死神遊楽園

アルセーヌ・エリシオン

死神遊楽園

私は思いだしていた・・・


このマンション群が立ち並ぶ前に存在した


あの幻の遊園地を・・・





「黄泉の国へようこそ~」


これが挨拶代わりの


死をテーマにした異色の遊園地


『裏野ドリームランド』


通称『死神遊楽園』。


インパクトのある宣伝効果と


発想の転換による


アイデアたっぷりのアトラクションで


開園当時は、かなりの賑わいを魅せていた。


もう一つの人気の要因は営業時間だ。


朝10時~夜10時という


当時としては異例のものだったこともあり、


この遊園地の性質上、


夕方から閉園時間ぎりぎりまでの


客が多かった。


当時、私は駆け出しのジャーナリストで、


この遊園地の担当として


オープン前から取材を行っていたこともあり


私的に思い入れのある遊園地だった。


ただ、残念なことにこの異色の遊園地は


わずか3年で閉鎖されることとなった。


この遊園地を閉鎖へと追い込んだのは


あるひとつの大切な命を奪った


悲惨な事故が原因だった。




遊園地が開園して1年を過ぎた或る日


私の住むアパートのポストに


1枚の紙切れが投函されていた。


その紙切れは、


薄汚れてヨレヨレになっており


雑に二つに折り畳まれていた。


開くとそこには赤い文字で


『しにがみゆうらくえん


 ななつめのうわさ・・・』


と紙の真ん中らへんに


小さく認められていた。


職業柄、こういう類の悪戯や嫌がらせは


少なからずあると聞いていたが、


血のりを使い、


あたかも指で書いたように書かれていた


そのダイイングメッセージのような紙切れに


一抹の不安にも似た胸騒ぎを感じ、


プライベートでも調べてみることにした。


調べていくうちに、


開園後、半年を過ぎた頃に噂になった


当時、5歳になる男の子の失踪騒動が


数々の噂話の


最初のきっかけらしいことがわかった。


その失踪騒動は私も知っていたが


実際に警察沙汰になった訳でもなく


具体性に乏しい上


話の出所も不確かだったため


宣伝目的の悪趣味な悪戯だと


身内内では片付けられた。


結局、時間とともに


その噂話自体は風化していったが、


それを皮切りに、


新たな噂話が明らかに増えていた。


完全な作り話や、


大袈裟におひれがついたものまで


無数の噂話がでっち上げられ、


来場者数はうなぎ上りだった。


そんな直後、


週刊誌にて数ある噂話の中から


ある噂話が取り上げられた。


それは、死神遊楽園で


人気のアトラクションの1・2を争う


『アクアツアー』についてのものだった。


川下りのような水辺を巡るツアーだが


そのツアーの途中にある洞窟で


奇妙な生き物らしき影を見た


というものだった。


当時、UMAやUFOなどの


未確認モノが流行っていたこともあり


テレビのワイドショーなどでも


こぞって取り上げられていた。


何かの影を見間違えたものだとか、


恐怖心による集団催眠的なものだなど


その筋の権威ある人物をはじめ、


世論も巻き込み


数々の持論が飛び交っていた。


そういうこともあり、この遊園地は


全国的に知られることとなった。


その後も、


忘れかけた頃に噂話が持ち上がるなど


本当に、経営陣の


営業戦略を疑うほどのタイミングで


週刊誌やワイドショーの特集などで


世間の注目を集めていた。


そんな異様な盛り上がりを見せていた中、


とうとう恐れていたことが起こった。


子供の失踪事件だ。


その事件は、


遊園地の知名度に見合った報道がされた。


営業内容は勿論、管理状態など


経営陣への責任追及が行われた。


結局、捜査3日目に


遺体という最悪のカタチで


その子は発見された。


例のアクアツアーの洞窟内の水路に


浮いていたとのことだった。


解剖の結果、


事件性の低い事故による溺死


ということだったが、


遺族は勿論、私も、


何か引っかかるものを感じた。


結末はともかくとして、


私個人にとって、


私の思考回路を麻痺させるには


充分過ぎる出来事の連続だった。


あのころの記憶は、


今も鮮明に残っている。


しかし、


その遊園地が


本当に世間を騒然とさせたのは


遊園地閉鎖後、


5年も後の事だった。


今から紹介するものは、


当時、この遊園地を


全国的に知らしめた七つの噂話。


そして、それに対する


私の体験を元にした取材記録である。




噂、その1 

 死のアクアツアー

  『三途の川下り編』


数あるアトラクションの中でも


1・2を争う人気のツアー。


スタート地点に程近い洞窟内のある区間で、


謎の黒い物体を見たとの情報が


複数件上がっているのだが・・・



 人気のアトラクションと言うだけあって

なんと2時間も並ぶ羽目になった。

よりにもよって、初夏の真昼間、

すっきり晴れ渡る炎天下だ。

三途の川を下る前に渡ってしまいそうだ。

このツアー名、図らずも的を得ている。

ようやく、廻ってきた順番に

感動すら覚えたが

目の前に現れたのは『まあるい筏』だった。

この時点で、既に悪い予感しか感じない。

船頭はおらず、7人乗りということで

当たり前のように

前後にいた他人と同乗することになった。

お約束のように、濡れたくない者は

白装束を模したカッパを着るのだが、

私は並び続けた疲労感に

面倒臭がりな性格が便乗して断った。

しかし、出発して1分もしないうちに

恐ろしく後悔した。

最初の水しぶきが起こるエリアで

既にほぼ全身びしょ濡れだ。

しかも、着てないのは私だけで

