第310話 イルビンのトサカヘッドは、たぶんイイ人
「こんばんは、お邪魔します」
「ん。居間にいて」
「わかった」
文化祭の片付けも終わり、僕は実奈さんと一緒に彼女の家でもある、お義父さん(仮)の研究所へと来ていた。
なにせ、実奈さん曰く“大変なことが起きた”ということなので。
まぁ、僕にとっては……その電話に雰囲気を壊された事が、一番“大変なこと”でもあったんだけどね……。
あんな雰囲気、次いつ作れるんだろうか……。
「やあ、秋良君。今日はわざわざ来てもらってありがとう。急な呼び出しで、すまなかったね」
「大丈夫です。今日は帰ったところで、疲れもあるので、ギルドの設立は難しそうですし」
「そうだね。ギルドの設立は、5人揃って行う方が良いだろうね。名前も決めないといけないし、ギルドホームの場所なんかも必要になってくるからね」
そう言って僕の前へと湯気の立つカップを置いて、お義父さん(仮)は僕の対面に座った。
その仕草はひどく緩慢としていて、ボサボサな頭やクマの見える目もあってか、ともすれば起きたばかりのよう。
それでも、その瞳の奥から飛んでくる視線は、しっかりとしたものを感じ……僕は知らず知らずのうちに居住まいを正していた。
「それで、今日君を呼んだ理由なんだけれど……いやあ、申し訳ない。これがすでに解決してしまっていてね」
「解決、ですか?」
「うん、そうなんだよね。まぁ、だからって“はい、さようなら”で終わるのも悪いだろうし、一応説明はしておくね」
お義父さん(仮)は、困ったように頭を掻きつつ、コーヒーを口へと運ぶ。
その仕草に合わせて、僕もまた目の前に置かれたカップへと手を伸ばし、温かいコーヒーを喉へ流した。
――うん、美味しい。
実奈さんが淹れてくれた前回は、紅茶だったことを考えると……実奈さんは紅茶派で、お義父さん(仮)はコーヒー派なんだろうか?
僕としてはどちらも飲めるし問題ないんだけども。
「今日、秋良君を呼んだのは、精霊の動向にちょっと不思議なことが起きたからなんだ。以前も話したとおり、精霊は普通のNPCとは違うシステムになっているから、僕たちの方でもしっかりとその動きは確認を取っているんだ。なにせ、精霊ひとりひとりの動きで、あの世界の状況が大きく変わってしまうからね」
「はい。ドライアドの異変で、その辺りは」
「世界樹が魔物になってしまった件は、こちらとしても本当に驚いたよ。予想していなかったかどうかと言われると、“無い可能性ではない”程度だったからね」
「そういえば、あの世界樹の件って、暴走していなければどうなる予定だったんですか?」
ふと思った疑問に、お義父さん(仮)は少し虚空を見上げつつ「言っても詮のない話だね」と、小さく呟く。
それに首を傾げた僕を見て少し笑い、「あの島が聖域になっていた、かな?」とおどけるのだった。
「まあ、過ぎた話は置いといて。精霊の動向が少しおかしかったから、君を呼んだというだけなんだよ」
「はあ……」
「今は普段通りに戻っているし、世界にも特に影響は出ていない。だから、あまり気にしなくて良いかな。私としても、彼女達が平穏でいられる現状はとても嬉しいことだからね」
ぐいっとコーヒーを飲み込んで、「それよりも」とお義父さん(仮)はずいっと身を乗り出してくる。
その勢いがなかなかに良くて、僕の頭からはスポーンッと精霊の話が飛んでいってしまった。
いや、別に良いんだけども。
「文化祭の方はどうだったんだい? 私も見に行こうと思ったんだけども、生憎と時間が取れなくてね。なんでも、秋良君のクラスは喫茶店をやったんだろう? うちの子はどうだった?」
「えっと、なかなか盛況でしたよ。お客さんもなかなか来ましたし。そうそう、凜さん達も来ました」
「ああ、聞いてるよ。王里と翼達が合流できていたらしいし、安心したよ」
「……あの、凜さんってそんなにアレなんですか?」
「……ああ」
ふっと僕から顔を逸らしたお義父さん(仮)の目は、どこか遠くを見ているような、不思議な色をたたえていた。
そんな姿に、“これ以上はあまり聞かない方が良いんだろう”と僕は苦笑し、「実奈さん達も可愛かったです」と、話を逸らした。
「おお、そうなんだね? それだと、余計見に行けなかったのが残念だね。ほら、秋良君、写真とか撮ってないのかい?」
「写真……! そういえば、色々あって全然撮ってないですね。すみません……」
「いや、いいんだ。でも、そうか……」
ものすごく残念そうに笑ったお義父さん(仮)に、僕がなんと励まそうか悩んでいると、バァンと音がしてふたつの影が部屋へと飛び込んできた。
いや、飛び込んできたのはひとつで……もうひとつの影は、のんびり後ろからついてきただけだけども。
「写真なら、私にお任せー! ふっふっふ、あの手この手の隠し撮りが火を噴いちゃうよ!」
「アキ、お待たせ。準備に少し時間がかかった」
「それは良いんだけど……花奈さんの発言にかなり不穏な言葉が含まれてなかった? 隠し撮りって何? 聞いて無いんだけど?」
「アキちゃん、話してたら隠し撮りにならないじゃん! 秘密にして撮るのが隠し撮りだよ!」
言いながらお義父さん(仮)の隣りに座った花奈さんは、「お父さん、文化祭の写真だよー!」とカメラを手渡した。
どんな写真を撮られてるのか気が気じゃない僕の肩を叩いて、「危ないのは抜いた」と実奈さんが僕の隣りに座る。
そして、「アキにはこれ」と印刷された写真を渡してくるのだった。
◇◇◇
「んん~! やっぱり空気が美味しいなぁ……」
(アキ様の住んでいるところでは、空気が美味しくないのですか?)
