第287話 確かにこの人は父親で違いない
電車が揺れる。
それに合わせて、僕の身体も上下左右と揺れ動いた。
「まさかの電車通学とは」
「近い高校はちょっとねー。評判が良くなかったみたいでさー!」
「そう」
「なるほど。それで」
評判が良くない学校に、1人じゃないにせよ女の子を入れたくないって気持ちは、子供がいない僕でも容易に想像できる。
まぁ、その結果電車通学になっちゃうのはなんとも上手いこといかないものだ。
でも電車か……。
最後に乗ったのっていつだったっけ。
歩きとか自転車を使って行ける距離でモノが揃っちゃうから、ほとんど乗ってない気がする。
もっと都会の方の人だといっぱい使うんだろうけどね。
「アキ、次」
流れていく景色を見ながらボーッとしていた僕の耳に、実奈さんの声が届く。
景色を見てたからか、そんなに乗ってない気がしてたけど、ホームに降りて時計を見てみれば、結構な時間が経過していた。
というか、この距離は……遠いよ?
「つつじ丘方面って来たことないかも」
「住宅街だし、知り合いがいないとかなら来ないよね! 大丈夫!」
「ん、大丈夫」
「……なにが?」
大丈夫! って太鼓判押され過ぎてて、逆に不安になるんだけど。
何か変なモノでもいたりするの?
僕の疑問を完全にスルーして、2人は前に進んでいく。
まぁ、付いていかなきゃここまで来た意味がないし……。
そんな感じの溜息を吐きつつ、僕も遅れまいと足を進めた。
「……にしても遠くない?」
「もうすぐ」
「もうすぐって言っても、学校出てから既に1時間以上経ってるんだけど」
「まぁまぁ、アキちゃん! 慌てない慌てない。急がば回れ、だよ!」
「回ったら余計時間かかるよね!?」
「姉さん……」
残念なものを見たような声を実奈さんが零す。
なんというか、花奈さんはやっぱり花奈さん……というよりもハスタさんなんだなぁって感じ。
そんなこんなで、足取り重く住宅街を抜けていくこと、さらに15分ほど。
ようやっと僕らは目的地に辿り着いた。
「って、ここ家? どっちかっていうと、会社とかそんな感じのビルなんだけど」
住宅街の終わり際の辺りだろうか?
周囲にあった家の群れも消えて、閑散としはじめた所にぽつんとビルが建っていた。
白というよりも灰色の色合いで、なんというか……ビルだ。
「さすがアキちゃん! モノを
「どういうこと?」
「ここ、お父さんの会社と家」
「だから、会社でもあるし、家でもあるのだー!」
「なるほど」
2人のお父さんは脳科学者っぽい感じの仕事って言ってたし、研究所とかが併設してるのかもしれない。
実際、研究とかは設備さえ揃ってれば、家でも出来るだろうしね。
「というわけで、アキちゃんこっちこっち」
「ああ、うん」
花奈さんに促されるままに、ビルの入口とは違う方向に向かっていく。
そうして側面に回ると……そこには別の扉が備え付けられていた!
「こっちが我が家の入口だよ!」
「さっきのは会社の入口ってことかな?」
「そう」
手に持っていた鞄から鍵を取り出して、カチャカチャとロックを解除しつつ、実奈さんが小さく頷く。
そして扉を開け、僕へと振り返りつつ「入って」と呟いた。
◇
「待ってて」
「あ、うん」
帰宅するなり、「ただいまー!」と駆けていった花奈さんとは違って、実奈さんは僕をリビングへ案内してくれた。
きっとお父さんを呼ぶついでに自室で着替えて来るんじゃないかな?
――しかし、こういう時って……どうしてればいいのか困る。
人の家の中をジロジロ見るのもどうかと思うし、かといって目を閉じてるのも変だよね?
ぐ、ぐぬぬ……。
「おまたせ」
「あ、実奈さ……」
横から掛けられた声に顔を向ければ、そこには予想通りの彼女の姿があった。
しかし、その姿は先ほどまでとはまるで異なり、薄い青のワンピースと白のカーディガンという……涼しげで、どこか儚い感じのする装いに変わっていた。
というか、その……可愛いです、うん。
「なに?」
「あ、いや……す、涼しそうだなーと」
「暑いから」
「まぁ、暦では秋だけど、まだまだ夏って感じの気温だしね」
「ん」
小さく頷いた彼女が僕の隣りの椅子へと腰を下ろすと、それに合わせたかのように、リビングの扉が開き、誰かが入ってきた。
「いやはや、お待たせしたね」
そう言って僕の対面に腰を下ろしたのは、くたびれた白衣を着た優しそうなおじさんだった。
ひげは剃られてるものの、髪があちこちハネてるところを見るに……とりあえず急いで準備した、という所だろうか?
「いえ、こちらこそ急にお邪魔して申し訳ないです。えっと――」
「ああ、宮古秋良君だよね? えっと、ゲームの方では確か……アキさんだったかな?」
「え、ええ、そうですけど……よくご存じですね」
「少しね。ああ、それで私が実奈や花奈の父、
……は?