アウェイ感が半端ではなかった。

当たり前のように揺れる筏、

当たり前のように濡れる私、

楽しむ6人と酔ってきた私。

おまけに、良く回る。

既に、バツゲーム状態で

検証どころではなくなってきていた。

船頭のいない筏がルートを外れないのは

この形状と計算された水深、水流、

そしてこの川の幅にあるようだ。

四角い筏と違い、本当に良く回る。

揺れと回転で私以外にも

えらく大人しくなったのが2人程居た。

やはり酔ったようだ。

激しく思考回路が低下している中、

このツアーの見所でもあり、

最大の難所が襲い来た。

予想もしていなかった衝撃と

勇ましい水の洗礼に

目を瞑って筏の真ん中寄りに

体育座りをして耐えていたが

背中に叩きつけるような水しぶきは

容赦なかった。

私と同じく,

中央寄りに体育座りしている二人にも

その洗礼はあったようだが

カッパという頼もしい鎧に護られていた。

それにしても、私達の筏は他所から見ると、何とも不思議な光景に見えたことだろう。

明暗が明らかに分かれていたのだから・・・

ここの噂話は、

そこにも原因があるような気がしてきた。

回る景色と船酔い、

そして時折襲い掛かる波しぶき、

両岸の賽の河原的な

砂利の瀬に詰まれた石の塔を

何かと見間違えても仕方ない状況だ。

それに、一人が見たら、私も、私もと

便乗する者が出そうな一種の連帯感的なものが生まれそうなアトラクションだ。

やっとのことで明るくなりスタート地点であるゴールが見えてきた。

ほっとしたのも束の間、


「ぎゃ~~~」


同乗していた女性達から悲鳴が上がった。

驚いた私は彼女らを見ると

彼女らの視線は私の左肩を見ていた。

咄嗟に、自分の左肩に目をやると

長い髪の毛が背後から胸元へと

べったりとくっついていた。

慌てて振り払うと

筏の間をスルスルと

意志でもあるかのように

水中へと消えていった。

私は勿論、他の6人もゴールするなり、

筏を慌てて飛び降りた。

酔っていてうろ覚えだが、

最初のうちのまだ景色を幾分見れた時

酔わないように下を、

つまり水面を見ないようにしていたが

水しぶきを浴びた瞬間に

一瞬だけ水面に目が行った時、

暗い洞窟内ということもあったが

その部分の水面が

妙に黒かった気がしたのを思い出した。

あれはもしかして髪の毛だったのだろうか。

それがずっと

追いかけてきていたのだろうか・・・

アトラクションの出口付近で

洞窟内の写真が

販売されているのを思い出し

急いでそこへと向かった。

5枚撮られていた

私達のグループの写真の1枚に

私はぞっとした。

あの髪の毛のようなものを見た辺りの写真に

水しぶきに紛れ

真っ黒い髪の毛の塊のようなものが

私の背中に覆いかぶさるように写っていた。

私は、スタッフにその写真を見せ、

そのネガを買い上げ、

後日お払いをしてもらった。




噂、その2 

 死の絶叫コースター

  『悪夢の炭坑トロッコ編』


次に、この園内で多数の事故の噂がある


アトラクションがこれだ。


しかも、噂されている事故の内容は


点でバラバラだ。


にも拘らず稼働しているのは、


やはり


ただの噂に過ぎないからであろうか・・・



 この遊園地でのウリのひとつ、

いわゆるジェットコースター的なもの。

ただ、他と違うのは

ジェットコースターとは名ばかりの

その見た目とスピードだ。

乗る前に躊躇してしまうそのフォルム。

2人乗り用に改良されたトロッコが

7輛連結され、最後尾に操縦者が乗る

15人乗りのトロッコ列車だ。

レールに乗っかってるだけのソレが

スピードを出したり、

ましてや回転などするはずもなく

どう絶叫マシンを演じるのか

逆に興味をそそった。

ただ、どれか1輛でもけ躓こうものなら

連帯責任形式で

全車輌脱線必至なのは容易にわかる。

想像するだけで恐ろしい上に

乗るにはかなりの勇気がいる。

これでは、いつ事故がおきても

おかしくは無いと感じたが

運営されている以上

何かしらの安全策はあるはずと

何とも複雑な心境で発車を待った。

『勝手に飛び降りないでください』

とだけ書かれた

ちょっと意味深な注意書きの看板に

乗客が当たり前のようにざわついたが

操縦担当の乗務員からも、

待機のスタッフからも

何の補足説明も注意事項もなかった。

そういう

恐怖込みのアトラクションなのだろうか。

急にけたたましいベルが鳴り響く。

乗車の合図らしい。

私も含め乗客全員が軽く飛び跳ねたのが

これからを共にする連帯感を思わせ

心強くも可笑しくもあった。

発車前にも拘らず

3年ほど寿命が縮まったが・・・

気を取り直して人生初のトロッコに乗車だ。

実際に走り出すと、恐ろしく遅い。

暗闇をトコトコ走るほのぼの列車だ。

実は、少々絶叫系が苦手な私にとって

まずは、少し安心できる材料だ。

廃墟と化した炭坑を模した、

薄暗い洞窟内を、

乗車時に手渡された懐中電灯で

各々が好きな場所を照らす。

なんともまとまりのない

自由気侭な絶叫トロッココースターだ。

すると急に、

先頭車両の赤色灯が回り出した。


「危険が迫っております

 直ちに地上へお戻り下さい」


とアナウンスが入った。

これ自体、仕掛けなのか

本当のアナウンスなのかわからない時点で

ある意味恐怖だ。

すると


「奴らに見つかりましたっ

 今から全速力で逃げますっ

 皆さんっトロッコから

 身を乗り出さないようにして

 しっかりと掴まっていてくださいっ」


と最後尾の操縦スタッフが叫んだ。

この指示で、

これが演出なのだと理解できた。

気持ちスピードが上がったが

それでもおじいさんの

ジョギングくらいのスピードだ。


「全速力って・・・」


乗客皆がハモった。

