第150話 三角形

 ゴッと、低めの音が僕の耳に届く。

 音の発生源を確認すれば、刃の部分が樹に刺さっていた。

 ふむ……これは結構大変そうだなぁ……。


「アキちゃん、私たちはどうすればいいの?」

「えっと、僕が樹を伐ってる間、まわりを見張っていて欲しいのと……。あと、ある程度伐れたら折ってもらったりかなぁ」

「はーい! とりあえず、まわりで待ってるね!」


 僕の言葉にハスタさんは元気な声で返し、槍を片手に取り出した。

 インベントリに樹がまるごと入ればいいんだけど、もし入らなかったらこれを運んでもらう必要もあるんだよね……。

 入ってくれれば楽なんだけど。


「ほっ! はっ! ていっ!」


 掛け声と共に、斧を樹に叩きつける。

 採取、戦闘採取術のスキルがあるからだろうか、あまりブレることなく刃が当たってくれるので、いい感じに伐れそうだ。


「アキさん。水平だけでなく、樹に対して斜めにも入れてください」

「え?」

「伐り倒す時は三角形を作るように伐ると、後から倒しやすくなりますので」

「あ、はーい!」

 

 オリオンさんの指示に従って、今付けた切り口に対して斜めにも斧を叩きつけていく。

 後々調べたことだけど、どうやら本来は『水平、次は斜め、また水平』と、繰り返して叩きつけるものだったらしい。

 ともかく、この時の僕はそんなことを知らず、オリオンさんに言われなければ、ずっと水平に伐ってたんだろうなぁ……。

 オリオンさんがいて助かったよ。


「アキ、がんばって」

「うん! 任せて!」


 僕の横、斧が当たらないぐらいの距離で、ラミナさんが応援してくれる。

 それは嬉しいんだけど……ちゃんとまわりは見てくれてるんだろうか……。

 あ、なんか草とか抜き始めた。

 自由だなぁ……。


「お、そろそろ倒せそうです?」

「そうですね。それでは、倒しましょうか」

「えっと、切り口の反対側から押すんでしたっけ?」

「そうですね」

「みんなで押します?」

「いえ、大丈夫ですよ。アキさんは、次の樹をお願いします」

「あ、はい」


 僕が樹から離れたのを確認して、オリオンさんはインベントリから白手袋を取り出す。

 あ、もしかして……。


「――ハッ!」


 オリオンさんの声が聞こえた瞬間、なにかを叩きつけるような、低い音が響く。

 そして、ミシミシと割れるような音を立てて、樹が地面へと叩きつけられた。


「……は?」

「さて、枝払いはあちらに戻ってから行いましょうか。これがインベントリに入れば良いのですが」

「え、あの、オリオンさん?」

「はい。なんでしょうか?」

「今の……なんですか?」


 アレだけの音を立てて、叩きつけたにしては、手袋はほとんど汚れていない。

 少し触れて汚れてしまったという程度だ。


「何と言われましても……。ただの掌打ショウダですが」

「手のひらだけで、そんなに威力って出るんですか……?」

「武術、と言いますか、人体を動かす基本は電気信号と筋肉の収縮です。すなわち、その電気信号や筋肉の動作をスムーズに行い、打面に対しまっすぐ力を加えることができれば、あの程度は可能ですよ」

「は、はぁ」


 えーっと、つまり……叩きつける手のひらに対して、まっすぐに力が加わるよう、体の動きをコントロールしたってこと?

 それって、そんなに簡単にできることじゃないよね?

 あ、でもそれって……。

 

「オリオンさん、それって武器を持ってても出来るんですか?」

「えぇ、可能だと思いますよ。手のひらのように、自分の体ではないので慣れるのは難しいかも知れませんが……」

「なるほど」

「ねぇねぇ、それって私も使えるのかな!?」

「えぇ、練習すれば使えるかと思いますよ」

「槍の先端から一気にズバーッて貫けちゃったり!?」

「ええ。できなくはないと思いますよ」

「うわー! 覚えたい!」


 ハスタさんが、目を輝かせながらオリオンさんに迫る。

 そんな彼女を、微笑ましく見ながら、オリオンさんは小さく頷いた。


「では、少し練習してみましょうか。アキさんも斧の練習ついでにやってみましょう」

「あ、はい」

「やったー! ありがとー!」


 こうして僕らは、オリオンさんを先生役にして、樹を相手に体の使い方を練習することになった。

 これで少しでも、みんなと一緒に冒険が出来るようになればいいなぁ……!

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