3-6
それから間もなく、お開きとなった。
雄大は雄吉と一緒に自室へ戻った。
部屋に入るなり、雄大は窓を開け放つ。夜になって気温が下がった空気が、酔って火照った身体を優しく冷ましてくれるようで、心地良い。
雄吉「本当に、僕も箱根に行っても良いんだよね?」
自分の布団を敷きながら話す雄吉を、雄大は振り向きながら見つめた。
雄大「なんだよ急に。雄吉のために箱根に行こうって、親父が考えたんじゃん。」
雄大が言うと、雄吉は敷いたばかりの敷き布団の上に座り込み、枕もとを見つめ続けた。
雄吉「うん。そうだね。なんだか、こんなにたくさん、良いことばっかりあって、良いのかなって、ちょっと思うんだ。70年後の日本に来て、雄大たちと会って、それからは、ずっと親切にしてくれて、すごく嬉しいし。70年後の地元や横浜の街や港を案内してくれたり、お寿司でお祝いしてくれたり、箱根へ連れて行ってくれたり。こんなにいい事ばっかりやってても、罰が当たったりしないかって思うほどでさ。」
宴会のときのような元気の良さを全く感じさせない、掠れたような呟きを聞いてるかのような雄吉の言葉を耳に入れながら、雄大は少し笑ってやった。
雄大「なに言ってんだよ。これくらいのことは当たり前だろ。」
沈み込んでいる雄吉とは対照的に、雄大は努めて明るくしゃべってやった。
雄吉「そう?」
懐疑的な視線を雄大にぶつけてくる雄吉だった。
お前さ、そこ、そんなに遠慮することなんて、無いんだぞ。
雄吉の視線をしっかり受け取りながら、雄大はそう思った。
だって・・・。
雄大「だってよ、お前、自分の命を犠牲にしてまでして、国の為に戦って来たんだろ?」
雄吉「え? まぁ。犠牲だなんて・・・。」
雄大「だから、これくらいの報酬は当たり前だって。むしろまだまだ足りないくらいじゃね?」
雄吉は俯いて、自分の足を見つめ始めた。
雄吉「どうかな? でも、自分を犠牲にしてまでなんて、考えたことは無いんだけどなぁ。」
マジかい!?
国のためとは言え、自分の命を使ってまでして爆弾を敵艦にぶつけてやったんだろ?
これって、自爆だぞ!
自分の命犠牲にして爆発する、自爆だぞ!
どうしてそんな任務与えられてるのに、自分が犠牲になるっていう意識感じてないんだ?!
現代を生きる俺には、解せぬ感情なのか?
雄大には雄吉の胸中がわからなかった。
わからなかったが、それでももう、雄吉はもっと自由に、楽しいことを楽しみ、嬉しいことを素直に嬉しいと感じ、興味を持ったことを思う存分体験するということが許されてる身のはずだ。
雄大「まぁそうだったとしても、気にすんなよ。もう雄吉に罰が当たるようなことなんて、無いって。」
雄吉「・・・・・」
雄大は再び、窓の外を見つめ出した。
雄吉が敷き布団の上で、座り直しているのを察する。
大きく一つ、深呼吸をしてみる。
それは雄吉も同じだったようだ。ただ、雄吉はその深呼吸のあと、すぐに言葉を発し始めた。
雄吉「なぁ雄大。」
雄大「なんだよ?」
ゆっくりと振り返りながら、雄大は雄吉を見た。雄吉は、敷布団の上に正座しながら、じっと雄大のことを見詰めてきていた。それも、今までのような笑みの含まれたものではなく、いつになく真面目な表情をさせていたのには、驚きを隠せなかった。
雄吉「この時代の日本人ってさ、何のために生きてるの?」
雄大「は?」
雄吉が何を聞きたいのか、雄大にはすぐに理解出来なかった。
雄吉「誰のため? 何のため?」
雄大「それは・・・。」
すぐに答えが出てこない。
何のために生きてるか?
そんなこと、みんなそれぞれで違うだろ?
けど、そんなこと、いちいち
雄吉の質問について、正しい解を見いだせた訳ではないが、いつまでも答えないのも気が引けたので、苦し紛れに雄大は雄吉の問いかけに答え始めた。
雄大「人それぞれじゃね? みんな同じことのために生きてるなんてことはしてないぞ、きっと。」
雄吉「そうだろうね。」
雄大「は?」
元々こんな答えを想定していたのだろうか?
雄吉は頷くこともせず、淡々と言っていた。
なんとなく、気分が悪い。
そんな雄大をよそに、雄吉は窓の外を見上げるようにしながら話を始めた。
雄吉「昨日と今日、70年後の日本を見せてもらった。そこですれ違ったり、近くに居た人たちや、海村の家の人たちの様子を見ていると、何か違うって思うことがあった。それが、何なのかずっと気になっていたけど、ちょっと感じたんだ。」
雄吉の視線が、ずっと話し続けていた雄吉を見詰める雄大の視線とぶつかった。
雄吉「この人たちは、国や天皇陛下のために生きている訳じゃないって。」
そうか。
やっぱり、気が付いたか。
70年前と今とでは、日本人としての在り方や信条が、根本的に違うような気もするしな。70年前から突然やってきた雄吉が、その点に違和感を覚えて気が付くのも時間の問題だろうとは、思っていたけど・・・。
真面目な雄吉からの視線をじっと受けながら、雄大はそう思った。
雄大「それはその通りだと思うぜ。今の人たちはそんな、御国の為にとか、天皇のためにだなんて言って、生きている人はいない。もちろん、ゼロじゃないだろうけど、ほとんど、少ないだろうな。」
雄吉「やっぱり・・・。」
神妙な面持ちをさせながら、雄吉は雄大から視線を逸らせた。
雄大は雄吉と対面するように座り込み、語り出した。
雄大「今はさ、天皇家は日本の象徴ってことになっていて、権力も持っていない。」
雄吉「え?」
権力も持っていないという雄大の言葉に、雄吉は驚きを隠せないでいた。
何故だ? なぜ神と崇められた天皇陛下に権力が無いというのだ?
象徴だと? ふざけた物言いはよせよな。
きっと今の雄吉の頭の中では、そんな言葉が沸々と沸き上がっているのだろうな。
雄吉の気持ちを察しながらも、雄大は雄吉に話さなければならないであろう戦後の日本について、話す決心をしていた。
ここで、しっかり話してやらないとな。
この70年の間に、何が起こったのかを。
雄大「雄吉には気の毒だけど、あの戦争の後で、日本は大きく変わっていったんだ。」
雄吉はいつの間にか雄大に迫っていた。
雄吉「いったい、何があったって言うんだよ? 戦争に負けたことまではわかったけど、その後の日本にはいったい何が起こったんだ? 教えてよ。」
感情を滲ませた雄吉の声は、どこか焦燥感を含んでいるように雄大は感じた。自分が死んだ後の日本では、いったいどんなことが待ち受けていたのか。
敗戦後に日本の国土に入ってきた連合軍の連中に、無惨にも虐げられたりしたのか?
日本人としての誇りを完膚なきまでに失墜させて、意地もプライドもない形だけの日本人になっていったのだろうか?
