第242話 暗雲
今回の話は、トーマ視点となります。
次からは、またアキ視点に戻ります。
――――――――――――――――
「いいか、雨が降り始めるまではとにかく時間を作るぞ! 雨雲ができ、降り始めた段階で俺とテツを除く全員が距離を取れ!」
アルの指示に前衛のやつらは全員の声で返す。
しかし、時間がかかっているからか、とにかく疲労の色が強い。
……いざとなれば、俺が多少なりと気を引く位のことはせんと、あかんやろうな。
「トーマ。アキさんは大丈夫か?」
「せやなぁ……なんとも言えんのやけど、俺に出来る事は全部したつもりやで。詠唱も覚えたみたいやしな」
「ならば、後は……その時を待つ、だけだな」
「そういうこったな」
俺の返事を皮切りに、アルの雰囲気が大きく変わる。
指示を出すリーダーとしてのアルやない……まるで獣みたいや。
「暴れすぎんなや? お前は守るのが役割やろ」
「ああ、分かっている。……だが、鋏の1本や2本程度なら、砕いても構わないだろう?」
「……はっ、好きにせーや。リーダーはお前や」
どうもアルは、後ろで策を練るのに向いてないらしい。
今やって、溜まりにたまった鬱憤を晴らしたくて堪らんやろ。
大声と共に突っ込んでいくアルの後ろ姿に、こりゃ本格的に、動く準備をしといた方が良さそうや……と、俺は溜息をひとつ吐いた。
「鬼が出るか、蛇が出るか。どっちやろなぁ……アキ」
◇
「――――!」
アルの声と言って良いのか分からない音が聞こえ、直後に鈍い音が響いた。
ヤドカリ周辺には雨が降り初め、すでにアルとテツ以外は後ろに下がっている。
しかし――
「
アキと姉さんに教えた魔法は、〔
威力自体は複合魔法なこともあって、普通の魔法攻撃よりは高い。
ただ、2人の息が合ってなかったり、魔力の量を間違えたりすれば失敗する場合もある。
姉さんは今まで何度も魔法を使ってきとるだけに、心配はしてへんけど……。
アキは今まで使ったことすらない、ないんやけど……シルフがおるし、大丈夫やと思う。
「思うんやけどなぁ……」
降り出した雨を見上げれば、雨雲に雷が走っているのは見える。
だが、雷は……落ちてこない。
なにかが足りないのか、それとも逆に――
「なんにせよ、選手交代のお知らせやな」
ヤドカリの前で獅子奮迅の働きを見せるアルにも、疲れは見え始めとるし、大きい鋏はアルに任せて、相手の動きを牽制するテツの方も時折体勢を崩しかけとる。
――俺は、俺の出来る事をするまでだ。
そう意思を固めて、俺は前へと走り出した。
◇
「アル、一旦退がれ! 俺が多少時間を稼いだる!」
「ッ! すまん、助かる! テツ、お前も来い!」
「了解、でい!」
アルが弾いた大鋏に、タイミングを合わせて全体重を乗せた飛び蹴りを当てる。
さすがに連続で同じ箇所に攻撃を当てられたからか、ヤドカリは大きく鋏を後方に仰け反らせた。
その隙を突くように、アルとテツは体勢を整え、俺の後ろへと下がった。
「トーマ、無理しない程度で頼む!」
「りょーかいや。まぁ、任せとき」
アルの声に返しながら、勢いを付けて引き戻された大鋏を、揺らめくように避ける。
そして返す刃のごとく戻る鋏も避け、その関節を内側から斬りつけた。
「っ! 硬えなぁ」
ガギィンと、鉄で弾かれたような音が鳴り、俺のナイフは少しも刺さることなく弾かれる。
関節を狙ってこれやったら……こりゃ攻め手が無いな。
「そんならダメージは捨てりゃええ」
意識を切り替えて、とにかくウザい動きを優先。
相手が俺に集中するように、避けては斬り、さらに避けては蹴り……。
狙うところは考えない。
ただ、相手の意識を引きつける、それだけや。
「――ッ!?」
そんな攻防を数秒か数十秒か繰り返した時、周囲の空気が変わった。
雨の強さは変わらんのに、なにかが……?
「トーマ、離れろ!」
「は?」
アルの声が聞こえた直後、俺の危険察知がヤバいくらいに反応した。
位置は、上……?
「は? は!?」
退がりながら見上げた雲は、さきほどまでの雷雲ではなく、それよりもっと黒い……まるで闇のような黒雲だった。
そして、直後――
「
離れていても聞こえたアキの声は、少しだけいつもと声色が違い……どこか機械のような平坦さを感じさせた。
俺にとっては、目の前で起きる極大の魔法よりも、そのことが何よりも不思議だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます