第196話 僕は、ここにいる

「なんだ、あれ……」


 空を赤く染めるように、赤い光が柱となって、天に伸びている。

 なんだかまるで……立ち上る炎みたいだ……。


「たぶん、火のダンジョン、踏破クリア

「……え?」

「水のダンジョンがクリアされた時にも、同じことがあった」

「そうなんだ……ってことは、つまり……」

「火魔法が使いやすくなるってことだぜぇ!」


 声と共に、僕の前に火の玉が飛んでくる。

 そうだ、今、囲まれてるんだった!


「――ッ!」


 火の玉に当たる直前、僕の眼前に腕が伸びる。

 ……相変わらず、すごい反射速度だ。


「囲まれた」

「みたいだね」


 突破しようにも、拠点の方向だけでなく、全方位に人が立ち、道を塞いでるような状況……。


「どうしよっか?」

「……耐える」

「しかないよね……」


 背中合わせで全く動かない僕らにしびれを切らしたのか、囲っていた内の1人が、武器を手にラミナさんへと突っ込む。

 それを合図にするように、数名が一気に雪崩れ込んで来た。



「しぶてぇ奴らだな……」


 開始してから数分ほど、こちらからは攻めず、攻撃を防ぐ、もしくは避けることだけを念頭に、僕らは戦い続けていた。

 けど……さすがに……。


「ラミナさん、大丈夫……?」

「……平気」


 言葉とは裏腹に、息も荒く、構える腕も下がり気味だ。

 ……これは、もうたない、か。


「――ッ!」

「アキ……?」

「ラミナさん……10秒後に、伏せて」

「……? わかった」


 諦めかけた瞬間、脳裏に浮かび上がった光景。

 もしこれが、<予見>の効果なら……。


「……5、4」


 切り下ろされる剣を、草刈鎌の背を使って流す。


「3、2……」


 ラミナさんと位置を入れ替えるようにしながら、槍の突きを避け――


「……1。今ッ!」


 僕の右手と、彼女の左手を重ねて、一気に身を落とす。

 直後、轟音と共に……地面が激しく揺れた。


「走って!」

「ん」


 身を低くして安定を図ってた僕ら以外は、突如揺れた地面に足を取られ、バランスを崩した。

 今なら、抜けられる……!


「あっ、おい!」

「逃がすな!」


 後ろから飛んでくる矢や魔法を、落とし、払い、時に避け、僕らは前へと進む。

 あと数歩……あと、数秒!


「来た! ラミナさん、伏せて!」

「ッ!」


 再び、夜闇が晴れる。

 しかし、今度は赤ではなく、緑の光で。

 ……繋がった。


「僕は、ここにいる!」


 鎌を地面へ落とし、吹き上げられるように、左手を天へ。

 強く輝く手から風が生まれ、そしてそれは次第に強くなり――


「来て、シルフ!」


 僕の声に呼応するように、僕とラミナさんを中心に、暴風が吹き荒れた。

 まるで、渦のように回転しながら、砂も、矢も、魔法も……人すらも退ける風。

 ちょっと強すぎる気が……するけど……。


「アキ様ー!」


 左腕を掲げた天から降ってくるように、見慣れた緑の女の子が僕の前へと現れた。

 そして、彼女は掲げた僕の手を取って、笑う。

 地面に着く瞬間、ふわりと浮いたのは、さすが精霊といったところだろうか……。


「やっと、やっと見つけられました……!」


 いつかの再契約の時のように、その小さい身体で、僕の左手を抱きしめる。

 まるで、そこにある繋がりを、確認するように。


「ごめんね。こっちからも連絡が出来なくて……」

「いえ、こうしてお会いできただけで、大丈夫です!」

「そう?」

「はいっ! ……それで、アキ様。今の状況は……? 襲われているようでしたので、ひとまず壁をお作りしましたけれど……」


 そう言って、シルフは首を傾げる。

 確かに、今までの流れを知らなければ、この状況はよく分からないかな……。

 しかし、どこから話せばいいか……そんなことを悩んでいた僕の右手が、何かに引かれる。

 そういえば、彼女もいたんだった。


「ごめん、置いてけぼりで。ラミナさん、この子はシルフ。えっと……僕と契約してる、風の精霊だよ」

「私の方は何度も見させていただき、知ってはいるのですが……、こうして姿をお見せするのは初めてですね。シルフと申します」

「……ラミナ。よろしく」


 真正面に立って、お互い目を逸らさず、握手をする。

 ……微笑ましい場面のはずなんだけど……なんだか、寒気が……。


「え、えーと……シルフへの説明は、また後でするとして……」

「これからのこと」

「そうだね。これからのことなんだけど……あと1分くらいかな。はっきりとはわからないけど……」

「……?」


 僕の言葉に、2人は揃って首を傾げる。

 その息の合った動作に少し笑いつつ、僕はその時を待った。

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