第183話 別に問題無い

 今回の話も、トーマ視点となります。


――――――――――――――――


「なぁ、お前……誰だ?」


 そう問いかけながら、インベントリを操作して、アキから貰ったポーションを取り出す。

 疲れた時はアルペ味ポーション甘いもんでも飲んで、リセットってな。


「トーマ? 何を言って……」

「下手な芝居はもーえぇわ。お前は俺のことはおろか、アイツのこともわかってへん見たいやしな」

「……チッ」


 舌打ちと共に、溶けるようにその身が霞む。

 なるほどな……。


「近い服装や色合いに加え、熱で光の曲がり方を変える……。現実じゃまずあり得ない変装方法やな」

「あいにく、現実じゃ出来なくても、こっちじゃスキルが対応してくれるんでな。ある程度をそれ以上にしてくれるってことさ」


 そう言って男は口を歪めて笑う。

 しかし、わざと……なんだろうが、特徴が少ない。

 太くも無く細くも無い体型に、髪も短く、顔も平凡。

 ウォンも相当に普通だが、こいつの場合は平均を狙っている感じがするな……。


「それで、俺に何の用や」

「用ってほどでもないさ。ただ、動かれると厄介なんでね。消耗してる内に縛り上げとこうかと思ったんだがなぁ」

「そんで毒かいな」

「そそ。それで終われば楽だったんだがね……お互いに」

「……諦めてくれるって選択肢は――」

「――無いね」


 男は静かな声でそう呟き、軽い音を立てながら地を蹴った。

 右手にはごくありふれた長剣。

 それが一瞬差し込む光を反射し……俺の視線を引き寄せる。


「余所見とは……余裕そうだね」


 たったその一瞬。

 その一瞬で、男は俺の懐まで歩を進め、みぞおちへ右腕を振るう。

 右手は……剣を持っていた、はずじゃ……!?


「――グッ!?」

「やはり、だいぶ疲れてるみたいだね。あんなブラフに引っかかるなんて」

「ブラフ……?」


 言われて男の後ろへと目線を動かせば、捨てられ、地面の上で光る剣。

 ……俺の視線が向いた瞬間に、手から離したのか。

 それも、向きを変えないように意識して……。


「普段の君ならこんなブラフ、まず引っかからないでしょう?」

「クソッ!」


 腰からダガーを抜き、そのまま男へと振るうが、すでに離れられた後。

 さっきの変装もそうだったが、こいつ……視線やタイミングをずらす事に長けてやがる……。

 マトモに相手するのは避けた方が良さそうだな……。


「っはー……つーて、お前の攻撃じゃいつまで経っても倒されねーぜ?」

「それはまぁ、そうでしょう。さっきのは、君の服の下に防具なんかが仕込まれてないか調べる程度でしたから。でも、着てないってことはわかりましたので、ここからは気絶させる気で行かせて頂きます」

「……やれるもんなら、やってみろよ」


 「では」と、男は短く息を切り、再び攻めへの口火を切る。

 今度は手に何も持たず、俺の方へとまっすぐ駆けてきた。

 ……ホントに何も持ってないのか?

 そう思わせて、実は……ってやつじゃないのか……?


「――クソッ!」

「おや、そんなに大きく避けるなんて……それじゃまた攻撃が届かないですね」


 咄嗟に投げたダガーは、苦も無く避けられる。

 ペースに……飲まれるな!


「まぁ僕としては、そうやって君が勝手に自滅してくれれば楽なんだけど」

「そりゃ無理な希望やな」

「そうだねぇ……。仕方ない」


 その言葉の直後、急に男の雰囲気が変わる。

 なんだか……よく見知った……。


「それじゃトーマ。行くっすよ!」

「――ッ!?」


 俺の方へまっすぐ走りながら、両手で持った槌を振りかぶる。

 アレを受けたらさすがに不味い!

 驚いて止まってしまった足を無理矢理動かし、左側へと飛び退く。

 俺が離れた瞬間、真横から岩を砕くほどの轟音が響いた。


「……スミスか」

「さすがトーマ。よく分かってんじゃんか」

「驚いたが、それだけや。別に問題無い」

「へぇ……。じゃあ……」


 言いながら男は槌を振りかぶり、地面へと叩きつける。

 そうして飛び散った砂利石を避けるように、俺は後ろへと飛び退いた。


「これなら、届くか?」

「マジかよっ!?」

「今度こそ、本気で戦って貰うぞ。トーマ!」


 身の丈ほどある大剣を前に突き出しながら、男が砂埃を抜けてくる。

 おいおい……この姿って……。


「アルなんて……ありかよ……!」

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