Soldier of Fortune ―その者、狼につき―

禾常

第1話 亡霊

 

 

 

 ここは夜の森。

 伸びるに任せた木々の枝葉が、月明かりをも遮り、深い闇を生む。


 そんな闇の中に、ぼんやりとした緑光が灯った。


 一つ、二つ、三つと、次々に増えたその淡い光は、機械仕掛けの巨兵が放つ眼光。


 このは夜の森。

 そして今宵のここは、異形の機械巨兵達が闇に蠢く、戦場だ。


 この森に展開しているのは、この森の中に建つ研究所の守備隊が擁する、特殊機動部隊が一個大隊。

 主兵装に小型機関砲マシンガンと、小盾型の追加装甲を装備した人型ゴブリンの小隊長機が1機。随伴の蜘蛛型多脚戦車アダンソンが2機。

 この3機編成を一個小隊として九小隊、27機。ここに中隊長の人型改ゴブリン カスタムが3、大隊長の専用の強化人型ホフゴブリンが1機を加えた、計31機。

 国が抱える正規兵と呼ばれる部隊の一個大隊としては、極めて標準的な数と兵種である。

 だが、防衛目標の研究所の規模からすると、些か多い。通常なら、この約三分の一の戦力に相当する、一個中隊が妥当な部隊規模とされている。


 それでも、ここの防衛を任された指揮官は、任務の遂行に不安を覚えていた。


 任務内容は、至って単純だ。

 森林地帯の研究所に保管されている、実験材料の防衛任務。

 防衛成功時の評価は、施設の被害規模によって行う。

 初期配備の防衛戦力は、特殊機動部隊一個中隊。

 予想される敵性勢力は、民間人の雇った傭兵が少数。機動兵器の有無は不明。


 この条件なら、失敗のしようが無い。

 指揮官は当初、そう考えてこの任務を受けたのだ。


 しかし作戦開始直前に、事態が一変した。

 友人から個人回線を使った連絡が入り、敵勢力の戦力が判明したのだ。


 指揮官は、慌てて自軍の戦力を集め、上限の一個大隊にまで増やした。

 そんな事をすれば、例え施設が無傷のままで任務を成功しても、評価は最低になる。

 それでも、放棄や失敗すれば、評価はマイナス。彼に選択肢は無かったのだ。


 せめてあと少し早く教えてくれたらと、友人に当たりそうになるの飲み込み、任務開始時刻を迎えた。


「これより作戦を開始する」


 研究所内の一真室に誂えた簡易指揮所で、椅子に座りながら無線で全部隊へ発せば、各々から頼もしい返事が返って来た。

 急遽増員した者の中に、軍隊のなんたるかも理解していないズブの新兵が混ざっていたようで、若干名からは、聴くに耐えない言葉を返して来て、思わず眉根にシワをよせた。


「タカヒーロー少尉、ジョニー・ガイデン少尉。作戦は既に開始している、私語は慎め。

 お互い全力を尽くそう、ラスク=カム・イン少尉」


 軍紀を引き締めると同時に、健気にも懸命な決意表明をして来た新人を労う指揮官だったが、この行為が裏目に出た。


『はぁ!? んだよそれ!

 みほって女とタイド違いすぎでマジキモイんだけどぉ?

 シネよバーカ!』


「黙れカス! 貴様は上官侮辱罪で即刻除隊処分だ! 二度と来るな!」


『いやいや、挨拶しただけで私語扱いされると、おじさんが意味わからないんだけど。

 みんな悪いね、俺、落ちるわ。

 それとラスクさん、このホスト直結っぽいから、粘着されないように、ブロックしときなよ?