そんなほのぼのとした緊張感の無い

このシチュエーションに

若干、皆リラックスしていた。

そんな状況も束の間、、

後方の薄暗がりに気配を感じ目を凝らすと

人影らしきものが蠢いているのが見えた。

通過してきた奥の暗がりから

こちらを目掛けて何者かが近寄ってくる。

確実に縮まりつつある距離とスピードに

さきほどの朗らかなムードも吹き飛び

予想できる恐怖が背筋を走った。


「きゃ~」


「もっと早くっ早くっ」


「追いつかれちゃう~」


演出とは言え、怖いものは怖い。

お約束のような女性客の黄色い悲鳴と

疾走感のまったくない乗り物が

恐怖の相乗効果を生み出した。

懐中電灯で照らすと無数の炭坑夫らしき姿が

もう目と鼻の先まで迫っている。

怖ければ照らさなければ見ないで済むのだが

分かってても照らしてしまう。

何気に人間の心理を上手く突いてると

感心したが懐中電灯を持つ手は震えていた。

その炭鉱夫らの姿はお約束通り血だらけで

足を引きずりながらも器用に走るもの

異様な速さで這いずり回るもの

中には堂々と普通に走ってくる者もいる。

その見事なまでの演技に

感心する余裕など無かった。


「助けてくれ~」


「乗せろ~」


などと連呼される言葉が

あちこちで響いた。


『助ける?』


この時、そういうことかと

少しだけこのアトラクションの

主旨がわかった。

襲い来るのではなく

助けを求めているようだ。

私たちに・・・

どちらにせよ

怖いことに変わりはないが・・・

追いつかれそうで実際追いつかれるという

あまりにも怖過ぎる体験をした。

お化け屋敷のように

走って逃げられるわけでもなく

ジェットコースターのように

疾走感のうちに終わるわけでもなく

まったりと強制的に

恐怖とランデブーすることになった。

わかっていても十分すぎる程怖かった。

サービスなのか演出なのか

いつの間にか、最後尾のスタッフが

血だらけの炭鉱夫に変わっていた。

襲われてそうなったのではなく

明らかに別人だ。

見てくれは恐ろしい感じだが

ちゃんと何やら操縦してる感じに

異様な程の安心感を得た。


『代わった意味はあるのか?』


微妙な疑問が浮かんだが

場がしらけそうで考えるのをやめた。

当たり前だがゴールまで辿り着いて

ほっとしたのも束の間、

先程の恐怖の炭鉱夫達も

ほぼ一緒にゴールした。

これには完全に意表を突かれて

締めくくりのような叫び声と共に

正に全員でゴールを迎えた。


『なんだこのアトラクション』


乗客が皆口々にそう言っていたが

満面の笑みだった。

血だらけの炭鉱夫らに見送られて

このアトラクションを後にした。

ゴール後の安心感の中、

最後の最後で油断大敵という教訓を得た。


後々思い起こしたとき

気付いてゾッとしたことがある。

あの炭坑夫の集団に

子供の姿が見えた気がしたことだ。

確実に見たかと言えば

うろ覚えのため見間違いかもしれないが

記憶に残っているのは

小さな男の子だったような気がする。

普通の遊び服と

微動だにしてなかったようなビジョンが

異質な違和感を放っていた。


「あれは、気のせい・・・なのか・・・」


一緒に搭乗していた客らから

それらしき話が出なかったことを考えると

気のせいだったと

忘れるのが一番と判断したが

そう思ってそうできたら苦労はしない。

考えないようにすればするほど

その男の子の影が

近づいてくるような気がして

結果、私には

本当の恐怖のコースターとなった。

このいろんな意味で恐怖を感じた

アトラクションで

事故があったということだが。

どういう事故だったのか、

怪我人の有無や時期など一切不明なのだ。

噂の出所が掴めないことから

単なるデマだとも思ったが、

一応何人かに聞いてみた結果、

やはり答えは様々だった。

思うに、どこにでもあるような

どこかで普通に生まれた噂話、

それが人間独自の想像力と

悪戯心による尾ひれがつき

この遊園地の立ち位置と重なって

よりリアルに不特定多数の噂が

流れたのではないかと推測する。

そう結論付けようとした瞬間、

洞窟内に点在する

トロッコの残骸があったのを思い出した。

別に不思議じゃないといえばそうだが

オブジェクト的な感じではなく

放置されていたような感じが

何か妙に気になる光景だった。

思い出しついでに

知り合いのスタッフに頼んで

その洞窟内を見せてもらったが

不思議なことに壊れたトロッコなど

どこにもなかった。

あれも、男の子同様

私の見間違いが何かだったのだろうか・・・




噂、その3 

 死のミラーハウス

 『迷宮万華鏡編』


この迷路は、


実際に体調に異常をきたして


出てくる者が多かった。


途中棄権する者も多く


設計に何か不具合があるのではと


何度か検査も行われたが


他の遊園地と同じく基準はクリアしていた。


ただ、中には、体調不良ではなく


明らかに性格が変わっていた者もいた


という噂も流れていた。


鏡に閉ざされた空間で


一体何が起きたというのであろうか・・・



 この手のアトラクションは

私の得意分野だ。

少しずるいかもしれないが

この手の迷路での常套手段として

有名な右手法と左手法を知っている。

どちらでも結果は同じで、

私は右手の方をよく使う。

それはいいとして、

このミラーハウスには、

3つの噂話が上がっている。

ひとつは、

有名な右手法(左手法)でも

出口に辿り着けないとの噂。

これは、ある条件の時、

ちょっとしたコツがあるのだが

それを知らないと

辿り着けなくなることもあるため

恐らくそれが原因だろうと予想する。

もうひとつ、左手法をしてた者は皆、

何者かに手を引っ張られたような気がした