「……は?」
「おっと、そんな“思考を停止した“みたいな声で返さないで欲しいね。私は至って真面目だよ!」
「……それは余計にタチが悪い気がするんですが」
「ふむ。君はアレかね? やはり父親は“貴様に娘はやらん!”と、拳を突き立てるものだと?」
「いやいやいや、そもそもなんでそんな話になるんですか!?」
「なんでと言われると……実奈が今日、急に“お父さんに紹介したい人がいます”と連絡してきたからだけれど」
元弥さん……もとい、お義父さん(仮)の言葉に、僕は思わず隣りへと顔を向ける。
しかしそんな僕に対し、当の本人はなにがダメなのか分からないといった風に首を傾げただけだった。
「ま、まあそれは置いておきましょう」
「娘との恋路の話を“ちょっと置いておいて”はなかなか難しいと思うのだけれど」
「蒸し返さないでください。それでですね、今日お伺いしたのはお義父さん(仮)にお聞きしたいことがあったからなんですが――単刀直入に聞きます。楓という女の子をご存じですか?」
呼吸を整えて、視線を以て真っ直ぐに両目を貫く。
そんな僕に、彼は「ふむ」と小さく呟いてから……「知らないね」と目を伏せた。
――嘘をついている……気がする。
確信はないけど、問いかけたときに瞳が揺れたように見えた。
瞼を閉じたのはそれを隠すための動作、かな?
「……ふむ。納得していないみたいだね」
「ええ。それは、まぁ」
「時が来れば、いずれは。今は君が君らしくあることが、何よりも重要なんだよ」
時が来れば……?
それってつまり、“知っているけれど、今は言えない”ってこと?
女の子の事を知っているかどうかっていうのが、なんで今は言えないことになるんだろう?
それに、僕が僕らしくあることが大事っていうのも、ちょっとよくわからない。
僕はいつだって僕だと思うんだけど?
「ひとまずその話は置いておこう。それよりも話しておきたいことは別にあるからね」
「お義父さん(仮)が僕にですか?」
「ああ、そうだ。君が僕の元に来ることは予想していたからね」
「予想していた……? それってどういうことですか?」
僕がココに来ることになったのは、放課後……もっと正確に言えば、お昼休みの実奈さんとの会話が原因だ。
それまでは、そもそも2人と関係を持たないように努めてたくらいだしね。
だから、僕がココに来ることを予想していたというのは、少しどころかだいぶおかしい。
そんなの予想出来るはずがないんだから。
「ああ、そんなに考え込まなくてもいいからね。順を追って話そうか」
お義父さん(仮)はそう言ってから、まず“なぜ彼がゲームの中の僕のことを知っているのか”から話し始めてくれた。
どうやら彼は……VRゲームにおける、脳や精神の変化も研究の対象としているらしく、<Life Game>の運営と彼の会社が協力関係になっているらしい。
いわゆる、スポンサーというものに近いのかも知れない。
お金の他にも、NPCのAIをより人間に近づけるための技術とか……なんとか、かんとか……色々支援をしてるみたい。
そして、その見返りとしてプレイヤーのデータ(住所とかそういったのではなくて、脳波だったり、血圧とかもろもろのデータ)を研究材料として提供して貰っているらしい。
そんなこと知らなかっただけに僕自身驚いたんだけど、“プレイヤーの脳波等のデータは、危険防止やアップデート、メンテナンスのために利用させていただきます”と最初の利用規約に載ってるとか言われてしまった。
まぁ、一応メンテナンスとかには使われてるみたいだし、良いんだけどさ……。
「とまぁ、そんなわけで……アキさんのことも知っている訳です」
「なるほど。でも、ゲームの参加人数って結構いるのに、なんで僕を」
「精霊、ですよ。アキさんの場合はシルフですね」
「シルフ? シルフがどうかしたんですか?」
「いえいえ、シルフがどうかしたというよりも、精霊が特殊なんですよ。元々精霊には通常のNPCとは違い、少し特殊なAIを組んでありますので、精霊達と縁を結ぶ人物はこちらでも特別注意して確認している方になるんですよ」
な、なるほど……。
そうなると、スミスさんも注目されているってことなんだろう。
「そのうえ、アキさんはアバターに異変が起きており、現実とゲームの中では性別が異なりますから」
「そういった意味でも特殊ってことですか」
「まぁ、言い方は悪くなるけど、非常に良いサンプルになっていてね。私としては、現状のまま、君が思うままにゲームを楽しんでくれることがなによりの願いかな」
ゲームを楽しむ事に関しては全然問題ないんだけど、サンプルになってることをバラす必要は無いんじゃないだろうか?
聞いて、そんなに気持ちの良いことでもないわけだし……。
「と、言うわけで、こちらからお礼をひとつお渡ししようと思っていまして」
「ん? お礼、ですか?」
「ええ。厳密にはお礼と少し違いますが……まぁ、特別という意味では変わらないかと思いますので」
彼はそう言って、懐から一枚の封筒を僕に差し出してくる。
サイズ的には大きくない――いわゆる、四つ折り封筒サイズというやつだ。
「先日、ゲーム運営よりアキさん宛にメールが届いていたかと思います。そちらのメールを開くためのパスワードが記載してありますので、ぜひお使いください」
「あのメールのパスワード……。そもそも、あのメールってなんなんですか?」
「あのメールは、我々からのお礼とイベントMVPのお祝いを合わせたものです。ゲーム運営とはまた別のお祝い報酬という形だと思っていただければ」
「な、なるほど……」
イベントでのMVPがこんな所にまで影響を及ぼすとは……。
次のイベントこそは目立たないでいよう。
「それで中身は……?」
「見てのお楽しみということで」
僕の問いかけに、意味ありげな笑いを見せつつ、彼はそう答えた。
見てのお楽しみって、逆に怖いなぁ……。
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