 ……こっちの質がヤバイって噂、マジだったか』


「おい、誰が直結だ!」


『ごめんなさい、落ちます』


「あ! いやあの待ってラスク・カム・イン少尉! ID交換だけでも!」


 指揮官が、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がって引き止めるも効果は無く。

 作戦開始から僅か1分足らずで、小隊長が2名と中隊長が1名、戦線を離脱。

 その後を追い、小隊長がさらに2名離脱、戦力が半減してしまった。


「くそっ。ドイツもコイツも勝手しやがってっ。俺は少佐だぞ! 偉いんだぞ! お前ら脳筋労働者は俺の言うこと聞いてりゃいいんだ!」


 頭に血が上り喚き散らす指揮官の耳に、大隊長からの無線が耳に届いた。


『おい指揮官! どうなってる、友軍がどんどん減ってるぞ!』


「どうなってるも何も、聞いてただろ! アイツらが愚かだか――」


『違う! 離脱してった奴らの事じゃない! 無人機の蜘蛛戦車ハエとりも反応が消えてんだよ!

 そっちのレーダーなら全機把握できんだろ? いいかげん、さっさと仕事しやがれ!!』


 大隊長の大喝で我に返った指揮官は、テーブルの上のマップを、かぶりつく様に見た。

 研究所周辺が映し出されているレーダーマップをいくら確認しても間違い無く、友軍機の反応がなぜか減っていた。


(ありえない……なんだこれ……)


 指揮官は、呆然と心の中で呟いた。


 指揮官用のデータ端末に目を向ける。友軍戦力の顔と簡易プロフィールがズラリと並んだ画面が、次々と赤く染まって行く。離脱者は、画面から消えて黒くなる。赤く染まるのは、撃墜された証だった。


 作戦は、確かに既に開始している。

 だが、まだ戦闘は始まってはいない。いないはずだ。

 有人機はともかく、無人機は火力に期待できない代わりに多種類のセンサーを積んだ、索敵に特化した機種なのだ。その無人機からは、いまだに敵勢力を捕捉したしらせは無いのだから。


 それなのに なぜみかたが やられていくんだ?


 指揮官の理解が追い付くよりも、部隊の壊滅の方が早かった。

 気が付けば、端末の画面は真っ赤に染まり、離脱者の黒を除いて、他の色を残しているのは大隊長ただ一人だった。


 その大隊長が無線の向こうで叫んだ。


『くそっ! 聞いてねぇぞ! 亡霊ファントムが敵に回ってるなんざっ!』


 慌てて端末を操作し、大隊長機のカメラがうつしている映像を表示する。


 暗い森の中で、それはなお暗かった。

 ぼんやりと人の形をした影が、ゆらりと揺れながら近付いて来る。


『クソったれぇー!!』


 大隊長の叫びと、その機体が手に持つ中機関砲アサルトライフルが上げる咆哮が重なった。


 連続する発火炎マズルフラッシュが辺りをオレンジ色に照らし、闇が濃さを増した。

 吐き出された無数の弾丸は、人の形をした影に、確かに命中している。だが、その闇より暗い影に呑み込まれ、弾丸はその役目を果たせていない。


「……なんだよこれぇ。こんなのチートじゃないか……! くそっ! ふざけるなズルしやがって!」


 指揮官は、叫びながら端末を操り、研究所の外壁上に設置された、固定式の中機関砲4門を人の形をした影に向けて、全力射撃を開始した。


「はははっ! どうだ! ヒキョウもの! チートなんか使いやがってふざけるなよ! 終わったら通報してやるからな!」


 上機嫌に声を上げる指揮官であったが、画面の向こうで、重装甲の大隊長機ホフゴブリンが崩れ落ち、一切の音が止んだ。


「なん――」


 驚愕した指揮官の目に映るのは、四肢がもがれた炎上する大隊長機ホフゴブリンと、その傍らに佇む黒い人形の影。

 そして、画面いっぱいに血の色で大きく表示された[Mission Failed]の文字だった。


「そんな……なんで、なんでオレが負けるんだよぉ」


 虚ろな呟きに答えたかのようなタイミングで、機械的な合成女声が静かに響く。


〔防衛目標 が 奪取 されました 作戦 失敗です お疲れ様でした〕


 その声を最後に、世界は暗転した。

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