という噂。

これは、右手法の噂がないため

一概に否定は出来ないが

鏡を触りながら歩くため

湿気などで手が鏡にひっかかって起きた

勘違いもあるだろう。

そして、最後に、

入ると別人になって出て来る者がいる

という噂。

これも、私自身、

その当事者に会ったことが無い為、

半信半疑だ。

これらを検証すべく、入ることにする。

いつもなら、右手法を使うのだが、

噂の検証のため

ここは左手法で実行してみることにする。

知っている者も多いらしく、

左右の鏡の高さの違う何箇所かに

くすんだ帯が奥へと続いている。

若干、右の鏡の方が

くすんだラインが多かったり

濃かったりしているとこを見ると

右手法の方が人気のようだ。

私は、左の鏡のまだきれいな

ちょうど胸の高さくらいの所に

左手を当てた。

途中、勘を頼りに楽しんでいる

カップルとすれ違ったが

特に変わった事は起きなかった。

ただ、たくさんの自分の姿に

少々飽きてきていた。

そんな時である、

立ち止まった私と違う動きをしている

一人の私に気付いた。

と言うよりは、

私に合わせて動いていたが

油断して動きが若干ずれた・・・

程度の違いだった。

僅かの差異だったが、確実に私は見た。

私が立ち止まった瞬間に

一瞬だけこちらの様子を伺う

もう一人の自分を。

恐怖より、

そのドンくささに失笑するしかなかったが、

冷静になればなるほど

得体の知れない恐怖が湧き上がって来た。

そのドンくさい自分に注意を払いつつ

急いで出口を目指すことにした。

沸々と沸き起こる恐怖心に比例して

辺りが何やらそわそわしているように感じ

立ち止まり、瞬時に周りに目を配った。

すると、そこには自由気ままに動く

私たちがいた。

立ち止まってはいるが、

手を鏡に付けてない者、

まじめに一生懸命、

真似ようと努力している者、

中には、じっとしたまま

別の方向を見ている私もいる。

そんな自分勝手な自分たちとの

ミラーツアーに

今まで感じていた恐怖は次第に収まり、

段々と滑稽に思えてきた。

そんな時である、

私の左隣の私が、

鏡に付けていた左手に

右手の指を絡めてきた。


「うわっ」


思わず声が出た。

その手はあまりにも冷たく、

私を掴んだまま私の動きに合わせている。

その瞬間、見えていただけのその私たちが

私自身に触れることが出来ることがわかり

妙な親近感が芽生えた。

恐怖をさほど感じないこの状況は

何なのだろうか。

所詮、見た目が見た目だからだろうか。

他の私ら同様、

この隣にいる私にも協調性は全く無い。

あくまで自分ありきなようだ。

しかし、この手、少しずつではあるが

隙あらば、鏡の向こうへと

私を引きずり込もうとしているようだ。

あちらの世界はどうなっているのか

好奇心が首をもたげるが

流石にこればかりは譲るわけにはいかない。

還ってこれなくなると、正に本末転倒だ。

私は握られた指を咄嗟に解き

鏡から手を離した。

すると、一瞬立ちくらみがして

その場にへたりこんだ。

まるで、生気を奪われたような感覚だった。

2~3秒ほど目を瞑っていたら

何事も無かったように立ち上がれた。

改めて周りを見渡すと

そこにいる全員の私は

ちゃんと違和感無く私を演じていた。

その後は、そのまま、

何事も無くゴールへと辿り着けた。


「あれは・・・」


と、考える間もなく左手に違和感を感じ

視線を落とすと

長い髪の毛が纏わりついていた。


「うわっ」


あまりの気色の悪さに

髪の毛を振り払った。


「何で・・・髪の毛が・・・」


この女性の髪の毛と

幾体ものドッペルゲンガー。

ドッペルゲンガーの噂が本当なら

私は近いうちに死ぬことになる。

この二つの現象に、

何か意味があるのだろうか・・・

ただ、新しい噂を2つ

増やしただけのような気がしてならない。


「結局、何がしたかったんだ

 あの私らは・・・」


記憶を辿りつつ

あれこれ自己分析もしてみたが

答えなど全く出る気配すらない。

勿論、私自身、

何か変わったという自覚も無い・・・

やはりただの噂話だったということか・・・

それとも、

変わっていることに

自分自身が気付かないだけだろうか・・・

これは、後日、

私を知る者に逢えばわかるだろう。

それまでの楽しみにすることにした。

ただ、あれだけの体験をしたにも拘らず

割と平静でいるこの時点で、

既に自分の思考回路と

理性の置き場が変わっていることに

その時は私自身気付いてはいなかった。




噂、その4 

 死の閉鎖病棟

 『誘いの亜空間編』


地階にある霊安室の隣に、


無いはずの部屋が現れるというのが


このアトラクションの噂話だ。


時間帯なのか、


何かの条件が揃ったときなのか


はたまた、そういう感受性に


長けた者だけが見えるのか・・・


いずれにせよ、現れる部屋は


拷問部屋らしいのだが、


その真相とは・・・



 敷地内の一番北に位置する

大型総合病院を模した建物、

これが今回のアトラクションの現場だ。

ここを舞台に繰り広げられる

謎解き脱出アトラクション。

地上7階、地下2階の

壮大なステージを駆け回るという、

体力の無い私にとっては

これまた、ただの罰ゲームだ。

しかも、何人かのグループではなく

個人から最大5人までとのことで、

必然的に私は個人参加となった。

噂の霊安室があるのは最下層の地下2階。

どのタイミングで

そこに行けるのか分からないまま

点在するヒントに

ここに来た目的を忘れるくらい

右に左に、上へ下へと振り回される。

やっとのことで

目的地である霊安室が奥の左側に見えた。

長い廊下の真ん中らへんにあるその部屋。

途中、左右にそれぞれ1ヶ所ずつ

