第249話 来訪

 「アキさん、お帰りなさい。先程の方はすでにお待ちいただいてますよ」と出迎えてくれたレニーさんに、「ただいま」と応えつつ僕は拠点の中を進む。

 そして会合場所である拠点本部の建物の前で振り返り、口を開いた。


「ここからは、とりあえず僕ひとりで。その方が僕も相手も話しやすいでしょうし」

「え、ええとそれは……」

「レニーさん達が僕の心配してくれることは嬉しいけど、なにかあったらすぐ呼ぶから。お願い」

「アキ、頑張って」

「うん。行ってくるよ」


 みんなに有無を言わせないタイミングで、ラミナさんが送り出してくれる。

 

 ラミナさんは信頼してくれている。

 それだけですごく嬉しくて、僕も頑張らねばと、気合いが入った。



 「失礼します」と言って入った部屋の中には、部屋を左右に分断するように置かれた机と、向かい合うように置かれた椅子があった。

 ただ、その右側に置かれた椅子にはすでに影――話に聞いていた通りの、球体関節人形が座っていた。


 大きさは成人女性と同じくらいだろうか?

 焦げ茶色の木を使って作られているからか、全体的にシックな雰囲気がある。

 そんなことを思いながら、彼……いや、ハンナという名前的には彼女だろうか? そもそも性別があるのかわからないけれど、ひとまず彼女に向かい合うように、僕も椅子に座った。


「お待たせしてしまい、すみません。一応? この拠点の生産代表をさせていただいています、アキです。こちらに向かう道中、先んじてお聞きしましたが、なんでも精霊の眷属と……」

『その通りです、アキ様。ご紹介が遅れましたが、私は世界樹の精霊、ドライアド様の眷属でハンナと申します。突然の来訪、申し訳ございません』

「ああ、そちらも聞きました。大丈夫ですよ。……緊急事態ってことで」

『ありがとうございます。精霊の契約者様であれば、話が早そうですね』

「ありゃ、気付かれてましたか。それなら消えてる必要もないよね? シルフ、おいで」


 「はい」と返事をしながら、シルフは僕の斜め後ろへと顕現する。

 その姿を見て、ハンナさんは一瞬固まって、まるで機械のようにカクカクと頭を下げた。

 のっぺらぼうの顔なのに、なんとなく感情が分かるってすごい。


「それで、緊急事態っていうのは?」

『大変申し上げにくいのですが……』


 そう口火を切って、ハンナさんはつらつらと語り始めた。

 世界樹へマナを送る役割をしていた神殿が魔物に占拠されていたこと、そしてそれが先日の土の神殿攻略で全て解放されたこと。

 そして今日マナが正常に送られ、この島にある世界樹が久々に顕現できたこと。


『そこまでは、とても良いことばかりだったのですが……』

「ここからが問題ってこと? なんだろ、想像つかないけど……」

『送られてきたマナが久しぶりだったもので……酔ってしまいまして』

「え?」

『その、ドライアド様がマナ酔いをしてしまいまして』

「マナ酔い」


 マナ酔い?

 マナで酔うってこと、あるの?


「あの、ちょっと待ってもらっていいですか? ごめん、シルフ。マナ酔いって何?」

「マナ酔いですか? えっと、基本的に送られてくるマナで酔うことはないのですが、慣れていなかったり、量が多すぎたりすると、入ってくるマナに身体が対応しきれなくなって、勝手に魔力を放出してしまったり、正常な判断ができなくなったりすること……ですかね?」

『シルフ様の仰る通りです。今回、久々のマナ供給だったこともあり、ドライアド様の方で上手く制御ができなかったようで……』


 たぶん、現実でいうところの酒酔いみたいな感じだろうか?

 僕もまだ飲めないし、家族で飲む人が居ないからよくわからないんだけど。


『その結果、何が起きたのか……世界樹が魔物に変化してしまいました』

「……は?」

『予想に過ぎませんが、ドライアド様が制御できなかったマナが世界樹の方に流れ込んでしまったことが原因ではないかと。我々トレント族も多量の魔力を含んだ樹がベースとなっておりますので』

「あ、じゃあ大丈夫? ハンナさんに何か問題があるようにも見えないし」

『いえ、その……』


 ハンナさんは、言いずらそうに一度口を閉じた……ように感じた。

 そして、たっぷり時間を置いてから、僕の方をまっすぐ見つめ、口を開いた。

 いや、目も口もないんだけどね。


『……暴れると思います。今、ドライアド様自身も、酔って手が付けられない状態ですので……』

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