第213話 その時は

「お待たせしまし……あれ? シンシさん?」

「姫! もう調子は大丈夫ですか?」


 広間へ繋がる扉を開くと、そこにはよく見知った顔。

 先ほどまで戦いを繰り広げていた相手――シンシさんがいた。


「あ、大丈夫です。トーマ君に聞きましたけど、気絶した僕をシンシさんがトーマ君のところまで運んでくれたみたいで……ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこちらの方ですよ、姫。ありがとうございました」


 僕が頭を下げると、すぐに上から言葉が降ってくる。

 なぜ? と思って頭を上げると、そこには僕よりも深く頭を下げているシンシさんの姿があった。


「……?」

「あぁ、お嬢は気にしないでくれ。こいつのケジメだ」

「そうなんです?」

「そういうもんだ。それと俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう……それに、すまなかった」


 シンシさんの隣りで、ヤカタさんも頭を下げる。

 そんな2人に対し、状況が掴めない僕らはただ顔を見合わせて困惑することしかできなかった。


「あ、あの、なにが……?」

「私が彼らと繋がった事情については、詳しくはお伝えできません。ただ言えることは、私の弱さが原因であったこと」

「……」

「それゆえに、姫にも、その他の多数の方にもご迷惑をおかけしてしまいました」

「そんな、」

「ですから、私はこのゲームを引退しようと、」

「それはダメです! 絶対ダメです! その、シンシさんが確かに色々なあれこれを起こしてしまったのは分かりますけど……その」


 まっすぐ僕を見て話すシンシさんはすごく決心を固めているようにも見えて、それがなんだかとても胸を締め付けてくるような、そんな気がして……。

 そんな想いから、彼女の言葉を止めた僕へ彼女は優しく微笑んで――


「……ふふ。ありがとうございます。大丈夫です。彼にも、止められましたから」


 そう言って、隣に座るヤカタさんへと軽く顔を向ける。

 なんだ、そっか……。


「それに姫の服を作らずに辞めるわけにもいかないですからね。約束、ですから」

「シンシさん……。はい!」

「……ですが姫。時折、あの時みたいな歪んだ表情を見せていただけると、「シンシ、黙ってろ」……すまない」



「アキ、なんだか嬉しそう」

「え、そうかな? そう見える?」

「見える」

「そっかー。でも、そうだね。たぶん、今すごく嬉しいんだと思う」


 シンシさん達のログアウトを見送って、ラミナさんと2人、椅子に座って言葉を交わす。

 おずおずと僕の右袖を掴む手に、左手を重ねて、


「なんていうかな。想いが伝わったんだなって、そのことが嬉しい」

「……そう」

「うん。そう」


 それっきり彼女は何も喋らない。

 ただ袖を掴んだ手を離して、今度はしっかりと手を握ってくる。

 そこにいるんだってことを、確かめるみたいに。


「アキは、いつもすぐいなくなる」

「ん?」

「ラミナの手を離して、いつも先に走っていく。あの時も、今日も。たぶん、これからも」

「ラミナ、さん?」

「やっと追いつけたって思った。でも、また離れて、どんどん離れていく」


 僕の言葉を聞いていないみたいに、ラミナさんが呟くように言葉を落とす。

 離れていく……?

 僕が、ラミナさんから?


「でも、もう大丈夫」

「え?」

「約束、いつか必ずって。嬉しかった」


 椅子を下げて、身体ごと僕の方へと向けて。

 彼女はいつもよりもハッキリとした声で、そう僕へと伝える。


「ラミナさん……」

「ラミナは待ってる。約束してくれたような強さを、アキが手に入れる時を。だから……」


 まっすぐに僕を見て喋っていた彼女の顔が、静かに下がり、影に覆われていく。

 言いよどむように、なんども声にならない声を、口の中で繰り返して……。


「だから、その時は」

「うん」

「その、時は」


 何度も何度も口を止めて、繋いだ手に力が入って、それでもと口を開こうとして……。

 そんな彼女に、僕は何も言わない。

 いや、言えないでいた。


「っ! ……落ちる」

「え?」

「もう、ダメ。頭痛い……」

「え、大丈夫?」

「だめ、だめだから落ちる」

「そ、そう……」


 真っ赤になった顔で、壊れそうなくらいに首を振って、僕から手を離す。

 えーっと……これって、もしかして……。


「ばいばい」

「あ、ちょ」


 僕の静止も聞かず立ち上がり、彼女はログアウトの光に包まれ消えていった。


 いや、まさかそんな……告白とかじゃない、よね? 懐いてくれてるとかはわかるけど、そんな……ほら、一応こっちだと同性だし。

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