対にしてはいけないことだった。

この知識さえあれば、こうちゃんは死なずに済んだのではないか、と私は自分を責めた。

何故か夏輝は私のせいではなく夏輝のせいだと言っていた。

聞くと、『僕がもっと早くライフセーバーの人を呼んでいれば…』と答えた。

夏輝は何も悪くないのに、悪いのは私なのに。

この罪悪感は一生消えないだろう。

何より私は……こうちゃんのことが好きだった。

優しくて、正義感があって、一緒にいると楽しくて。

好きな人を死なせたなんて思うと、心が苦しくて苦しくて仕方がなかった。

こうちゃんのところに行こうとしたこともあった。

でも勘づかれた夏輝に止められ、『滉晴に命助けられたんだろ!?その命を無駄にするのか!?滉晴の分まで生きようって思わないのか!?』と怒鳴られた。

その時、私はこうちゃんが死んでから初めて泣いた。

夏輝は目に涙を浮かべながら、崩れ落ちそうになった私を抱きとめて、しばらくの間抱きしめてくれた。

今思えば、私が死ぬと私と同じこうちゃんを死なせてしまった苦しみを持つ夏輝を独りにしてしまうところだった。

もし逆の立場だったら、私は耐えられないだろう。

それからというものの、お互い海には近寄らなくなった。

夏輝は体育のプールの授業にはいつも通り参加しているけど、私は水自体がダメになってしまったから見学するようになった。

いつも危険と隣り合わせだと知った今、水に入る気が起こらなかった。

でも、唯一近寄る日がある。

それはもちろん、こうちゃんが亡くなった日だ。

夏輝と2人で花を手向ける。

「こうちゃん…ごめんね…。」

「バカ、ありがとうだろ。命懸けて夏海を守ったんだから。あと滉晴だって言ってただろ、『謝られるより、お礼を言われた方がいい』って。」

「そっか……守ってくれてありがとう、こうちゃん。」

赤くなった空を2人で見つめる。

こうちゃん、もう私たち高校生になっちゃったよ。

こうちゃんがいたら同じ高校に一緒に通えたのかな。

こうちゃんに好きだって伝えていたら、どうなっていたのかな。

ああ、夏の始まりは君に会いたくなる。

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夏の始まりは、君に会いたい。 柚木咲穂 @saho_yuzuki

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