第309話 過去の話と、君としたい未来の話

「それじゃ、アキさんの話をしてもらおうか?」

「その件に関しては、まだ憶測の領域を出ないんだが……それでもいいか?」

「ああ、構わない」


 ウォンの言葉に、アルはしっかりと頷いて、ベッドに眠る少女へと視線を落とす。


(この少女がどうして眠ったままなのかはわからない。だが、アキさんが何かの関与をしているのなら……俺は支えるにしても、止めるにしても、まずは知ることが大事なんだろう)


 少女から顔をあげたアルの表情が、先程までの“どこか他人ひと事”という顔から、覚悟を決めた男のような顔をしていて、トーマは人知れず戦慄する。

 そんなトーマの思いにはまるで気づかず、ウォンは「じゃ、まずはスキルの話からするぞ」と口火を切った。


「アルはアキのスキル構成を知ってるか?」

「ああ、といっても変わっている可能性もあるだろう。イチから教えてくれるとありがたい」

「りょーかい。そんじゃ、最初からいくぞ」


 アルが頷いたのを確認してから、ウォンはひとつずつスキルの説明を入れていく。

 最初は特に表情も変えずに聞いていたアルだったが、<予見>や<喚起>の話となると、途端に表情が悪くなり、最終的には眉間よった皺を指で撫でながら、大きくため息を吐いていた。


「アキさんのプレイスタイルは、少し他と違うとは思っていたが……」

「ま、少しどころやないってことやなぁ」

「なんでお前はそんなに嬉しそうなんだよ……」


 ニヤニヤと笑いながら言うトーマに、ウォンは“うわぁ”と言わんばかりにヒきつつ、「ま、まぁここまでは序の口だ」と曖昧に笑う。

 その言葉にアルは「そ、そうか……」と、より顔色を悪くしていった。


「問題になってくるのは、アキが<喚起>を通して、精霊の過去を聞いたことだろう」

「……どういうことだ?」

「俺も詳しくは知らないんだが……シルフとの会話ログに、博士の名前があったらしい」

「あと、シルフの本名を知ってたりな」

「なるほど……それは確かに問題になりそうだ」


 詳しい話を聞いて、アルは神妙に頷くと、「<喚起>が関与しているという証拠はあったのか?」と疑問点を口にする。

 アルの言葉に頷いて、「データ変化の計測ってやつだ」とウォンは言い切った。


「<喚起>の発動は少なくとも2回以上起きている。ただ、ひとりのデータといえど、データ量は膨大だからな……確実に発動したと言えるのは、2回しか分かってないんだが」

「片方は土の神殿の時や」

「土の……まさか、あの大魔法の時か!?」

「そのまさかやで。あとは、世界樹やな」


 どちらもアル、そしてトーマの2人はその現場に居合わせていた。

 そのため、アキの変化の原因が<喚起>ということには……なんとなく想像がつくのだった。


「まぁ、世界樹での発動は、精霊と関係が無さそうではあるんだがな」

「ふむ。となるとアキさんが過去を覗いたのは、土の神殿で、か」

「あんときは、風魔法の代わりにシルフの力を利用してたわけやし、そんときって考えるのが妥当やろな」

「アキさんが気絶していたのは……」

「反動やろなぁ……。どういう仕組みかはわからんが、人の記憶が脳に流れ込んでくりゃ、脳への負担は半端ないやろうし」


 トーマの言葉に、アルは「なるほどな……」と、眉間に皺を寄せて頷く。

 そんなアルが、「それで、」と話を進めようとした時……アルは気付かぬ内に起きていた異変に気付くのだった。


◇◇◇


「アキ?」


 屋上へと出てきた僕らは、下から鳴ってくる片付けの音や、文化祭終了を告知する放送を聞きながら、屋上の端……屋上を取り囲むフェンスの前で静かに時が過ぎていくのを見ていた。

 しかし、実奈さんからすれば、突然連れてこられた訳で……僕がどうして連れてきたのかが、やっぱり気になるみたいだった。


「実奈さんにちゃんと返事をしてなかったから」

「返事……」

「うん。ここで、いや正確には教室が最初なんだけど、僕に対して、実奈さんが好きって言ってくれたよね。でも、返事はしてなかったから」

「……焦らなくても、」

「焦ってはないよ。それに、たぶん最初から決まってたんじゃないかなって、今なら思うから」


 そう言って僕は、彼女の方へと全身を向ける。

 そんな僕に緊張が増したのか、彼女の身体が少し震えたように見え、少し笑ってしまった。


 “最初から決まっていた”……本当に、今ならそう思う。

 実奈さんが僕に好きと言ってくれたこと、それがゲームの中じゃなく、現実世界で僕自身に向けて。

 ゲームの中と外で、外見はあまり変わらないのはあると思うけれど、ゲームの中の僕は、現実の僕に比べて背も低いし、声も高いし、髪も長い。

 色も白いし……とにかく全体的に女の子だ。

 それに、僕自身も少し感じてはいたけれど……性格的なものも、きっと女の子の身体に入ると、自然に女の子に見えるような性格なんだろうって思う。


 周りに流されるし、頼りがいもないし、守られてばかりだし、すぐ慌てるし。

 でも、そんな僕に彼女は“いつも助けてくれる”と、どこをどう見てそう思ったのかわからないけれど、そう感じてくれていた。

 僕の見えている世界と、彼女の見えている世界は違うもので……それはもちろん、トーマ君の見えている世界も、アルさんの見えている世界も違うもので。

 もっといえば、シルフの見えている世界も、僕とは全然違う世界で、そんなひとりひとり違う世界を見ているのに、僕らは互いに惹かれ合った。

 そんな偶然があったからこそ、積み重ねてきたからこそ……僕は彼女の隣りにいたいと、そう思ったんだ。


「実奈さん、僕は君のことが、」


 意を決して口を開いた僕の声を遮るように、実奈さんのスマホから音が鳴り始める。

 ものすごく軽快な音を立てて鳴るスマホに、僕らの雰囲気は見事に弛緩してしまい……僕はがっくりと肩を落として、実奈さんに電話に出るよう、その場を譲った。


「……そう。わかった」

「ん? 終わった?」

「ん、お父さんから」

「そっか」

「大変なことになったから、アキを連れてきてって」


 表情ひとつ変えることなく、いつもと同じテンションで、彼女はそんなことを僕に伝えてくる。

 だから僕も最初は「そっか」と、軽く流し……その後「大変なこと!?」と、驚いてしまった。


「いや、実奈さん。大変なことって、何が!?」

「わからない。でもアキは連れてきてって」

「ええー……? なんだろう……」

「行けばわかる」


 あまりにもあまりにもな言葉に、僕は「それはそうなんだけど」と苦笑してしまう。

 しかし、僕を呼ぶような内容で、大変なこと……?

 なんだろう、ゲームのアバターに異変が出たとかなのかな?


「アキ、続き」

「ん?」

「さっきの続きは?」

「あー……。さすがに雰囲気が完全にぶち壊しだし、また今度かな」

「むぅ」


 言葉でだけむくれた実奈さんに笑いつつ、「今度ちゃんと言うから」と、僕は言い切る。

 そんな僕に実奈さんは「ん」と小さく頷いて、僕の手を取るのだった。

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