第194話 手を離して

「アキ」

「ん? もう大丈夫?」


 ひとつ頷いたような振動が伝わって、彼女は僕の背中から降りる。

 着地直後、少しだけフラついたみたいだけど……大丈夫かなぁ……。


「少し急ぐ」

「僕は平気だけど……ラミナさん、本当に大丈夫?」

「大丈夫」


 ヤカタさんをハスタさん達に任せてから、20分ほど。

 ずっと拠点の方に向かって歩き続けては来たけど……ラミナさんを背負ってたからか、速度は全然出ていなかった。

 その結果、もうほとんど日が落ちてる……。


「戦闘は、避ける」

「……ハスタさんもいないし、夜は視界も悪くなるしね」

「そう。……だから、走る」

「拠点まで一気に走るってこと? 危なくない?」

「危険。でも、それしかない」

「……仕方ない、か」


 確かに、僕とラミナさんだけじゃ、例えラミナさんが盾で防げたとしても、倒すことが難しい。

 特にラミナさんは、ハスタさんとずっと組んでるわけだしね……。


「あと、アキ」

「ん?」

「……臭い」

「あ……そっか。そうだったね……」


 リュンさんに詰め寄られたせいか、僕の身体や服に、あの臭いが移ってしまった。

 ……というか、ラミナさんも多分……人のこと言えない状態、だよね?


「臭いから、隠れても見つかる」

「臭いからね」

「だから、走る」

「なるほど」


 においがヤバくて隠れられないから、一気に抜けるしかないってことらしい。

 なんていうか、その……ごめんなさい。

 そう心の中で謝って、気持ちをきちんと切り替える。

 拠点に向かう、それってつまりは……今もまだ戦ってる場所に、向かうってことだから。


「落ち着いて、慎重に……でも急いで……落ち着いて……」

「……アキ」

「な、なに?」

「手」


 短く切った言葉と共に、ラミナさんは僕の方に右手を差し出してくる。

 手……?

 手を取れば良いの?


「……?」

「大丈夫。1人じゃない」

「ッ!?」

「大丈夫」


 いつもと変わらない淡々とした声でそう言いながら、僕の差し出した手を、両手を使い上下から挟んで包んでくれる。

 表情も、いつもと変わらない無表情なのに、なぜか不思議と、優しく笑ってるみたいに見えた。


「アキ」

「ん?」

「……ありがとう」

「え?」

「なんでもない。行こ」

「あ、うん……?」


 呟くように言われた言葉に、理解が追いついてない僕を置いて、ラミナさんはくるりと向きを変える。

 その姿は、もうフラついたりなんてしてなくて、しっかりと地面に足を付けて……とても綺麗だった。


「もしかして、ラミナさんも……」


 不安、だったんだろうか……。

 僕にとって、今シルフがいないのと同じように、ラミナさんのそばにハスタさんはいない。

 もちろん離れていた時もあるけど、安全な場所や、他に知り合いがいた場合ばっかりだ。


 僕とラミナさん……2人だけで、危険な場所を抜ける。

 戦えなくて、助けられてばっかりの僕と一緒なんて……考えてみても、不安にならない方が不思議だ。

 馬鹿だな……僕は……。

 鹿の時も、蜘蛛の時も、そしてラミナさんと出会った日のPKの時も。


「少しも、成長してないじゃないか……」


 蛇に勝てたり、遺跡の謎を解いたり……確かにやれることは増えてきたと思う。

 でも、結局……女の子1人、不安から守ることもできてない。

 あの日……シルフを悲しませた、あの路地裏から……僕はまるで、成長していない……。


「なにをしてたんだ。僕は……!」


 蛇に勝てた達成感で……あの時の悔しさも、アルさんに助けられた時の無力感も……無意識に忘れていた。

 思い出すんだ……このゲームをすると決めた時の、一番最初の気持ちを……。


「みつけたんだ。やりたいことを、いっぱい……」


 守られるばっかりじゃなくて、勝ちたい。

 強くなりたい。

 調薬をがんばりたい。

 全部……一緒なんだ。


 みんなと一緒に、並んで行きたい。


 きっと、それが……僕のやりたいことなんだ。


「……ラミナさん!」


 だから僕は、僕の前を行こうとする彼女を引き留める。

 ここを逃したら、きっと僕は……並べないって、そんな気がしたから。


「……なに?」

「その、ラミナさん」


 僕の気持ちを伝えよう……そう思った瞬間、僕の背中を風が柔らかく撫でる。

 ……不思議と、がんばれって、そう言われた気がした。


「僕は……いつか君を守れるように強くなるよ。今は無理でも、絶対に」

「……」


 僕の言葉を聞いても、彼女の表情はまったく変わらない。

 でも、僕のすぐ目の前まで近づいて……胸に手を伸ばしてきた。


「……?」

「ひゃっ……ら、ラミナさん?」

「……アキ。一瞬男の子に見えた」

「え?」

「でも、ある……」

「そ、そうだねー。わかったなら手を離してねー」


 首を傾げながらも、僕の胸から手を離してくれる。

 ハラスメント警告がでなかったってことは、ホントに不思議に思っただけなんだろうな……。


「えい」


 離れた、と思ったら、彼女は真正面から抱きついてくる。

 そして、耳元に口を近づけて……


「ありがとう」


 なんて、小さく呟いたんだ。

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