第242話 暗雲

 今回の話は、トーマ視点となります。

 次からは、またアキ視点に戻ります。


――――――――――――――――


「いいか、雨が降り始めるまではとにかく時間を作るぞ! 雨雲ができ、降り始めた段階で俺とテツを除く全員が距離を取れ!」


 アルの指示に前衛のやつらは全員の声で返す。

 しかし、時間がかかっているからか、とにかく疲労の色が強い。

 ……いざとなれば、俺が多少なりと気を引く位のことはせんと、あかんやろうな。


「トーマ。アキさんは大丈夫か?」

「せやなぁ……なんとも言えんのやけど、俺に出来る事は全部したつもりやで。詠唱も覚えたみたいやしな」

「ならば、後は……その時を待つ、だけだな」

「そういうこったな」


 俺の返事を皮切りに、アルの雰囲気が大きく変わる。

 指示を出すリーダーとしてのアルやない……まるで獣みたいや。


「暴れすぎんなや? お前は守るのが役割やろ」

「ああ、分かっている。……だが、鋏の1本や2本程度なら、砕いても構わないだろう?」

「……はっ、好きにせーや。リーダーはお前や」


 どうもアルは、後ろで策を練るのに向いてないらしい。

 今やって、溜まりにたまった鬱憤を晴らしたくて堪らんやろ。

 大声と共に突っ込んでいくアルの後ろ姿に、こりゃ本格的に、動く準備をしといた方が良さそうや……と、俺は溜息をひとつ吐いた。


「鬼が出るか、蛇が出るか。どっちやろなぁ……アキ」



「――――!」


 アルの声と言って良いのか分からない音が聞こえ、直後に鈍い音が響いた。

 ヤドカリ周辺には雨が降り初め、すでにアルとテツ以外は後ろに下がっている。

 しかし――


んな……」


 アキと姉さんに教えた魔法は、〔紫電纏う天の滝落としエレクトリック・スコール〕って名前の魔法で、雨雲を雷雲に変えて、そこから雨と共に雷を数発落とすって魔法や。

 威力自体は複合魔法なこともあって、普通の魔法攻撃よりは高い。

 ただ、2人の息が合ってなかったり、魔力の量を間違えたりすれば失敗する場合もある。


 姉さんは今まで何度も魔法を使ってきとるだけに、心配はしてへんけど……。

 アキは今まで使ったことすらない、ないんやけど……シルフがおるし、大丈夫やと思う。


「思うんやけどなぁ……」


 降り出した雨を見上げれば、雨雲に雷が走っているのは見える。

 だが、雷は……落ちてこない。

 なにかが足りないのか、それとも逆に――足りすぎて・・・・・いるのか?


「なんにせよ、選手交代のお知らせやな」


 ヤドカリの前で獅子奮迅の働きを見せるアルにも、疲れは見え始めとるし、大きい鋏はアルに任せて、相手の動きを牽制するテツの方も時折体勢を崩しかけとる。


 ――俺は、俺の出来る事をするまでだ。


 そう意思を固めて、俺は前へと走り出した。



「アル、一旦退がれ! 俺が多少時間を稼いだる!」

「ッ! すまん、助かる! テツ、お前も来い!」

「了解、でい!」


 アルが弾いた大鋏に、タイミングを合わせて全体重を乗せた飛び蹴りを当てる。

 さすがに連続で同じ箇所に攻撃を当てられたからか、ヤドカリは大きく鋏を後方に仰け反らせた。

 その隙を突くように、アルとテツは体勢を整え、俺の後ろへと下がった。


「トーマ、無理しない程度で頼む!」

「りょーかいや。まぁ、任せとき」


 アルの声に返しながら、勢いを付けて引き戻された大鋏を、揺らめくように避ける。

 そして返す刃のごとく戻る鋏も避け、その関節を内側から斬りつけた。


「っ! 硬えなぁ」


 ガギィンと、鉄で弾かれたような音が鳴り、俺のナイフは少しも刺さることなく弾かれる。

 関節を狙ってこれやったら……こりゃ攻め手が無いな。


「そんならダメージは捨てりゃええ」


 意識を切り替えて、とにかくウザい動きを優先。

 相手が俺に集中するように、避けては斬り、さらに避けては蹴り……。

 狙うところは考えない。

 ただ、相手の意識を引きつける、それだけや。


「――ッ!?」


 そんな攻防を数秒か数十秒か繰り返した時、周囲の空気が変わった。

 雨の強さは変わらんのに、なにかが……?


「トーマ、離れろ!」

「は?」


 アルの声が聞こえた直後、俺の危険察知がヤバいくらいに反応した。

 位置は、上……?


「は? は!?」


 退がりながら見上げた雲は、さきほどまでの雷雲ではなく、それよりもっと黒い……まるで闇のような黒雲だった。

 そして、直後――


ほとばしれ――〔暗雲を切り裂く一条の雷光ジャッジメント・レイ〕」


 離れていても聞こえたアキの声は、少しだけいつもと声色が違い……どこか機械のような平坦さを感じさせた。

 俺にとっては、目の前で起きる極大の魔法よりも、そのことが何よりも不思議だった。

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