夜の勇者は2度戦う

和柄結衣

プロローグ

 誰もが世界を救う「勇者」に憧れを抱いている。

 異世界を救う旅であり、いずれ出会うであろう運命を分かち合う仲間との出会いに胸を弾ませる。


 そう。

 誰もが勇者になれて、世界を救う救世主として生きることが出来る世界――。


「うわ~すごい人!何かセールでもやっとるんかね~。」

「ん?今日ってアレだろ。例の発売日。」


 そう。

 国民的ゲームのナンバリング作品が、約20年ぶりに発売される当日のこと。

 家電量販店やPC専門店に出来ている待機列を横目に眺めながら、車に乗っている男女が2人通り過ぎて行く。


「暑いなか待つのも大変だよね~。」

「だな。言うても通販は当日に届くかわかんないし。だったら並ぶか~って感じと思うが。」

「そっかあ~。だったら並んででも買っちゃうかも。」

「だろ?ってお前も通販組だろ!」

「えへへ。だって今日、こうして会ってるわけだし?当日遊べなくても大丈夫かなあと思って。……まあ、今から帰るわけだけど。」


 若干女性の表情が曇る。

 男性は停車中に女性の手を握ると、女性から優しく握り返される。

 そこに特段言葉はなく、ただ目線のみで意思の疎通を繰り広げるような。ごくありふれた成人男女の姿がある。


「ここで大丈夫。送ってくれてありがと。」

 駐車場に車を止め、駅の改札口まで歩く。改札前で女性は足を止め、男性に言った。


「ん?ホームまで送るよ。」

「会社用にお土産買って帰りたくて。それに久しぶりに来たから、ゆっくり駅中も見たいんよ。」

「だったら一緒に行くけど。」

「ん~。」


 女性が言葉を選ぶように考えていると、男性は気がついたように言葉を紡ぐ。


「ゲームより今が大事。」

「あははっ。気付いてた?」

「まあな。確かに楽しみだけど、リアルの方がよっぽど大切。」

「うん。ありがと。」

 女性は少し照れたように言葉を声に出し、

「でも、今日は本当にここで大丈夫だから。」

 と小さく笑った。

 男性も女性の意思を尊重するように「わかった」と小さく頷く。


 1日に何組・何十組・はたまた何百組の人間が、このように見送り見送られる関係を駅構内で繰り広げているのだろうか。


 男性と女性も、改札口前ですっとお互いを見送る。

 女性が手を振り、男性も恥ずかしそうに手を振り返す。


 彼女の姿が見えなくなると、男性は静かに駐車場方面へと歩き出した。

 その足取りはとても軽い。


「さ、帰ってゲームするか。」


 この物語は、現実を生きる全ての勇者に捧げる物語である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜の勇者は2度戦う 和柄結衣 @yui_wagara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