少女と死神 ~桃色の蝶々~

これろい糖

出会い

 静かすぎた。

 深夜の病院は静かすぎた。真っ白な空間もこの時間はまるで闇に包まれている。所々光る電灯が、余計に寂しさを引き立てているように感じた。

 廊下の片隅にある蛍光灯が、「ジッ」っと小さく音をたてた。


 僕がこの病院に来たのは、仕事のためだ。仕事と言っても、その仕事は僕の存在価値に近い、重大な仕事だった。

 人を、連れていく仕事。人に死を与える仕事。とどのつまり僕は死神だった。僕はこの病院にいる少女を、一か月後に殺さなければならないのだ。


 病室に入り込む前に一人の看護師とすれ違った。だが彼女は僕の方を見向きもせずに通り過ぎて行った。きっと彼女には僕の姿は見えていなかったのだ。

 僕はドアを開けることをせず、そのまま病室へと入り込んでいった。勿論、ドアが開いていた訳ではなく、自分自身の体がすり抜けただけだった。障害物に当たらないのに、床は歩けるとはよくできた体だ。


 僕は音もたてずにそっと、ベッドに眠る人のもとへ寄った。洒落た網目の、白色のニット帽を被った、13歳そこらの女の子だった。室内も、静かだった。

 僕はその場にあった椅子に腰を下ろすと、カーテンの隙間から降ってくる月光を眺めて目を細めた。本当に、あまりに静かな夜だった。

 そうやって時間を過ごしていくうちに、ベッドの方から布の擦れる音と、小さな声がした。

「だれかいるの?」

 僕は小さな小さなその声にハッとして立ち上がる。彼女はその眼を開いて、真っ直ぐと僕を見ている。稀にいるのだ、迎えに来た死神とやらが見える輩が。彼女はきっとその一人である。

「起こしてしまったかな?」

 僕は、そう言った。まるで映画でヒロインを助けた好青年のように。

 彼女は落ち着いている様子だった。

 しかし、彼女は何かに気が付いたようで、僕の姿をまじまじと見つめ、目を細めた後に口を開けた。

「私を迎えに来てくれたの?」

 僕は一瞬、ぎくりとした。今、自分は、見た目を一般成人男性に変えており、別に一目で正体がばれる様な恰好をしている訳でもない。当然だが、自ら名乗った訳でも無い。

 それよりも、このような少女が、「そう」だと悟っていながら、あたかも当然のように、冷静に、焦ることなくその言葉を口にしたことに、驚きを感じた。

「どうしてそう思う?」

 僕は、未だ正義のヒーローぶったような笑顔でそう訊いた。

「なんだかよくわからないけど、きっとそうだと思った。ずっと待ってたんだよ。」

「待っていた?僕をかい?」

「そう。」

 おかしなことを言いやがる娘だった。仲間から聞いた話では何人かこういう奴はいるもんだと知っていたが、いざ自分があたると変な気分になる。いままで僕から死を聞いた者は、やけに落ち込んだり泣きわめいたり、恐怖にとらわれたりするものばかりだったからだ。

「私はいつ連れて行ってもらえるの?」

 一人で思考を巡らせ突っ立っていた僕に、少女はそう問いかけた。僕は戸惑う心を他所にやり、答える。

「一か月、一か月後だ。」

「あと一か月待てばいいの?」

「そうだよ、僕と一緒にあと一か月待てば、僕が連れて行ってあげよう。」

 僕がそこまで言ったとき、その少女は少しだけ嬉しそうに口角をあげた。

「一緒にいてくれるの?」

 先程よりワントーン高めの、明るい声だった。声量は小さいが、喜びの感情がにじみ出ていた。

 殺しに来ているというのにこの様だと、なんだか調子が狂う。

「そういう決まりだからね。」

 僕がちょっとだけ目じりを下げてそう言うと、彼女は小さく頷いて言った。


「じゃあ、一か月、一緒にいてね。絶対だよ。」

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