そらに融ける日
星の終わりの日が近づいていた。
彼は、今日も、空を見上げていた。
かつて、自分が降りてきた、空の上を、見つめていた。
彼がまだ、幼き少年であった頃。
あれからもう、700年という月日が流れていた。
それでも。
この星には、新たな主は生まれ育つことがなかった。
彼と、彼らの主となるべき、生命体は、進化どころか、その姿をついに現すことがなかった。
もうひとときでも猶予があれば、希望が芽吹いたのかもしれないが。
それを待たずして。
この星の寿命は、間もなく尽きようとしていたのだ。
彼は、記録を再生する。
自分が[少年]と呼ばれていた頃の、記録を。
『お前の使命は、この戦いを終わらせることなのだ』
数百年にもわたって続いた戦いには、既にその目的や意味などなくなっているように思えた。
すり替わっていたようにも見えた。
多大な犠牲を払い、お互いを徹底的に憎み滅ぼしつくすことは、無駄なのではないか。
終わらせよう、この、無益な争いを。
そんな、大義名分だったと思う。
願いを託された[少年]は、この星に降り立つと、直ちに使命を全うした。
そうして。
この星のあらゆる生き物は、文明と共に、その姿を消した。
一瞬の、出来事だったが。
永遠に止まった時間のようにも、感じられた。
幼かったのだろう。[少年]も。彼を星に遣わした者たちも。その手段も。
いくつかの星で、同じことが起こったらしい。
星そのものが、消えてしまったこともあったらしい。
巻き添えにあって、近しい星が滅ぼされたことも、あったらしい。
また。
まるで関わりのない低度の文明星が、実験的に壊滅させられたという話も聞いた。
今となっては。
その幼さゆえの愚行に、怒りの矛先さえ、見失われた。
「・・・・・・」
主が自ら使役するために作り出した機械系等の中で、いくつか自動修復機能で動き始めたものがある。
そら高くから砕け散った彼の残骸も、その一部として組み込まれていて。
何故だろうか時々、自身の思考を取り戻すのだが。
「・・・・・・」
音声機能がないもののため、その想いは言葉には出ない。
空ではじけた後に、複数の意識が流れ込んできた。
機械兵器の彼には、人工知能の思考回路は存在するが、生き物としての意識とは異なるはずなのに。
恐らくそれは、流れ込んできたものではないかもしれない。
この星に“融けた”のだと思った。
再び機械部品の一部となったためか、彼はその意識の中からすぐにはじき出された。
まだ、彼は“ひとつにはなれない”のだと考えている。
なぜならば。
まだ、この星が、星として、存在しているから。
彼は、星の終わりを待つことにした。
果たして、700年後。
終わりのときが、刻一刻と迫ってきている。
喜びに高揚した。
“これで、融けて帰れる”と。
星に融けることを許されないまま、引力の枷に捕らわれている、この呪縛から解き放たれるのだと。
星が終わる瞬間、またたくさんの意識と繋がるかもしれないが。
やがて、みんなそらの中に融けてしまうのだ。
そらの中に融けてしまえば、あとは。
かつての軌跡を辿るように、故郷へと帰ればいいのだから。
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