小話

三毛猫の罠


(これは夢か、幻か……)



 自分に抱きつき、スヤスヤと気持ち良さそうに眠る沙耶を前に。壮司は、痛いくらい何度も引っ張った頬を手でさする。



(………痛いから現実だな)



 そして、その事実を喜ぶべきか、悲しむべきか。壮司の感情は複雑に交差している。

 抱きつかれている現状は、素直に嬉しい。普段の沙耶なら、絶対にありえない行動だからだ。

 しかし、この状態のまま夜を明かすのは辛い。なぜなら、彼も健全な男だからである。



(簡単に引き剥がせられればよかったんだけどな……)



 と、疲れたように溜め息を吐く。

 こう見えて、壮司の性格は紳士的だ。寝込みを襲うなんてことは、絶対にしない。

 だから、寝ている沙耶を何度も引き剥がそうとしたのだが……。



『やだ……。壮ちゃん、ここに……いて……』



 と言いながら、ぐりぐりと頭をすり寄せて一層抱きついてくる沙耶は―――可愛すぎた。壮司の抵抗力はゼロになった。



「今更、昔の呼び方してくんじゃねぇよ……」



 参っているのに、不意を突かれたせいか、その顔は赤い。

 沙耶はといえば、満足げな笑みを浮かべて熟睡中だ。



「はぁ……。辛い……」



 何度目かになるかわからない溜め息を吐きながら、沙耶の頭を撫でる。その手付きは最早、猫を愛でるソレだ。



(………もういっそのこと、本物の猫だと思おう。これは本物の猫だ)



 自分で自分に暗示をかけながら、沙耶の頭を撫で続ける。………すると不思議なことに、邪な気持ちが薄れ、穏やかな心持ちに変わってくるではないか。



(なんだろうな……。妙に落ち着いた)



 辛さは、どこかへと消え去っていた。

 そして、壮司は無意識のうちに、沙耶を抱き締めようと手を伸ばし―――


 パシンッ!


 と、その手を弾かれた。



「……………」



 弾かれた手と、眠る沙耶を交互に見やる。



「………起きたのか?」



 そう問いかけても、沙耶からの返答はない。どうやら、壮司の手を弾いたのは無意識らしい。

 少し痛む手を見て、壮司は溜め息を吐く。



「頭を撫でるのは良くて、これはダメなのか……」



 その微妙な差が、壮司にはわからない。けれど、拒否されたのだから仕方ない。



「変な罠、仕掛けんなや」



 恨めしそうにそう呟きながら、壮司は仕返しとばかりに沙耶の頬を軽く引っ張るのであった。



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