廊下が交差して丁字になっている。

不自然なくらい周りに部屋は無い。


「さて・・・・・・

 どうしたものか・・・」


そんな時、

お約束のように蛍光灯が明滅を始めた。


「これも演出か?」


少し怖かったため声に出して

気を紛らわせようとした。

何処からともなく聞こえてくる

車椅子が近づいてくるような音。


「おいおいっ

 やめてくれよ~

 俺、独りなんだけど・・・」


そんな懇願にも近い願いも虚しく

その音と共に、

廊下の奥から蛍光灯が切れ

暗闇が近づいてきた。

とうとう、

私の目の前まで来たその暗闇から

ゆっくりと車椅子の車輪が顔を出した。


「おわっ

 びっくりしたっ」


独り言だ。

予想通りと言うか

誰も乗ってはいない。

おまけに押してる者もいない。


「ほらやっぱり~」


この時点で充分、恐怖を満喫できる。

しかも、意思でもあるかのように

それは自立走行して

霊安室の隣辺りの壁の前で止まった。

ここで嫌な予感がしたが、

この予想を全く裏切ることなく、

ぎこちなくもゆっくりと向きを変える

無人の車椅子。

その瞬間、この廊下全てが闇に包まれた。


「おいおいおいっ」


あまりの急な出来事に

思わずへばりつくように

右の壁に背中をくっつけた。

そのまま、あまりの恐怖に

足がすくんで動けずにいると

先程、車椅子が向き合った壁ら辺が

真っ赤な亀裂とともに

ゆっくりと引き裂かれ広がってゆく。

そこへ向けゆっくりと進む車椅子。

車椅子がその亀裂に差し掛かり

車体全てが飲み込まれるように消えた

その瞬間、

全ての電気が復活した。


「うわっ」


もう何が起きても声が出る。

ほぼ条件反射状態だ。

そして、さっきまでは何も無かった

その廊下の壁に

重く頑丈そうな

錆びた鉄のドアが現れていた。

霊安室の隣だ。


「こいつか・・・拷問部屋・・・」


ついに姿を現した。

もう何で現れたのかなど

理由や条件を考える

余裕も気力もついでに体力も無かった。

気のせいか、廊下中が血生臭く感じる。

むせ返りそうになるほどの臭気だ。

かなり気が重いが

その部屋に対しての恐怖はさほど無い。

どちらかと言えば、

この廊下にいる方が怖い。

いざ、その重厚な扉に手を掛けた瞬間、

その扉はゆっくり奥へと自開した。

次第にはっきりする中の様子。

完全に開いたそのドアの向こうに、

真っ赤に染まった部屋が現れた。

それと同時に

耳を覆いたくなるような

悲鳴や叫び声のようなものが

一瞬だけ部屋中に飛び交った。


「!!!っ」


人間、本当にびっくりすると

意外と声は出ないもんだ・・・

が、体は敏感に忠実にそれを表現した。

噂どおり、拷問部屋のような雰囲気と

何やら、機材や道具があるのが見える。

その部屋の中央やや入り口側に

先程の車椅子が無人のまま

こちらを見据えて出迎えた。

怖くは無いと言ったが、

勿論、私にその部屋に入る勇気など

ありはしない。

廊下から遠目に中を窺うと

真っ赤な壁が何やら蠢いている。


「えっ?」


良く見ると、

その壁は肉の塊のようなものだ。

入れば、消化されそうな錯覚に陥るほど

リアルでグロテスクだ。

次の瞬間、

何かに背中を押されたような感覚に

振り返る間もなく、

その拷問部屋へと無理やり踏み入らされた。

すると、

壁だけではなく床も肉質なものだった。

足を取られながらも廊下へと向き直り

部屋を出ようとしたが、

その柔らかさに足を取られ

後ろへと倒れると

あの車椅子が私を受け止めた。

肉のような手枷と足枷が私の動きを封じた。

そのままゆっくりと下がり

部屋の中央ら辺で

ドアに背を向けるカタチで方向転換した。

血生臭い臭いと、

血の付いた機材を目の前に

言葉に出来ないほどの

気色の悪さの中

背後から湿った足音が近づいてきた。

機材を確かめるような音がしていたが、

急に音が止んだ。

するといきなり血まみれの

ビニールの手袋をはめた手が

私の右肩に置かれた。

私は糸が切れたかのように

意識が遠ざかった。

 目を覚ますと、遊園地の医務室だった。

話を聞くと、

地下2階の霊安室の前で倒れていたらしい。

後から来た3人組の女子高生が見つけて

知らせてくれたとのことだった。

ただ、彼女らが私を見つけた際

私の傍らに野球帽を被った男の子が

いたらしいのだが、目を放した隙に

消えたとのことだった。

当たり前のように、

拷問部屋の話は出なかったため、

私もそこに触れるのは避けた。

ただ、自分の体から

微かに臭う血生臭さと

手首と足首に

うっすらと残る痣のようなものが、

あれは幻ではないと

告げているかのようだった。

後日、改めて検証することにする・・・

のはやめておくことにする。




噂、その5 

 死のメリーゴーラウンド

 『骸骨回転木馬編』


深夜0時15分ちょうどに動き出す


メリーゴーラウンド。


美しい光景とは裏腹に


生臭さが立ち込めているという。


動き出す時間に


何か意味でもあるのだろうか・・・



 メリーゴーラウンド・・・

正直、この取材をするまでは

メリーゴーランドだと思っていた。

まぁ、どちらも間違いではなさそうだが。

それはいいとして、

流石にこれは

いい年のおじさんが一人で乗るには

想像を絶する勇気がいる。

仕事という大義名分があれば

人目など一切、気にならないが

これがプライベートともなれば話は別だ。

そういう仕事をしてるにもかかわらず

オフとはいえ

仕事と思い込めないのが不思議だ。

散々悩んだ結果、

やはり乗るべきとの答えに辿りついた。

目を瞑り、深呼吸をして

いざ、向かおうと目を開けた瞬間

私は明らかに別世界にいた。


「どこだ?

