第14話 DEBU法のカラクリ
国家DEBU法は、一度も執行されることなく半年が過ぎた――。
世界の東の外れ『N国』と呼ばれている国の何処を見渡しても、もはや普通に動ける者は一人もいなかった。
歴史的に
最期の時が迫っても
騒ぐ者も、泣き叫ぶ者も無く、ただ穏やかに
正直――死亡原因が
今や、主の居ない総理務執務室で、目に見えないほどの小さな〈監視カメラ〉の魚眼レンズが上下左右に動いている。
その数はおよそ十台。
日下部総理も大杉官房長官もその存在を知らない監視カメラだった。
「みなさん。御覧のようにN国は、指導者も含めて動ける者は一人もいなくなりつつあります。しかも、我々にも残された時間はそう長くない……そろそろ例の作戦を実行に移したいと思うのですが……どうですか? 意義があればこの場で言ってほしい……」
白髪交じりの鼻の穴がデカい老人が、モニター画面に映し出されている五人の怪しげな老人に向って
「意義も何も、一刻も早く実行してくれないと、明日は我が身……いや、我が国だ!」
「そうだ!
「我が国も同じだ。後は私が、このボタン押すだけなのだよ。正直言って待ちくたびれたよ……早く押させろ!」
見た目は老人でも、その言動の過激さから裏で肉を食い
「オーライ。では、今から一時間後に作戦を決行しよう。異議は……ないですな?」
モニターに映る全員が、皮膚が
それを見届けた、主役を張っていた白髪交じりの鼻の穴がデカい老人。
ゆっくりと椅子から立ち上がると、重厚な扉で守られていた〈監視衛星通信室〉から、満面の笑みで出ていった。
鼻の穴がデカい老人は、ドアの外で立ち止まると大きく深呼吸をし、長い足を鼓舞するかのように大股で廊下を歩きだした。
廊下の先に直立不動で待っている初老の男を見つけると、アゴを突出し――奥の部屋――作戦司令室に入るように指図をした。
「我々も作戦に取り掛かるぞ……オウスキン補佐官。いよいよだぞ!」
「我が国の準備は全て整っています。まだ実験段階の『バイオ新種! 夢をかたり菜草』ですが……勝算は十分にあります!」
補佐官の言葉に
そして、Wシントンの中心部〈ペニシリン通り1600番地〉に建つ、USエ!で最も有名な武装宮殿に君臨する王様だった。
そう、彼こそが『世界の悪徳警察』と陰口を叩かれる――USエ! ガッツ衆国 クサカ・ベン大統領である。
そして、その宮殿は難攻不落の要塞『ホワイ&ハウス』と呼ばれていた。
更に、モニターに映っていた五人の老人は―― カナD国 ―― Fランス国 ―― ドイT国 ―― イタRヤ国 ―― イギリS国 ――の元首であり、かつてはN国を加えて〈G7〉と称されたグループの仲間であった。大昔だが――。
ホワイ&ハウス戦略室に入室した大統領は、そこに居並ぶUSエ! の頭脳、権力、戦力の中枢を
「世界の食糧危機を乗り越える為に、超高齢化社会だった友好国『N国』に目を付けて五年がたった……」
「耐えましたねぇ~」
オウスキン補佐官が
「『国家DEBU法』の骨子づくり、『人型着ぐるみ』の提供と、あれこれ手を尽くして……やっと彼らを滅ぼしても心が痛まない……『半死』の状態まで追い込んだ……」
かつての友を想ってか、顔を天井に向けると、親指と人差し指で目頭を押さえて涙を止める大統領である。
若干芝居がかっている。
「アホな友(日下部)を日本の総理にした事が、スムーズに作戦が進んだ大きな要因である事は間違いない……」
「それも、大統領の先見の明です」
「そう。全て私のナイスな采配だ」
この大統領も性格に少々難ありと思って差し支えないだろう。
「世界の食糧危機を解決するためには、種を
「そうです! 『夢をかたり菜草』こそ、人類を救くう最後の望み。まさしく『救世種』です!」
すかさず補佐官が合いの手を差し伸べた。
「しかし……オウスキン補佐官。これは……何としたことだ……!」
「どうしました。我らがクサカ・ベン大統領~!」
まさに二人芝居である。
そんな二人を眺めていた、取り巻き連中が一歩後ずさりしたのを――オウスキン補佐官は見逃さなかった。
「この『夢をかたり菜草』を育てるには、特殊な土壌が必要だったんだ~!」
「そうなのですか。でも、大統領ならどんな困難も必ず克服できます~~!」
臭すぎる演技である。
後四十分少々で作戦が決行されるのに――この猿芝居を見続けて間に合うのだろうか? という雰囲気が、司令室に漂い始めた。
「
「まさに夢のような果実です~!」
「……」
数秒の沈黙。
右手を天に差し伸べると、ゆっくり胸の前で十字を切った大統領。
「でも……ただ一つ問題を解決しなければならない~」
「それは……それは何ですか~? 大統領!」
「それはね補佐官~『夢をかたり菜草』を育てるには、その苗床に『人間の養分』が必要だった~~という事だよ」
「そんな……神をも恐れぬ……」
「そう! 私は、悩んだ。生まれて初めて……悩んだ」
両手をテーブルに置き、ゆっくりと首を2回、3回と振って息を吐いた。
段々と芝居が熱くなってきている。
何か言いたそうに前に出ようしている首脳陣に、黙って右手を差し伸ばして止めたのはオウスキン補佐官である。
彼は、芝居の補佐官も兼ねていた。
俳優になりたかった大統領――「大一番の見せ場を……邪魔しないように!」と制したのである。
「私は悪魔の所業を決断した!」
「そんな、まさか……世界の秩序といわれた大統領が~!」
芝居に戻る補佐官の背中を、ため息で送る首脳陣である。
「ほっといても一番早く滅びるN国民を、より速く我々の手で餓死直前まで追い込んで…」
「追い込んで……何をするので……?」
「『バイオ新種! 夢をかたり菜草』の苗床にしようと~~~!」
ミュージカルでも始まりそうな声高――ソプラノボイスになっている。
補佐官も合いの手を入れるタイミングがみつけられない程に白熱してきた。
「私は大統領だ。歴史に名を遺すなら……鬼にでもなる!」
一国のトップは似たような野望を持つのである。
類は友を呼ぶである。
予想以上に長引き芝居に〈もう少しの辛抱です〉と、口パクで首脳達を押さえる補佐官である。
「まもなく、元G7の国々から一斉にミサイルがN国に打ち込まれるだろう!」
「そんな……馬鹿な~!」
打ち合わせしていただろうと、小さくつぶやくSPの声が聞こえた。
「ビル群は
涙声で叫んでいる。
その目に涙は滲んでいない。
何故なら、顔は満面の笑顔なのだから仕方がなかった。
「大統領……そろそろ決行の時間が近づいて……」
補佐官の言葉を無視し、更に声を張り上げる大統領である。
「我がUSエ! 自慢の空軍による『バイオ新種! 夢をかたり菜草』の種まき。種まき……収穫。収穫……USエ! 国民万歳! 歴史は……私が造るのだ~!」
肩で息をしながら、やりきった感が満載の大統領である。
一応に全員スタンディングオベーションで
CIエ長官など二十回以上は観せられた
「それでは、約束の時間になりましたので……スイッチを押します~!」
固唾の瞬間である。
《ポッチッと……な!》
クサカ・ベン大統領は、いとも簡単に、あっさりとボタンを押した――。
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