第257話 考えないでおこう

 取り急ぎ臭いに鼻がやられないよう、シルフに臭いを封じてもらってから水を足す。

 混ざり始めた時点でにおい止めを解除してもらい、僕は事なきを得た。


「もしまた同じことをやるときは、潰しつつ水を入れるとかで試した方が良さそうだね」


 ヘラでかき混ぜればかき混ぜるほどに、なめらかに混ざり合っていく粘液に僕はそう結論付ける。

 臭い自体もやわらいだみたいだし、問題はなさそうだ。


 数分程度混ぜた後、すぐ近くに小さめの木の板を置いて、さらに上に布を重ねて置く。

 木の板を持って、ヘラで布に粘液を塗って……よし!


[カンネリの粘液:神経の動きを阻害するカンネリの毒が抽出された粘液。

戦いでは剣の切っ先や、やじりに塗って使われるが、薄めることで治療にも転用もされている]


 一応と確認した詳細も問題無さそうだ。

 さて、それじゃ……試してみますか。


 右手で板を持ち、左腕を布へと近づけていく……次第に近づく腕に心臓が痛いほどに昂ぶる。

 触れる直前で、落ち着くためにわざとらしく息を吐き、勢いのままに腕を布へとくっつけた。


「……っ!」


 一瞬、ピリッとした刺激が肌に走る。

 思わず離しそうになる腕を意識だけでなんとか押さえ込んで、板を使ってしっかりと張り付けた。

 じわじわと腕に違和感が広がっていくが、痛み自体は最初だけだったみたいだ。

 もしかすると麻痺していて気付いていないだけかもしれないけど。


 でも、現実だとこんなこと絶対にできないよね。

 [解毒ポーション(微)]で麻痺を、通常ポーションで怪我を治せるからやれることであって、現実でやったりしたら大惨事になるだろうし。

 大惨事といえば、きっとこんなことしてるってみんなに知られたらそれもそれで大惨事になってたかもしれない。

 ラミナさんとか、ハスタさんとか……なんて言うかとか考えなくても想像できちゃいそうだ。


「っと、そろそろいいかな」


 腕に広がっていた違和感も、ある程度の範囲で止まったみたいだし、これ以上は特に変化しないだろう。

 そう思って、押しつけていた板を離し布を剥がす。

 腕を触る前に、表面にある粘液を落とすために水でしっかりと流してみれば……おお、感触がない!


「凄い変な感じ。足がしびれた時みたいな感じとはまたちょっと違う」


 いってみれば、腕のいち部分だけがなくなったみたいだ。

 右手で肌を触っても、押しても、つねってもまったく何も感じない。


 ――薄めてこれか。

 そう考えると、薄めなかった場合はどれだけ強力なんだろう……。

 そんな疑問を抱くと共に、これが軽い毒・・・という事実に驚きが隠せない。

 つまり、根に含まれている毒……猛毒は。


「いやいやいやいや、今は考えない。考えないでおこう」


 ブンブンと頭を振り、想像しそうになった怖い考えを意識の外へとはじき出す。

 今は考えなくていい――でも、この道を続けていくならば、いつかは考えなくてはいけなくなる。

 そのことだけは忘れずに、僕は今だけ猛毒のことを忘れることにした。


 とりあえず確認のため……と[解毒ポーション(微)]を飲もうとして、ふと思う。

 飲んだ場合と、かけた場合。

 どちらが早いんだろう、と。


 ポーションはかけても効果を発揮すること自体は知ってるし、その場合だとポーションの効果が薄くなることも知っている。

 しかしそれは――HPを回復するポーションだから、ではないだろうか?

 例えば今回のような局所的な毒だったら?

 その場合の薬の目的は、毒の排除と汚染箇所の回復のはず。


 つまり、わざわざ内側から手を出すよりも、外側……もっといえば、その汚染箇所そのものから直接手を出した方が、反応が早くなるんじゃないだろうか?


「うむむむ……」


 試すなら、同じ人に同じ毒、そして同じ薬で試すのがいいだろうし……そうなると僕か……。

 ちらりと横目で時間の確認――みんなにヒントを与えてからだと、まだ30分ほど、問題ない。

 そして、返す刃もとい、視線で粘液を確認……するまでもなく、臭ってくるから大丈夫。


「よし! 両方やっちゃうか!」


 そうと決まれば、まずは腕に塗ってみることにする。

 視界の中では垂らして塗り広げているのに、全く感触がない。

 色々試した後だし、分かっているんだけど、それでも視界に広がる違和感に困惑を隠しきれない。


「これもし手足がしびれちゃうと、まともに戦えなくなりそうだなぁ……」


 剣を握ってる感触がなくなるとか、地面を踏みしめる感覚が消えるとか。

 そんな些細な違いでも、きっと戦いにおいては大きなハンデになるんだろう。

 ……毒、か。

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