 ここ・・・」


風が猛り狂う赤黒い荒野だ。

空も大地も全てが赤茶けた風景。

遠くに一段と紅く染まった

もやのようなモノが見える。

何かに導かれるように向かおうとした瞬間、

それはいきなり目の前に現れた。


「!!!っ」


私はその凄まじい光景に愕然とした。

悲鳴のような嘶きとバタつく蹄の音。


生きた馬が串刺しにされ回されていた。


腹から背中に突き抜けた杭と共に

馬体が上下しながら回転している。

杭の傷口から血しぶきが吹き出す。

杭と共に上下している馬もいれば、

完全に回転盤に4本足がついたまま

杭だけが体の中を上下しているものもいる。

そのいずれもが、

悲痛な悲鳴にもにた鳴き声を上げながら

血煙に覆われ

倒れることも許されないまま

回り続けている。


まるで地獄絵図だ。


すると、

一頭の馬が、四肢を痙攣させながら

ゆっくりと絶命した。

それを待っていたかのように

奥の薄暗がりから

あの野球帽の男の子が出てきた。


「あっ」


そして徐にマッチを取り出し

その馬の心臓の辺りに火を放った。

瞬く間に、身体全体が激しい炎に包まれ、

パチパチと焼ける音と

肉の焼け焦げる臭いが

不謹慎にも食欲を誘った。

ほどよい遠心力が炎の勢いを加速させ、

その馬を一瞬で消し炭にした。

次々に絶命する馬と発火する身体。

最後の一頭を炎に包みこんで、

その男の子は奥の薄暗がりへと消えた。


「ちょっ・・・」


呼び止めようとしたが思いとどまった。

私には何の準備も出来ていなかったからだ。

最後の馬が焼け落ちたと同時に

馬の処刑場も崩落した。

炎と土煙が舞う中、

数歩下がり、腕で顔を覆った。

その時、一瞬だけ腕時計が目に留まり

針が0時15分を指し示していたのが見えた。


「この時間は・・・」


すると、さっきまでの空気が一変、

静寂に包まれ、

すぐさま賑やかな

日常的な雑踏の音に包まれた。

ゆっくりと腕を下ろすと

私は元のメリーゴーラウンドの前にいた。

訳の分からないまま、

目の前で悠然と舞う白馬達を見つめた。

今のは何だったのだろうか・・・

私の妄想か幻か、若しくはただの夢か・・・

きつねにつままれたような気がした。

こんな不思議な体験をしておきながら

あの馬達は

苦しみから解放されたのだろうか・・・

それだけが気になった。

時計を見ると12時15分を

少し過ぎたところだった。




噂、その6

 死の観覧車

 『黄泉の回転塔編』


夕方、観覧車の前を通ると


聞こえることがあるという


「出して・・・」


という男の子の声。


意味ありげなその言葉の真意とは・・・


 若干、高所恐怖症気味の私にとって

実は一番の難関である。

まあ、頑張ればいけそうな高さなのが

唯一の救いだが、

ネーミングからして

乗るだけで天に召されそうだ。

しかも、当然のように独りで乗る客など

今の所、1人も居ない。

さも、取材を装って並んではいるが

なんだか恥ずかしく、虚しくなってきた。

いざ、順番が回って来ると、

今まで順番待ちの人ごみで誤摩化せていた

『お一人様』が露骨に露になる。


「お一人様でよろしかったでしょうか?」


とのスタッフの言葉に

何人かがこちらを見たが

差して、

思った程のリアクションは起きなかった。


「足下にお気をつけください」


このスタッフの悪気の無い笑顔と言葉に

苦笑いしか出て来なかった。

いろんな意味で無事乗ることができた。

思った以上に揺れる。

1人のせいか、私が座っている方に

重心がくるせいで

私は、少し斜め上を見る姿勢になる。

何気に不安になる姿勢だ。

ようやく、1/4位進んだところで、

突風が吹いた。

予想以上に揺れたことで冷や汗をかいた。

お陰で残り3/4が非常に長く思えた。

ドキドキと言うより、

完全に動悸の類が胸中を襲う。

しかし、それもあっさりと終わりを迎えた。

少しだけ震える足を誤魔化しながら

苦笑いと一緒にその場を離れた。


そして気付いた。

別に乗る必要はなかったのでは・・・


噂は、観覧車の前を通るとき・・・

とのことだった。

通ればいいのだ・・・乗らなくても。

実際、乗ってみて

何一つ不思議なこともなければ

違和感もなかった。

そんな油断してた時、


「・・・出して・・・」


と男の子の微かな声が聞こえた。

空耳や誰かの悪戯、

ましてや実際の声ではない。

耳元で囁かれたかのような、

しかもほんの一瞬の出来事だった。


「早く・・・ここから出して・・・」


続けざまにそう聞こえた。

聞こえたと言うよりは

