第280話 近づけない
毒性化のために、インベントリから[黒い溶液]を取り出すと、突然周囲の雰囲気が変わった。
さすがに何をしようとしているのが世界樹にもわかったんだろう。
だからこそ止めようと……凄まじいスピードで、僕めがけて枝が伸びてきた。
「ふんっ! ようやく仕事が来たか」
「アキちゃん、こっちは任せてねー!」
「通さない」
しかし、伸びてきた枝は、ことごとく斬られ、払われ、防がれていく。
3方向を守る形に展開してくれていたからこそ、対応できたんだと思うけど、その中でもリュンさんの動きが速かった。
僕が気づいたときには斬り払っていたくらいだからね。
「みんな、お願いね」
動いていたからか、3人はなにも言わないけれど、僕の言葉は伝わってると思う。
その証拠に、3人は連携するかのようにそれぞれの動きや死角をカバーして動き始めたからだ。
――僕もやらないと!
意識を切り替えて、インベントリからさらにひとつ、アイテムを取り出す。
おかもちのような箱形のアイテム。
そう、調理器具のひとつ――燻製機だ!
◇
世界樹へ向かう前、失敗を何度も繰り返し、なんとか[精霊の秘薬]を作り上げた僕は、次なる毒性化の壁にぶち当たっていた。
どのくらいの壁かというと、混ぜてもダメ、温度でもない、量でもない……とないない尽くしの状態で、完全に万策尽きた……と、[黒の溶液]を入れた小鍋をコンロに乗せて唸ることしかできなかったくらいの壁だ。
正直、眠気もピークで、隣で眠っているラミナさんがうらやましくて、なんどか悪戯しようかとして、やめたくらいにはピークだった。
あの時はきっと頭の回路が変に混線していたんだと思う。
「わかんないから、燃やしてしまえー」
そんな感じの言葉を口から出しながら、考えるのを放棄したかのようにコンロに魔力を注いで、火を入れる。
しかも火力は最大火力!
きっとテンションがハイになってたんだろう……うん。
しかし、結果としてそれは上手くいった。
上手くいったというか、[黒の溶液]が完全に蒸発した後、小鍋の底に黒色の粉が残っていたのだ。
失敗作ではない、別種の素材[黒い粉]が。
◇
というわけで、この[黒い粉]を何もしていない新しい黄色の花びらで包んで……。
燻製機の一番下に携帯コンロ、そしてその上の網に花びらで包んだ[黒い粉]。
一番上に[精霊の秘薬]を置いてっと。
「シルフは近くに来ないように……って、シルフ?」
辺りを見まわして見ても、彼女の姿が見えない。
パスは途切れていないから、何かあったって訳じゃないんだけど……周囲の魔力とかマナが濃すぎてシルフの場所が感知出来ないなぁ……。
でも、近くにはいないようだし、作業進めてしまおう!
携帯コンロに火をつけて、どんどん花びらを熱していけば、だんだんと煙が箱の中で発生して溢れ出てくる。
このタイミングで、腕を入れるように開けていた穴も閉じて、煙を充満させるっと。
大体待つこと5分。
その間、僕はただ目の前で行われる戦いの邪魔にならないように、ひっそりと息を潜めておくことしか出来なかった。
一応、世界樹の枝をポーチに入れたりなんかはしておいたよ!
「そろそろいい頃っと……!」
そっと箱の扉を開くと……中から真っ黒な煙があふれ出してくる。
失敗して真っ黒になってるんじゃない。
「出来たのか?」
「うん。お待たせ」
「なら、動く」
「よーし! やっと動けるよー!」
僕もすぐさま燻製機をインベントリへと放り投げ、完成した[精霊の魔薬]をポーチへと入れる。
作ってから効果が消えるまでの制限時間は5分、でも飲ませる必要はない。
かけさえすれば……効果は充分に発揮される、らしい。
「じゃが、相手もただではやられん気じゃのう。完全に守りに入りおった」
リュンさんの言葉に、ドライアドの方を見れば、姿を隠すように太い枝で壁が築かれており、その壁の前を細い枝が先端をこちらに向け、ぐねぐねと動き回っていた。
「大丈夫。アキひとり通れるだけの道を切り開く」
「うん! 最終的にアキちゃんが辿り着けば問題無いんだし!」
しかし彼女達はそんな状況も気にせず、武器を構え枝を払うように突っ込んでいく。
遅れないように後ろを追う僕だったが、進む毎に枝の数が増え……次第に対処が間に合わなくなってきた。
「チッ! 一旦引くぞ」
リュンさんの舌打ちが聞こえ、僕らは後ろへと飛び退く。
追うように迫ってきた枝を、リュンさんが全て斬り落としたことで、戦いが一旦止まった。
けど……。
「このままじゃ近づけないね」
「あの枝めが、奥に行くほど太く硬くなりおるわ。分断するのにも力が要るのう」
「私は、ある程度からは枝は払うくらいしか出来ないかもー」
「同じく」
そうなると、切り開いていけるのはリュンさんだけか……。
確かに、リュンさんなら時間をかければ行けるだろうけど、そうなると今度は[精霊の魔薬]の効果時間が切れちゃうし……。
どうする、どうすればいい?
「ここまできて、ダメなのか……?」
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