剣武神の継承者

色路 文雨

第1話 絶対的な不幸

『絶対的な不幸』とは存在するものである。

 まるでそれが運命であるかのように、自分にはどうやっても回避のしようがない不幸。

 ごく普通の一般人、天岸 晴にもそれはやってきた。


 天岸 晴は今年で十五歳の中学三年生である。

 中学三年生と言えば、大抵の人間が経験する人生最初の大きな分岐点がやって来る。

 そう、受験だ。

 受験という言葉に対して学生、もしくは社会人であったって良い思いでは少ないだろう。

 受験には、受験勉強が必要だからだ。

 厳密には受けるだけならば勉強などしなくても良いが、その先にある合格を目指すとなると勉強は避けられない。

 そして、天岸 晴は勉強が嫌いであった。

 ちゃんと勉強はする。授業にも真面目に取り組む。復習もやるし、気が向けばだが予習だってする。

 だが、好きか嫌いかと問われれば間違いなく嫌いを答えるだろう。

 天岸 晴にとって長い長い受験勉強は、大抵の学生がそうであるように、悪夢のようであったのだ。

 それに、もし合格したとして高校に入っても、その二年後にはまたもや受験が控えている。社会人になっても、こういうことは潜んでいるに違いない。

 そうまだ目の前のことが済んでもいないのに、未来のことを考えて憂鬱なため息を漏らした。

 その時である。


 「……うん?」


 天岸 晴は首を傾げて足を止めた。

 彼の通学路には、神社がある。その神社の境内に、異様の一言に尽きる人物が立っていたのだ。

 浅黒く焼けた肌に、銀髪の髪。背はかなり高く、どこか瞳をぎらぎらとさせた男。

 これだけでも日本人ではないとわかる。

 しかし真に異様なのはその服装。

 赤銅色の袈裟を纏った姿は、地獄にいるという鬼を思い起こさせる。

 美しいとも言える男だったが、その前に、あまりにも現実離れした姿ゆえに恐ろしいという印象を強く与える男であった。


 「……あっ」


 見ていたのを気づかれたのだろう。男と晴の目があう。

 にやり、と男が笑った気がした。

 瞬間、男は既に、腕を伸ばせば触れられる距離へと晴の前に迫っていた。


 「なっ……!?」


 速いなど、そういう次元ではない。よもや瞬間移動をしたわけではないだろうが、そう錯覚させるほどに一瞬でここまで男は近づいていた。

 そして距離が縮まったことにより、ますます晴の得たいの知れない緊張感が膨れ上がる。

 観察されている、と晴は感じた。深淵のような男の瞳は、まともに覗き込めば飲み込まれそうなほど。

 逃げなければならないと直感で悟るが、思うように足が動かせない。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだろう。


 「……ふ」

 「……!? か、はっ!」


 男が少しばかり呼吸の音を鳴らした瞬間、晴は膝から崩れ落ちた。

 まるで初めから足に感覚など宿っていないかのように動かせずにいる。

 それだけではない。

 体からは冷や汗が吹き出し、上半身はカタカタと震える。

 目を閉じることができない。意識せず揺れる晴の瞳の先には、変わらず男の姿があった。


 「ハッ……ハッ……」


 荒く息をする。呼吸すら思うように行えない。

 恐怖だ。

 まるで自分の天敵の、それ以上の存在にでも遭遇してしまったかのような……。


 「ワシの威をほんの少し……浴びても気絶せぬとは。見上げた若造だのう」


 男は、若々しい外見と相反して老人のような言葉を使った。

 俯こうとする晴の顔を持ち上げ、晴の瞳を覗かれる。それだけで、晴の心臓は危うく止まりそうになった。

 続いて、男の手が晴の肩、腕、足と触れていく。


 「筋肉は……まぁ、ぎりぎり及第点かのう……。この世界は貧弱も多い」


 そう言うと、男は晴の頭をがしりと掴んだ。

 なにがなんだか状況が理解できない晴をよそに、「これにしよう」と男が言うと、それきり、晴の意識は暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る