頭に直接語りかけてきたような感覚だ。

畏怖の感情より孤独な寂しさを含んだ

懇願にも似た声だった。

気配を感じ後ろを振り向くと

野球帽を被ったモノクロの男の子が

私の右足に纏わりつくように

私を見上げていた。


「うわぁ~っ」


あまりのことに

声を出してのけぞってしまったが

もうそこには男の子の姿は無く

びっくりして私を見る

数人の客がいただけだった。


「今の・・・」


どこか寂しげな雰囲気の

その野球帽の男の子。

目に焼きついて頭を離れなかった。




これで、私が体験した

噂の憑き纏うアトラクションは

終わりである。

とは言っても、

アトラクション自体がこれで全てだ。

重篤な七つの噂話は

6つがアトラクションに纏わるものだが

最後の七つ目は

事の発端となった

失踪騒動に関するものだ。




七つ目の噂

 『終わりと始まり』


これは失踪騒動に関する噂話だ。


ただし、悲惨な結末に終わってしまった


例の事故の方ではない。


その前に起こって


悪趣味な悪戯で片付けられた


最初の失踪騒動に関するものだ。


今まで紹介した6つの噂話の根源が


実はこの最初の失踪騒動に


あったのではないかと


一部の人間の間で囁かれていた。


 ふと時計に目をやると午後3時・・・

3日かけて、やっとのことで

6つのアトラクションを制覇した私は、

今日は、何に乗るでもなく

園内をゆっくりと見て回っていた。

平日ということもあり、

人影はまばらだった。

私には丁度よいくらいの空き具合だ。

一通り見て回ってジュース片手に

ベンチで休憩することにした。

ここ数日で回ってきた

アトラクションを思い起こしながら

噂と実体験を書き記してある手帳に

加筆していると

周りに人の気配が無いことに気付いた。

先程までの人影は

どこへいったのだろうか・・・

いつのまにかしんと静まり返っている。

人の気配も生活音も一切しない。

視線を上げると

普通に遊園地の風景が広がった。

しかし、やはり人影はない・・・

ただ、遊具の稼働音が

物寂しげにリズム良く聞こえるだけだ。

園内をくまなく探すまでもなく

明らかにおかしい。


「ここは・・・

 現実世界ではない・・・」


さっきまでいた遊園地に間違いはないが

その帯びた雰囲気は

明らかに変わってしまっている。

今までのアトラクションで感じた

感覚とは違い、

まるで、行き場を無くした

あまりにも純粋な感情が

この世界を浸食しているかのようだた。

この世界は一体・・・

途方に暮れ空を仰いだ瞬間、

ベンチに座る私の右隣に

その男の子はいた。

今度は、

何となく覚悟が出来ていたのだろうか

自分でも良く分からないが

驚くことは無かった。

野球帽を目深に被り俯いているため

表情が読み取れない。

そしてそのまま二人して黙ったまま

10分くらい経ったであろうか。

いきなりその男の子が

私の右肘をちょんちょんと突いて

アクアツアーの方向を指差した。


「ん?」


「・・・・・・」


「アクアツアーに何かあるのかい?」


そう言って振り向くと

そこには既に男の子の姿は無く、

遊園地もいつもの賑わいを取り戻していた。

その後、すぐに

アクアツアーへと足を運んだが

あの経験が頭を過ぎり

結局、乗ることも出来ず

後ろ髪を引かれたまま帰路へと着いた。

後に、公私織り交ぜて情報収集したが

特に、変わった情報もないまま、

とうとう、子供の失踪事件が起きた。

あのアクアツアーでの事故だった。

あの男の子は、

これを私に教えたかったのか・・・

一体、何故・・・

何もすっきりせず、疑問だけが残った。

その失踪事件が元で

この遊園地は閉鎖されることとなった。

数々の噂話と私自身に起きた恐怖体験を

私の記憶に深く刻み込んで

その遊園地の真相は

闇に葬られることとなった。

最高の立地条件にも拘らず

死亡事故だったこともあり、

施設も土地も買い手が付かず

裏野ドリームランド

通称『死神遊楽園』は、

街を見下ろす廃墟として

街の高台に君臨していた。


閉鎖後、5年経った頃、

やっと買い手が見つかったのか

マンションが建つとのことで

大掛かりな開発が始まった。

5年もの間、

最恐の心霊スポットとして、

または真新しい廃墟として

一部のマニアに愛されていた死神遊楽園も

1ヶ月も経たないうちに

あっけなく更地に変わった。

しかし、

その工事が始まって1ヶ月を過ぎた頃、

急遽、工事が中断された。

整地している途中で

子供の白骨化した遺体が見つかったためだ。

警察は勿論、

報道関係も大きく取り上げた。

