第229話 役割

 走る、走る。

 日が落ちて、松明の灯りで照らされた拠点のなかを、まっすぐ、貫いていくようにまっすぐに。


「っ、アルさーん!」


 前方へ見えてきた集団に届くように、切れそうになる息を無理やり吸い込んで、僕は叫んだ。

 これで、全然違う人達だったら、僕は恥ずかしさでもう立ち直れないかもしれない。

 でも、その考えは特に必要なかったみたいだ。


「アキさん! よかった、来てくれて……!」

「すい……、すいません。お待たせしました」


 声に気づき、出迎えてくれたアルさんの手を借りて、僕は絶え絶えだった息を整える。

 その間に、トーマ君やカナエさんが僕らの近くに来てくれていた。


「マジで助かったわ。アキさんは、アキさんは、ってアルが落ち着かんくて困っとったんよ」

「と、トーマ!」

「なんや、事実やんか」


 「いや、だがしかしだな……」と、トーマ君と話し始めたアルさんを尻目に、カナエさんが僕の手を引いて、集団の片隅へと引っ張ってくれる。

 きっと補給パーティーの方に向かっているんじゃないかな?


「アキさん、お待ちしておりました」


 綺麗な姿勢で僕らの方へと頭を下げる男性――オリオンさんが、そう言って僕らを出迎えてくれた。

 オリオンさんだけではなく、後ろにいたレニーさんやスミスさんも、口々に歓迎の言葉をかけてくれる。


「でも、アキさん。なんで来る気になったんっすか?」

「んー、なんでって言われるとちょっと困るんだよね。明確な理由があるわけじゃないから」

「そうなんですか?」

「うん。強いて言えば……色んな人に背中を押されたから、かな?」


 ガロンに関しては、背中を押されたっていうか、煽られたって言う方が近いのかもしれないし……。

 でも、ガロンから素直な形で背中を押されたら、きっと僕はその好意を受け取れなかったと思う。

 だから、彼のあの行動は……ある意味では正しかったのかもしれない。


 そんな風に返した僕に、スミスさんもレニーさんも少し不思議そうな顔を見せてきた。

 まぁ、気持ちはなんとなくわかるけどね。


「……ガロンに動かされるのは、ちょっと癪ではあるけど」

「アキさん? 何か言いました?」

「いや、何でもないよ。それより、今の状況と、この先の予定を教えてもらえますか?」


 ぼそりと呟いた言葉が、レニーさんに耳には届いてしまったみたいだ。

 振り返り、首をかしげる彼女に手を振りつつ、僕は別の話題を振った。


 確かアルさんは19時には出るって、オリオンさんのお店で言ってたはず。

 そう思って、システムで時間を確認すると、まだ出発時間までは余裕がありそうだった。


「今は、パーティーメンバー同士での役割相談や、戦い方の再確認。また、持って行くものの最終チェックの時間ですね。出発5分前には、アルさんからの挨拶がある予定です」

「なるほど……。ちなみにこのパーティーのメンバーは……?」

「私――オリオンと、レニーさん、スミスさん、それにアキさんを加えた4名になる予定です」

「あれ? カナエさんは別なんですか?」

「私は魔法戦闘メインのパーティーに配属の予定ですよ。こちらのパーティーは生産メインの方のみの予定ですね」


 ふむ……。

 そうなってくると、このパーティーで考えないといけないのは……。


「パーティーとしての動き方が難しいですね」


 つまり、戦闘における場所の取り方や、サポートの入り方だ。

 基本的には、戦闘メインのプレイヤーが各自持っているポーションで回復する形になると思うんだけど、どうしようも無いときは即効性に頼る必要も出てくるだろうし……。


「私とスミスさんは、戦闘時ではおふたりのサポートに入る予定です。というのも、料理と鍛冶の必要なタイミングは戦闘時ではないため、おふたりの盾やケガ人の輸送などをさせていただこうかと」

「ああ、それは助かります。だとすれば……レニーさん、材料はどんな感じです?」

「えっと、材料は……」


 僕の問いかけに、レニーさんは慌てて虚空へと指を動かす。

 きっと、インベントリの中身を確認しているんだろうなぁ……。


「薬草が20、水が袋に入れた状態で30。あと完成品、下級が15、最下級良品が20。薬草は、一応粉末状のモノも10用意してあります」

「なるほど……。それだけあれば大丈夫そうですね」


 報告された数から作れるポーションの数を計算して、良しと頷く。

 僕の言葉と動きに安心したのか、レニーさんの身体から少し力が抜けたのが分かった。


「そういえばパーティーを組んでなかったですね。リーダーは……オリオンさんですか?」

「ええ、今のところは。ですが、ここはアキさんがやってくれませんか?」

「僕がですか? なんでまた」

「先ほどお伝えした通り、私とスミスさんは、戦闘時サポートに回ります。その際、指示を出していただく事になると思いますので、指揮系統は纏めておくのが良いかと」

「ああ、なるほど……。でしたら、レニーさんで「アキさん! お願いします!」……えぇ……」


 オリオンさんの言葉に対して出した僕の提案を、レニーさんが食い気味に押し切ってくる。

 しかも、そう押し切っておきながら、オリオンさんの後ろに隠れるのは少し卑怯では……?


「……わかりました。やってみます」

「えぇ、お願いします。アキさん」


 そうして、僕らが準備を終えパーティーを結成した直後、拠点の入口付近で大きな音が鳴った。

 どうやら時間が来たみたいだ。

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