そういう類の、恐ろしい結末を想像しているのかもしれない。
雄大はというと、雄吉に迫られても動じることなく、ただじっと雄吉の目を見詰めていた。
雄大の中に、雄吉が居る間に現代の国の秩序と戦前の国家の違いについて、どこかで話さなければならないことになるだろうという思いがあったため、落ち着いてどのように話を組み立てようか冷静に考えるだけの余裕があったのだ。
雄大「敗戦のあと、アメリカを中心とした部隊が日本に上陸して、日本を占領下にした。そのとき、天皇は国の象徴だってことにする憲法が出来た。軍隊は解散して、戦争はしないってことも定めてある。それがずっと続いて、今ではお国の為、天皇の為っていう教育は一切行われていないんだ。雄吉たちが受けてきた道徳のような、そういう教えは戦後に排除されたよ。」
雄吉の肩が下がった。そして、項垂れてしまった。
無理も無いだろう。信じてきたものが、自分の死後に完全に崩されて、無から新たに作られ、それも敵として戦った国によって押し付けられるようにして変えられて形成された教えを、流布されることになっていたのだから。
きっと、悔しいに違いない。それまでの生き様が、信条が、失われていくようなのだろう。
雄吉は項垂れたまま、じっと指先を見つめているようだった。ショックが大き過ぎて、もう立ち直れなくなってしまうのではないかと、雄大は心配になった。
そんな雄吉だったが、間もなくゆっくりと首を横に振った。そして、静かに話し出したのだ。
雄吉「いや、考えてみたら、それもそうかもしれない。」
雄大「え?」
驚いていた。
そうかもしれないと、雄吉が頷いてきたからというのもあるが、何より、このときの雄吉は非常に落ち着いた口調で話してきたことの方に驚いていたのかもしれない。
落ち着いて、冷静さを漂わせたその雄吉の声は、言ってみたらどこか冷ややかな視点で物を見詰めるような、冷徹さを秘めているかのようだ。
雄吉「何度か、僕がもし、アメリカ側の指揮官だったら、どうやって日本を攻略するかって、考えてみたことがあったんだ。」
不気味さを含んだ質の雄吉の声が雄大の脳を刺激する。
雄大「そんなことしてても平気だったのかよ? アメリカの視点に立って物事考えたりなんてしたら、反国者として捕まるんじゃないのか?」
思ったことが、そのまま言葉となって声に乗せて発してしまっていた。
そんな雄大の正直な質問に答えんと、雄吉は鼻ですすり笑いをしながら、皮肉そうな笑みを雄大に見せてきた。
雄吉「もちろん、口に出したり紙に書いたりはしてないよ。頭の中だけで考えてただけ。」
雄大「それならいいけど。」
どういう訳か、雄吉の言葉に安心する自分がいることに雄大は違和感を覚えた。
何で俺、そんな心配してるんだろう?
雄大「まぁ、今更そんなことで安心してても意味無いけど。」
特攻隊員としての任務を全うすることができた雄吉は、それまでにアメリカ側の立場に立って日本攻略について考えたとしても、特に反国者として憲兵に捕まったりしたことがなかったはずだ。それについては雄大にも容易に想像できた。
それでも雄吉の行動を心配するのは何故なのだろうか?