「ん-、なんていうかな……。こんなに開放的って感じじゃないかも。言うほど都会な街じゃないけど、車も走ってるし、ビルだって増えてきてるしね」
(よく分からないですけど、開放的ではないってことでしょうか……)
ふわふわと浮いたまま首を傾げたシルフに笑いつつ、僕は今日何度目になるか分からない深呼吸をして、自然味たっぷりな空気を堪能した。
研究所兼槍剣家へとお邪魔してから数時間後、僕は久々のログインをしていた。
一応、今日はギルドシステムのサービス開始日ではあるんだけど、実奈さん……もとい、ラミナさん達は疲れてるらしく今日はログインしないって言ってたし、フレンドリストを見る限り凜さん達もログインはしていない。
つまり、ギルドを設立するのは明日になるってことだ。
「それで、今日はどんな感じなの? ギルドの設立ができるようになったわけだし、人がいっぱい来たりした?」
(そうですね。街に新しくできていた建物に、たくさんの冒険者様が向かわれていました)
「なるほど……じゃあ、結構ギルドが立ち上がったんだね。設立にアイテムが要るってことだったから、そんなに立たないと思ってたけど」
(はい。そのアイテムのやり取りも頻繁に行われているようでした)
のんびり街を歩きながら、シルフとの会話を楽しんでいく。
そんな僕が向かっているのは、ギルド設立のための場所ではなくて……おばちゃんから渡された手紙の相手。
そう、イルビンの大工、ジャッカルさんのお家だった。
「まぁ、場所はシルフが調べててくれたんだけども」
(はい! お任せください!)
「ありがと。僕が探せれば良かったんだけどね……」
(アキ様は忙しかった様ですから……。お役に立てることがあれば、私にお任せください)
“ふふん!”とちょっと得意げな声を出すシルフに、僕は“ありがとう”と軽く頭を下げる。
そんな風に、ふよふよと浮いているシルフの後を追うこと十数分、僕はあるお宅の前へと辿り着いていた。
「ここ?」
(はい!)
「それじゃ、ノックしてみよっか」
木で出来たドアに設置されていた輪っかを軽く何度かドアへと叩きつける。
簡易的なドアノッカーだけど、これの高いヤツになると獅子が咥えてたりするんだよね。
映画とかで見たことがあるよ。
そんなことを僕が思っていると、中から「はいはい?」と女性が顔を出した。
「おや、お客さん? どうしました?」
「あ、すいません。僕はアキと言います。大工のジャッカルさんのお宅で良かったでしょうか?」
「ええ、うちの旦那がジャッカルですけど、お仕事の依頼ですか?」
「そうですね。ひとまず今日の所はご挨拶程度なんですが……」
僕の話を聞いて、女性は「ジャッカルを呼んできますので、少々お待ちください」と扉を閉める。
それから数分も経たないうちに、ドスドスと重たげな音が鳴り始め……扉が開いた。
「おう、待たせたな。オレがジャッカルだ」
もたれるように扉から姿を表したのは、一昔前のロックミュージシャンのように、頭にトサカを生やした厳つい男性だった。
しかもそのトサカの色が真っ赤……まるでニワトリだ。
「なんでも、仕事の依頼……の前の挨拶だって? よくオレみたいなのに頼む気になったな」
「その、紹介を受けたもので。アルジェリアさんってご存じですか? 雑貨屋の女性なんですけど……」
「姐さん!? アンタ、姐さんの知り合いか!?」
「え、ええ……」
少しダルそうに扉へと身体を預けていたジャッカルさんが、アルジェリアさんの名前を出した瞬間、ビシッと姿勢を正す。
その変わり様は、以前どこかで……ああ、訓練所のおじさんだ。
おじさんもおばちゃんの話をしたら、急に協力的になったんだよね。
(やはり、おば様はすごい人なのではないでしょうか?)
(うん。僕もそう思う)
シルフも同じことを思い出したのか、苦笑ぎみな顔を晒す。
そんな僕らの前で、ジャッカルさんは「姐さんの、姐さんの紹介……!」とやる気を滾らせていた。
なので僕はインベントリから手紙を取り出して、「これ、紹介状です」とジャッカルさんに追い打ちをかけることにした。
だって、今がその時かなって思ったし……。
「拝見させて頂きやす!」
「あ、はい」
「……この字、確かに姐さんだ。中身は、」
ジャッカルさんは真剣な表情で手紙を読んでいく。
まさに一言一句逃さないという気合いが感じられ、僕は改めて“おばちゃんって凄いんだな”と感じるのだった。
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