喰わせろっ !

山本 ヨウジ

第1話 序章

 二一××年。医学の驚異的な進歩により人類の寿命は飛躍的ひやくてきに延びた。

「不治の病」や「不慮ふりょの事故」、「戦争」や「天災」など、人々が、その惨状に恐れおののき、死を覚悟していた――あのふちから、いとも簡単に生還するようになった。

 死は決して恐怖の対象ではなくなった。

 しかし、そのことは同時に、人類の未来を左右しかねない、ある副産物を生みだす原因ともなった。

 それは『全ての学者が予測したよりはるかに早く』世界人口が百五十億人を超えてしまった事である。

 自分達こそ世界の良識であると陶酔とうすいしていた資本主義の国も、一党独裁を必死で守ってきた国も、人種差別・宗教差別を正義とする国も、世界中の全ての国で人口の爆発的増加に対して、指をくわえて見守るしかなかった。

 当然、死なない老人達がひしめき合う超高齢化社会が誕生した。そして、そのことは深刻な事態を招く序章となった。

 人口過密によるストレスと、食料不足による空腹に加え、ああ言えばこう言う『老人の我がまま』が世界の隅々まで蔓延まんえんし、人々から気力と活力、労働意欲と繁殖力はんしょくりょくを奪い去ったのだ。

 世界中の誰もが、明るい未来を語れなくなった。

 中でも、人口増加において最も深刻な危機に陥ったのは食糧だった。

 百五十億人の生活を支える基盤は、CO2の排出量を驚異的に増やし、地球環境を激変させてしまった。

 穀物は不作が続き、家畜たちの繁殖力は激減し、海水塩分濃度の変化が、海から魚影を消した。

 そんな、未曽有みぞうの危機にもかかわらず、総人口の八割を占める百二十億の老人達は、飽食の時代を生きて来た名残があり、空腹に耐える事が出来なかった。

 海に囲まれた国は、海に生きる残り少ない生命を食い尽くした。

 深海魚も、サメもクジラもイルカも全て食い尽くした。青い海は死んでしまった。

 田畑に囲まれた農業の国は、残り少ない穀物こくもつを食い尽くした。未来をたくす「種苗」ですら食い尽くしてしまった。新緑が目に映える季節は二度と戻って来なかった。

 草原に囲まれた放牧の国は、残り少ない家畜を喰い尽くした。人類の友であり、生活の糧であった隣人と呼べる動物達は姿を消した。

 聞こえてくる鳴き声は――人間のみになった。

 サバンナに囲まれた野生の国は、かつては自分たちのエゴにより絶滅に追い込んだ事を反省し、必死で護ってきた絶滅危惧動物ぜつめつきぐしゅをも喰い尽くした。

 ライオンもゾウもキリンもワニも姿を消した。野生動物のドキュメントを撮る事は不可能になった。

 もはや地球上に生けるものは――人類と昆虫、そして微生物だけとなってしまった。

 世界中に「あきらめ」が蔓延まんえんし始めた。

 人類は、終焉しゅうえんの秒読み段階に入っていた。

 それでも、一部の国は――生き延びようと必死でもがいていた。

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