とりあえず、雄大は雄吉の話の続きを聞こうと感じ、雄吉に話の続きを言ってもらうよう促すことにした。
雄大「それで?」
雄大の催促に応じるように、雄吉は真面目な表情をさせて話し始めた。
雄大は一度息を呑んでいた。
雄吉「日本人は、天皇陛下の為、御国の為に命を尽くす。それが、何よりの強みだって、僕は思っている。だから、天皇陛下の敵は敵である以上、最後の一人になるまで日本人は戦い続ける覚悟だ。それを制圧するのは、かなり骨が折れるはずだ。何せ、日本人の全てを殺さない限り、戦争は終わらない。」
雄大「・・・・・」
もう一度、雄大は大きく息を呑んでいた。自分の喉仏が上下にしっかりと動くのを感じる。それと同時に、ゴクリと呑み込む喉の音が雄吉に聞こえてしまったのではないかと思い、どこか恥ずかしくもなった。
雄吉はというと、無表情で話を続けてきた。
雄吉「けど、もし天皇陛下を味方にしてしまったらどうだろう。アメリカ側の配下に天皇陛下が付けば、日本人を戦わずして自分たちに引き込むことが出来る。だからある程度攻め込んで、日本側の本土に手が届くとこまで攻め切って、頃合いを見て降伏を勧めて呑み込ませればいい。」
雄大「そうやって、日本人を引き込んで、どうするのさ?」
途端、雄吉の目に怪しく光るものを感じた。
それはまるで、敵を完全に陥れるための策を献策しているときの軍師参謀のもののようであった。
雄吉「利用するのさ。」
雄大「利用?」
雄吉の顔に、嫌らしい微笑みが広がった。
雄吉「そうさ。これだけ天皇陛下の為って言って忠義を果たせる人種だから、使い馴らせば必ずアメリカのために働いてくれる。だから天皇陛下を生かしておく。戦争犯罪者を適当に裁いておいても、天皇陛下は生かしておく。そうすることで、天皇陛下さえ上手く操れば、残った日本人の心は天皇陛下に向かったままでいるから、自然とアメリカ側の思惑通りに働いてくれるようになるって訳さ。こうすれば、日本人全員を殲滅する泥沼の戦いを仕掛ける必要もない。」
雄大は思わず息を吐いていた。そして、一呼吸間をおいてから、雄吉の日本攻略の策についての感想を述べた。
雄大「・・・そんなに簡単に行くもんか? 天皇陛下万歳って言って、神と崇めてきた訳だろ。いきなりその神様を操る連中が現れて、納得なんて行く訳ない。」
不気味な笑みを見せる雄吉。
恐ろしさすら感じるほどだ。
雄吉「だから洗脳するんだ。こちらの思惑にすんなりと入り込めるように下地を作るんだ。」
雄大「どうやって?」
一旦、雄吉は俯いて掛け布団の端を見詰めた。そしてまた、真面目な顔で雄大のことを見てくる。
雄吉「・・・一つは、教育を変える。」
雄大「教育?」
雄吉の視線が険しいものへと変わった。
雄吉「雄大はさっき言ったよね。今は御国の為っていう教育は一切ないって。」
雄大「あぁ。」
雄吉「それだよ。」
人差し指を立てながら雄大に向けて話す雄吉だった。
雄吉「僕たちみたいに、御国の為に尽くすこと、天皇陛下の為に働くっていう考え方そのものを消してしまえばいいんだ。そのためには、陛下を神と崇めることを根本から無くさせる。ただの人だと認識させる。それがたぶん、戦後に作られたっていう憲法の意味するところじゃないか?」
全く鋭い洞察であった。
雄吉が述べてきた日本攻略のシナリオは、実際にアメリカ軍が戦後に取ってきた政策とほとんど同じことだったのだ。
雄大「・・・ほとんどがさ。」
雄吉「うん?」
もう雄吉の眼からは険しさも鋭さも不気味さも消えていた。この三日間に見てきた、雄吉の真っ直ぐな眼をしていた。
雄大「雄吉が考えていたことのほとんどが、実際に戦後アメリカが日本にしたことと同じなんだ。」
雄吉「・・・・・」
雄吉の表情が曇った。
何を思っているんだろう、今、雄吉は。
雄大はそう感じながらも、話の続きをしゃべりだした。
