第12話 と畜場

「落ち着いてください総理……まだ半年は残っています」

「……おまえ!」

 総理の拳に力が入った。


「『まだ半年ある!』と思うか『もう半年しかない』と思うか。心の持ちようで対処方法は見つかります」

 半年を舐めている。


「アホか。『もう半年しかない』と思って直ぐに対処しないか。『まだ半年ある!』なんてノンビリ構えているから解決しないんだ」

 そのとおりである。

 教訓とは、時と場合で逆転の発想をしなくては意味がない。


「しかし、どうしてこんな事になったんだ? 私に分かるように説明してくれ」

 日下部総理がイライラしている。

 小便を我慢しているようだ。


「それが……DEBU省の配給センターに『食糧人間を捕まえてきたから、報酬の人肉ミンチをくれ』と、国民の長蛇の列ができまして……」

 奥歯に物がひっかかったような言い草である。


 食糧難の時代。

 残っている食べ物は、空き地やあぜにひっそりと生えている雑草くらいである。 ただ、雑草は繊維質で凄く固い。

 入れ歯では幾ら噛んでも噛み切れず、奥歯に雑草がひかかったてしまうのだ。

「奥歯に物がひっかかったような言い草」とは、とても正しい表現である。


「国民が『狩り』をして、そんなに捕まえてきているのか?」

「一応……」

「凄いじゃないか。それでこそ、あっぱれ国を憂うN国民。どんどん『と畜』して、約束どおり十%のミンチを渡してやればいいじゃないか」

「一応……渡してはいるようで……」

「それでも九十%の肉は国に残るのだから……なんの問題も無いだろう?」

「それは、そうなんですが……」

 大杉官房長官の背中が丸く小さくなってきた。〈恐縮〉しているポーズをとらせたらN国一の男である。

 背中と腰の曲がりだけで官房長官まで登り詰めたと、言っても過言ではない男である。


「それはそれで……」

「なんだ、その煮え切らない態度は?」

 口の中でモゴモゴと小さくしゃべる官房長官の顎を掴むと、顔の前まで引き寄せた。


「ちゃんと説明しろよ! 私はトイレに行きたいのだ!」

 ますます膀胱が膨らんできた総理である。

 考えたら水しか飲んでいないのに加えて頻尿ひんにょうなのだから仕方がない。

 もはや破裂寸前である――。


「それが、男も女も基準体重を超えているからと……『と畜場』に連行したのですが……」

「……が?」

「そこで二度目の適正検査をすると、体重が半分になっていて『こりゃ規格外だ』って事で、全員釈放されているそうなんです」

 開き直ったのか、小さな声でしか説明できないでいる。


「どうして? 連行途中で体重が半分になるんだ。ミステリーじゃあるまいし!」

「それなんです……実は……」

「はっきり言え~!」

 空腹と、小便の我慢がここまで人間を鬼に変えてしまうのだろうか? と思う程に顔を真っ赤にして机をバンバン叩き始めた総理である。


「防犯カメラで確認して分かったのですが……奴ら……『二人羽織』をしていたんです……」

「ににんばおり? あの寄席や宴会の余興で大爆笑を誘う……あの『二人羽織』か?」


「そうです……袖に手を通さずに羽織を着た人の後ろから、もう一人が羽織の中に入って袖に手を通し、前の人に物を食べさせたりしてトンチンカンな動きをする……あの芸です」

 この手の説明はスラスラ出来るようだ。


「そんなものに……騙されたのか?」

「奴ら、羽織じゃなくて人型の『リアル人型着ぐるみ』の中に二人が重なって入って同じ動きをしていたんです」

「リアルな着ぐるみ? ゆるキャラのようにグダグダじゃなくてか?」

「どうも組織的陰謀じゃないかと……そうでなければ何千体も着ぐるみを用意するなんて……とても……」

「それで、何千人分も気づかずに認可したのか?」

「その着ぐるみは使い捨てじゃ無く、どうも使いまわしをしていたみたいで……認可数は何万人分です……」

「まさか……そんな……」

 信じられないといった顔で、日下部総理は大杉官房長官のアゴを両手で掴んだ。

 そして上腕二頭筋に力をめると、二回、三回、四回と振って頭蓋骨の中の脳ミソが《カラン、コロン》と音がしないかを確かめた。

 これもお約束の古典芸と言えなくもいない。


「私も驚いたんです~!」

「当然だろう……現場の連中は何をしていたんだ!」

「DEBU交換所の職員を、公務員の天下り先にしていたんです」


「また、勝手に天下り先を作ったのかぁぁ~」


「当然、元公務員ですから……全員『上から目線』だったんです」


「それが体質だから仕方ないだろうけど。それで騙されたりするのか?」

「一段高い場所から椅子にふんぞり返って審査していたんです。だから着ぐるみの『頭頂部』しか見えなくて……」

「頭頂部でしか……チェツクしてなかったのか?」


「……気づかなくて当然ですよね……」

 筋金入りの――上から目線の集団が天下ったようだ。


「それならば『と畜』はされていないから……報酬なんか渡せないだろう?」

「そこが『組織には強いが個人には弱い』『国の物は俺の物』という公務員イズムが浸透している奴らなので……」

「まさか……」

「その……まさかです! 『人肉がまだ手に入ってないので、その代わりにこれでも食べといて』と、国が備蓄している食料をドンドン配給しちゃったんです」

 総理執務室内は信じられない程、重い空気に包まれた。

 しかも、今更それを打破する名案や対処法を思い浮かぶはずもない。

 補佐官も番記者も口を閉ざしたままだった。


「限界だぁ……」


 重い膀胱を両手で押さえ、額に脂汗を浮かばせた日下部総理が勢いよく総理執務室を飛び出して行くのを――黙って見送った。


 N国の滅亡は残り半年となった。


 他国の援助も受けられない、食料自給率二%の国の行く末は、容易に予想できた――。

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