最初は死体遺棄だの、

廃墟となった遊園地での殺人だの

色々噂されたが、

検死の結果、

亡くなったのは、あの遊園地が

まだ存在していた頃だ

ということが分かった。

私も当時、

その遊園地を担当していたこともあり、

過去の記事や取材原稿など

記憶を頼りに調べた直した結果、

あの遊園地で最初に噂になり

単なる噂話として風化した騒動に

辿り着いた。

警察も、ほぼ同じタイミングで

私と同じものに辿り着いた。

やはり、あの騒動は

単なる噂話ではなく

実際に起きていた事件だったのだ。

この白骨化した遺体は、

その、真の犠牲者そのもので、

その遺体が見つかった場所は、

黄泉のツアーの

例の洞窟があった辺りということだった。

発見当初は女の子と見間違えるくらいの

長髪だったが実際は男の子だった。

その傍で古びた野球帽が見つかったが

それは、まさしく

あの男の子が被っていたものと

同じ帽子だった。

検死結果から絞殺による殺人とわかり、

結果、その子の両親が逮捕されたことで

『死神遊楽園』の話題は再燃した。

母親の育児疲れによる発作的な犯行で

その子を死に至らしめたとのことだった。

犯行後、母親は心身共に疲弊しきっており

朦朧としていたところに、夫が帰宅。

珍しく息子に笑いながら話していた

妻の様子の異変に気付き

冷たくなった息子に気付いたらしい。

事も在ろうに、それに気付いた夫は

妻を自宅に残し、

3時間ほど彷徨った挙句、

息子を例の場所に遺棄。

その時間が0時過ぎとのことだった。

息子が居なくなったことも分からない位

妻の病状は悪化、

そのまま、1週間もしないうちに

二人してこの街を出て

子供がいない夫婦として

普通に暮らしていたそうだ。

後日、ある知り合いに聞いた話だが

白骨化した遺体と対面した父親は

息子ではないと否認したらしい。


息子は坊主頭だったというのだ、

最後に息子を見たあの日まで・・・


しかし、

その長く伸びた毛髪のDNA鑑定の結果

二人の息子であることが証明された。

行われた裁判の結果、

妻は当時、心神喪失により

責任能力がなかったことと

逮捕当時、犯行時の記憶は勿論

子供の存在さえ忘れていたことから

判決は無罪と言い渡された。

しかし、この逮捕劇と裁判の過程で

次第に過去を思い出した妻は

判決前から重度の錯乱状態に陥り

そのまま病院で治療することとなり

今現在も入院しているとのことだ。

自ら犯した重大な罪の呵責に

耐えられなかったのだろう。

夫は死体遺棄の罪で

執行猶予付き3年以下の懲役となった。

事件や動機そのものは

どこにでもありそうなものだったが

死神遊楽園の噂や

私が体験したあれらの事象は

明らかに異常で非科学的なものだった。

7年以上も誰にも見つけられることも無く

独りきりで水と土の牢獄にに囚われた

年端も行かぬ少年の

想像も出来ないほどの苦痛と恐怖

そして悲しみは計り知れないものがある。

あの遊園地で見た野球帽の男の子・・・

彼は私に助けを・・・

そう思うと

何もしてあげられなかったことに

胸が締め付けられる思いがした。

ポストに投函されていた

例の紙切れを知り合いに頼んで

鑑定してもらったが、

大人の指の腹を使い赤インクで書かれた

何の変哲も無い悪戯メモだろうと言われた。

そのただの悪戯から始まった

私の不可思議な体験も

何ら特別なものではなく

その少年から発せられた

悲痛なメッセージを受けとった

その他大勢の内の

一人の体験に過ぎなかったのだろうか。

結局、彼のメッセージは

ただの噂話にされ

誰にもその真意は届かなかったことになる。




遺体発見後、3ヶ月あまりで


慰めの儀式も行われ開発は再開された。


あれから時が経ち


今、こうして立派なマンション群が


青空の下、悠然と建ち並んでいる。


当時の面影も雰囲気も残らないこの地で。


しかし、今現在も


このマンション群の住人の間で


いくつかの噂話が囁かれている。


それが、ただの都市伝説なのか、


それとも誰かからのシグナルなのか


それは誰にもわからない。


あの少年の魂は


ここ、惨劇の地『死神遊楽園』に


まだ縛られているのだろうか・・・


私には手を合わせることしか


できなかった。

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死神遊楽園 アルセーヌ・エリシオン @I-Elysion

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