雄大「俺さ、大学では、歴史を学んでいるんだ。現代史。だから、あの戦争の前後の日本のこととか、いろいろ勉強はしてきたつもりだ。だからある程度は、あの当時の事情についても理解してるつもりだけど。実際、そうやって日本は変えられてきたんだ。」
歴史を知ることは、小学生くらいの頃から興味があった。そのため、歴史が絡む社会科の授業の成績だけはどんなときでも良好で、雄大の強みでもあった。そんなこともあって、雄大が大学進学を志した高校生の時分、歴史を専門に学べる大学や学部に入学することを決めたのだ。大学進学後は、得意の日本史に限らず、様々な国の歴史を学んでいったが、現在の所属しているゼミは現代日本史を扱う場所であり、明治維新以降の日本の出来事について理解を深めることに邁進する日々が続いていた。
だから、第二次世界大戦と呼ばれる大東亜戦争前後の日本の事情についても、粗方知識のうちに入っていたのだ。
雄大「天皇は象徴であるって、今の憲法の一番最初に書いてある。教育も、戦争反対、命は大切に、人権を守ろうって、そういう教えをしている。とてもじゃないけど、国の為に命を捨てろなんて、誰も教えたりしない。でもそれは、雄吉の言うように、アメリカ側の思惑が表に出ている部分なのかもしれないな。日本人を、使い物にならなくさせるために。」
雄大が話している間、雄吉はじっと雄大の眼を見詰めながら話を聞いていた。それはまるで、敗戦後の日本の、焼け野が原になってしまった自分たちの故郷を途方もなく見詰めているような、悔しさと悲しさ、怒りに憎しみ、それから脱力感や諦めなど、いろんな負の感情が一気に押し寄せてしまい、今の感情が何なのかわからなくなっている様子にも見えた。
雄吉「そうかぁ。」
言い終えると、雄吉は項垂れた。そして、小さく呟きだした。
雄吉「ただの大学生の空想が、実際に行われてきていたなんてな。」
皮肉を口にするように、雄吉は暗い表情のまま微笑していた。
ショックが大きかったのだろうか。やはり、自分が信じてきた日本が敗戦国となって、自分たちの築き上げてきたものを敵だった国の連中が好き勝手ぐちゃぐちゃに変えていってしまった訳だ。敗戦国である以上、勝者の言うことには従わなければならない。それはその通りだ。だが、そこには屈辱と凄惨さが待ち構えているのだ。自分が死んだ後の日本で行われたことを知り、きっと今、雄吉はあの戦争で生き残った仲間や他の兵士たち、日本国民たちと同じ、敗者の心の曇りを感じているのだろう。
そう感じた雄大は、その後の日本の明るい出来事についても、余すことなく話してやろうと思った。それが、せめてもの慰めや励ましになるかもしれないと感じたからだ。
雄大「でも、そうやってアメリカの支配下に入ったことで、日本は新しく成長することが出来た。時間は掛かったけど、民主化していって、どんどん経済成長していって、アメリカやヨーロッパと肩を並べるくらいの経済大国にまで伸し上がったんだ。今では世界の主要8か国の一つに数えられているんだぜ。」
雄吉「そうなのかぁ。」
やや下向きの体勢から、雄吉はじっと雄大のことを見上げていた。
雄大「この前さ、大学の講義で太平洋戦争のこととかやってたけど、そのときの教授がこんなこと言ってたぞ。日本人はとにかくしぶとくて、負けがわかっていても突撃してくるから、アメリカ軍側も手を焼いていたって。特に特攻隊には衝撃を受けてたみたいでさ、中には、いつ日の丸の飛行機が突っ込んでくるか知れないって、精神を患う兵士も多かったみたいだし、指揮官もかなり困っていたようだぞ。」
雄吉は横を向いた。
その横顔には、僅かばかり生気が戻っていたように雄大は感じた。
雄吉「そうだったのか。僕たちの攻撃で、アメリカを怖がらせることが出来ていたなんて。」
生前の雄吉が知ることの出来ない、自分たちの戦果であった。それを知れた訳だ。自分たちが成し遂げたことの意義を感じ、きっと誇らしく思っているのだろう。
雄吉の表情が少し緩みだしたのだ。
