第220話 無駄なんだよ

 オリオンさんに案内された場所は、拠点の中心から少し離れたところ。

 以前、資材置き場にしていた場所を、今度は訓練所として使っているみたいだ。

 杭と縄で簡易的に区切られており、内には数体の案山子が見える。


「私も使用したことがありませんので、後のことは中にいる方に聞いてみてください」

「わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ」


 そう言いながら、お互い軽く頭を下げる。

 そして、去っていくオリオンさんを少しだけ見送って、僕は訓練所へと向き直った。


「知ってる人がいれば良いんだけど」


 なんだかんだで仲良くしてくれる人は増えてきたけれど、こういった場所に出入りするような人っていたっけ?

 あんまり想像つかないなぁ……。


「まだまだ、でござるよぉ!」

「なら来てみろ!」

「忍法! 風磨手裏剣の術!」


 すっごい聞き覚えある声がするなぁ……。

 片方はアルさんだし、もう片方も見知ってそうだし。

 えー、どうしよう……。


「せやから、飛び道具はもっと間合い考えろっての」

「でしたらこれでどうっすか!」

「遅いわ。あと同時射ちするなら射角をもっと考えろや」


 その奥からもまた聞き覚えのある声がした。

 うん、今日は止めておこうかな。

 人も結構多いみたいだし、うん、今日は止めておこう。


 そう思って踵を返そうとした僕の方へと――


「似合わないのがいるな」


 と、声が落ちてくる。

 聞き覚えがあるような、無いような……でも、どこにでもいそうな声。

 誰だったか思い出せそうで、でもなぜか思い出せないような、特徴に乏しい声。


「訓練、していかないのか?」

「え、えっと……? ウォン、さん?」

「思い出しにくいのも無理もない。そういうモノだ」


 そう言いながら頷いてくれる彼の姿は、やっぱり普通だ。

 特徴が無くて、少し離れてしまえばまぎれてしまいそうなほどに、普通。

 普通すぎて、普通じゃない……まるで普通すぎるところが特徴みたいに。


「それで、訓練していかないのか? そのために来たんだろ?」

「そうなんですけど……ちょっと思うところがあって」

「――なるほどな。であれば、俺が相手しよう」

「……え?」

「ちょうどひとつ空いたようだしな。あいつらとやるよりは気も楽だろう?」


 問いかけつつも、僕の腕を引き、ずんずんと奥に進んでいく。

 なんだか、アルさんに手を引かれて街の外れに行った時みたいだ。

 こうやって流されていくのは、変わってないんだなぁ……僕。


「さて、まず最初は本気で向かって来い」

「あ、はい!」

「タイミングは任せる」


 進んでいった先、杭と縄で区切られた円の中で、僕たちは向かい合って立っていた。

 道すがら教えてくれたことだけど、どうやらここの模擬戦場では、決闘システムを使って模擬戦を行っているらしい。

 なんでも、実施テストを兼ねているらしく、今はこの訓練所でのみ使えるシステムとして、提供してくれてるって。


 先にHP10%以下になった方の負け。

 アイテムは回復系以外なら使用可能で、使ったアイテムや武器の刃こぼれなんかは、模擬戦が終われば元に戻る仕組みらしい。

 だから結構無茶な戦いをしても、問題無いんだって。


「ウォンさん? 武器は?」

「気にすんな。良いから来いよ」

「は、はぁ……」


 だらりと腕を下ろしたまま、力むこともなくただその場に立つ。

 彼のそんな姿に、ここが本当に戦いの場なのかわからなくなった。


 ――いや、これがウォンさんの策略なら……のまれないようにしないと。


 草刈鎌を取り出し、右手で柄を握って気持ちを整える。

 何が武器かすらわからないし、もしかするとオリオンさんみたいに素手で戦うのかもしれない……。

 まずは慎重に、それでいて大胆に――


「はっ!」


 気合いの声と同時に、右手の鎌を横薙ぎに一閃。

 もちろん最初から当たれば楽だけど、そんな簡単じゃないはずだからっ!


「――ッ!」


 薙ぐと同時に踏み出した右足にすぐさま力を入れ直し、地面を蹴る。


「おっと」


 勢い良く突き出した左手のノミは、刺さりそうで……刺さっていない。

 突如現れた黒い棒に止められたからだ。


 ウォンさんに動いたようなそぶりはなかった……。

 まるで本当に、その隙間に突然棒が現れたような感じで。


「考えるのは離れてからにしろっての」

「ッ!」


 右手ひとつで棒を振り、僕をはじき返す。

 離れてわかったけど、どうにも変な感じだ。


 ウォンさんの棒は武器という感じがしなくて、どちらかというと……消耗品?

 剣の柄よりも細い鉄の棒で、黒一色なんだけど、ところどころ凹んでたり微妙に歪んでたり……。

 別に壊れても良いといわんばかりに、手入れの届いてない感じだ。


「気付いたと思うが、俺のコレは別に武器じゃない。そもそも戦闘は担当外だからな」

「それって、」

「けど、それはお前も同じだろう? お前の武器は採取道具で、本来人を殴るモノじゃない。やってることが無駄なんだよ」

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