第331話 僕たちの出番は終わった!

「儂らに働かせて、自分は休むとは、良い身分じゃのう……?」


 折れた樹の向こう側から、まるで鬼のような気迫を纏った声が、僕の耳を貫いた。

 振り向くのが怖いんだけど、これ絶対に般若とか背負ってたりするよね……?


「え、えーっと……サボってた訳じゃない、よ?」

「ほう……?」

「ほら、僕の本職は調薬だから。そのために素材の検品を」


 しどろもどろに弁明を口にすれば、鬼……もといリュンさんは、手に持っていた斧を切り株に叩き込んだ。

 ひぃっ!


「……今回だけじゃ」

「え?」

「今回だけは咎めん。じゃが、次同じことをしおったら、この樹みたいになるからの?」

「……ハイ」


 圧を感じさせるような声色で放たれた言葉に、僕はただただ頷くことしか出来ない。

 僕は今、生殺与奪の権を握られている!!

 ……おかしいなぁ……ギルドの中では僕の方が(立場上は)上のはずなんだけど……。


「して、何か良いものがあったのか?」

「んー……まあ、それなりに? 中級ポーションの材料っぽいのは見つけたけど」

「中級? ああ、あの妙に辛いやつか。ありゃあ、飲めたものではないのう」


 言ってリュンさんは心底嫌そうに顔をしかめる。

 辛いとは思ったけど、慣れたら好きに感じる人もいそうな味だったし、僕としてはそこまで嫌って感じじゃ無いなぁ。

 むしろ、最下級の苦みの方がダメかも。


「あ、もしかしてリュンさんって辛いの苦手とか?」

「あまり好かんのは事実じゃが、喰えんことはないのう。……まぁ、この身じゃと前よりは喰えんのも事実じゃが」

「この身? それってどういう……」


 どういうこと? と、普段なら気にせず発せられる言葉を、僕はこのとき……言葉にすることが出来なかった。

 なぜなら、あのリュンさんが、遠くを見るような目で空を見上げていたから。

 だからなんとなく……踏み込みにくく感じてしまったのだ。


「さて、儂はそろそろ落ちるぞ。飯の前には、軽く体を動かしておきたいのでな」

「あ、うん。分かった。後のことはこっちでどうにかしとくよ」

「ではの」


 切り株から斧を軽く引き抜き、リュンさんはログアウトしていく。

 そんな彼女を見送りつつ、僕はとりあえず木山さんへと念話を飛ばすことにした。

 ……だってさすがに、全部を持っては動けないし。


□□□


「「「お疲れさまです!」」」


 連絡がついてから十数分ほど経って、木山さんがたくさんの人達と一緒に伐採所にやってきた。

 運ぶのに人手がいるってことで連れてきてくれたみたいだけど……圧がすごい……。

 なんか超体育会系って感じ。


「こりゃ大量だな! よっしゃ野郎ども、一気に運んじまうぞ!」

「「「おう!」」」

「……圧がすごい」


 圧に押しやられつつも作業を見ていれば、木山さん達はどんどん作業を進めていき……気づいたときには、すべての材料が荷車のようなものに乗せられていた。

 インベントリに入れて運ぶのかと思ってたけど、どうやら荷車で運んでしまうみたいだ。


「でもなんで荷車?」

「あー、インベントリに入れて運んでも良いんだけどよ、取り出すときにミスって折ったり、他のもんにぶつけたりする事が多くてな。大きいもんは、出して運ぶことにしてんだ!」

「へー、なるほど」


 そう言われるとそうかもしれない。

 僕が使う小さい材料なら、手のひらとか手の上に出るようにすればなんとでもなるけど、大きいものだと、出す場所とか周りとか……考えないといけないことが多くなりそうだよね。

 まぁ、この世界にはトラックなんかが無いから、運ぼうと思ったら全部人力になるのがアレだけど。


「よーし、こんだけあるなら充分過ぎるな! アキさん! 後のことは俺達とジャッカルに任せてくだせぇ!」

「うん、お願いします」

「おう! 期待しててくれい!」


 ニカッと笑顔を見せて、木山さん達はえっさほいさと伐採所から飛び出していった。

 数人しかいない男手で、50本近くある丸太を全部運んでいくのは……常識が壊れそうな感じ。

 まぁ、木山さんの言うとおり、後は任せておこうかな!

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