雄大「だからさ、俺は思うんだけど、もしかしたら、それくらい、命を惜しまずに国の為に戦える民族だから、丁寧に扱おうとしたんじゃないか? もちろん、雄吉の言うように天皇を降伏させてしまえば、丸ごと日本を取り込むことが出来るっていうのもあるだろうけど。でも、それでもすぐに日本はアメリカの占領下から抜け出して、自分たちで統治することができたんだ。それくらい、アメリカも日本の魂を無下にできなかったってことじゃないか? だから早く復活して、成長することができた。雄吉たち特攻隊の人たちが命張って、戦ってくれたことが、この国を救うきっかけを作ってくれたんじゃないかって、俺は思うよ。」
雄吉は頭を上げて、しっかりと雄大のことを見上げた。
雄大「だから、今の日本があるのは、雄吉たちのお陰だって、思うぞ。ありがとな。」
雄吉「・・・うん。」
返事をした雄吉は、すぐに雄大に背を向けて座り直していた。
思わず嬉し涙がこぼれてしまいそうになったのだろう。
雄大「どうした?」
雄吉「なんでもないよ。」
雄吉は言いながら、さっと目頭を指で摘む仕草をとった。
涙が溢れそうになったとしても、別に隠そうとしなくてもいいんだぜ。だってさ、
そう思いながら雄大は雄吉の背中を眺めていると、すぐに雄吉はまた雄大と向き合って座った。
そこには、雄吉の自信の籠もった力強い笑みがあった。
雄大「しかしなぁ。雄吉は、頭良いよな。」
雄吉「え? どうして?」
突然何を言い出すのかと言わんばかりの素っ頓狂な顔を見せる雄吉だった。思わず笑ってしまいそうになる。
雄大「だって、戦争中に戦後のことを予期してるんだぜ。もっと早く生まれていて、軍人として生きる道を選んでいたら、参謀とかになっていたんじゃねぇか?」
雄吉「どうかな? そんな重責を背負える自信は無いし、そんなに簡単に策なんて思いつかないよ。」
雄大「どうだかな? もしかしたら、日本がアメリカに勝っていたかもしれないぞ。それくらいの策が考えられるなら、アメリカを陥れるための方法だって考えられたんじゃないかって思うしな。歴史上の参謀たちよりも良い策が浮かんでいたかもしれないぞ。」
笑いながら雄大が言うと、雄吉も楽しそうに笑い出した。冗談とはわかっていても、どこか満更でもないようだ。
雄吉「そんなぁ。大袈裟だなぁ。でも、そうだったら、良いけどね。頭の中の考えなら、アメリカ軍の司令官たちの戦略にも負けないよ。」
嫌らしい笑みを浮かべながら、愉快に話す雄吉だった。雄大も笑ってやる。
そんな雄吉の笑みが急に消えて、ハッと驚いたように目が見開いていた。
雄吉「でもダメだ。」
雄大「は? 何で?」
雄吉「だって僕、軍人になろうって思ったりしたこと、学徒出陣の話が出るまで無かったし・・・。」
雄大「・・・・・」
一瞬の沈黙があった。
しかし、雄吉のその言葉を聞いて、雄大は声を上げて笑い出した。雄吉も釣られて笑っている。
雄大「それじゃ、ダメか。」
雄吉「うん、そうみたい。」
愉快な気分で、お互いに笑っていた。
雄大「でもさ、俺は今のこの日本も、悪くないって思っているぜ。雄吉たちが築いてくれた、70年後のこの日本をな。」
本当にそう感じる。
今があるのは、あの頃、70年前に命を尽くして戦ってくれた若者が居てくれたからだろう。
雄吉「そう言ってもらえると、嬉しいよ。」
あの頃、命を尽くして戦ってくれた若者の一人が、満足そうな眩しい笑顔で語ってきた。
雄大「明日も70年後の日本をたくさん見せてやるって。」
雄吉「うん、楽しみにしてるよ。」
戦後70年。
ありとあらゆるものが変わり果てていた日本であったが、そこに生きる人々の輝きは、この時代も昔も、変わっていないのかもしれない。そうであってほしい。
人々があの頃の記憶を忘れない限り、ここまでの軌跡を風化させない限り、それはこれからも続いていく。
雄大はそう確信していた。
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