第147話 我慢すれば

 携帯コンロを作業台の上に置いて、水を入れた鍋を火にかける。

 それと平行して、インベントリから取り出した[薬草]を水で洗い、大きく切り分けた後、ある程度温まったお湯の中にいれた。

 お玉でゆっくりかき混ぜながら、浮いてくる灰汁を掬うように取っていく。


「手慣れてる……」

「ほぼずっとやってるからね」

「アキ、すごい……」

「そんなことないよ。これだって一番簡単なポーションだしね」


 別に[最下級ポーション(良)]が必要だったわけじゃないんだけど、会議で疲れてしまった心を癒すには、これが一番手っ取り早かっただけ。

 ……やっぱり僕は、お薬を作ってる方が性に合う。

 会議とか、そういったことは他の人に任せたいよ……。


「後はこれを瓶に移してっと……」


 作業開始から、体感10分ほどで完成。

 最下級は、溶かしたり粉末にしたりしない分、早く完成するのがいいよね。

 ただ、灰汁取りがいるから、付いてないとダメなのが面倒だけど……。


「これが、ひとつ上の[最下級ポーション]ですか?」

「うん、そうだよ」


 僕のそばで作業を見ていた女性が、そんなことをいいながら瓶を手に取る。

 彼女たちからしたら、珍しいアイテムになるんだろうけど……。


「でも、作業の違いとしたら、灰汁を取ったくらいなので、誰でもできると思いますよ?」


 実際、料理をしてる人なら絶対気になってやってると思うんだけど……。

 それでも、見つかってないってことは、それ以外の何かがあったのかな?


「それで、アキさん。少しは落ち着けましたか?」

「あー、うん。多少は?」


 良品レシピのことを考え始めそうになったタイミングで、オリオンさんから釘が刺さる。

 僕がそっちから逃げようとしてたの、バレてたみたいだ。

 まぁ、少しだけでも現実逃避できたからよかったけど……。

 僕は小さく息を吐いてから顔をあげ、口を開いた。


「んー、みんな聞いて欲しいことがあって、さっきの会議の件なんだけどね。結論から言うと……見事に決裂しました。 ごめんなさい!」

「決裂……ですか?」

「決裂っていうと、なんだか違う気がするんだけど。えっと……」


 さっき僕の作ったポーションを観察していた女性が、困惑した顔を見せる。

 まぁ、実際決裂ってわけじゃないし……シンシさんもヤカタさんも、僕に力を見せて認めて欲しいみたいな感じだったし……?

 というか、なんで僕がそんな立場にさせられてるんだろう……。


「アキさんの言葉を補足させていただきますと、決裂というよりも、他の2部門は別行動をされるとのことです」

「そう、そういうことです! その、私の言い方が悪かったのかもしれないんだけど……。今の拠点ってね、まだ全然設備が整ってなくて、調査とか探索に行ってくれた人達が休めるような場所なんかもないんだ」


 まわりを見てみれば、みんながちゃんと聞いてくれてるっていうのが、視線と顔つきでわかる。

 直視されて怖いなって想いと、反面、耳を傾けてくれるってことが、すごく嬉しくもなってくる。

 代表なんて、ホントに責任重大で、逃げてしまいたいのは変わらないけど……。


「もちろん、生産道具や環境が整ってないのもわかってる。私だって、調薬は自前の携帯コンロでしかできないんだし、それぞれのスペースだってそんなに広くはない。……けど! 調査に行ってくれた人達には、帰ってきて休む場所すらまだ全然ないんだ。今だって少しだけだけど、不満は出てきてる」

「……まだ2日目ですよ? もうそんな声が……?」

「そう。出てる」

「そんな……1、2日くらい我慢すればいいのに」


 僕の説明に驚いた女性が、そんな声をあげる。

 確かに1、2日だけど……。


「たった1日……2日。たった……?」

「そうでしょう?」

「何が出てくるか分からない森や島を、ゆっくり調査しながら見てまわって……。がんばって確認した後に、ようやく拠点で休めると思ったら……」


 何を当たり前なことを、と言わんばかりの態度の女性に、僕は淡々と言葉を繋げていく。

 たった1日……、けど彼らにとってみたら、緊張しっぱなしの1日だったかもしれない。

 強敵と戦って、なんとか生き延びた1日かもしれない。

 それなのに、戻ってきてみたら休むところも、戦利品を広げる場所もない……。

 そんなの当たり前で不満が出る。

 出るに決まってる。


「……僕はまず、調査の人たちのために、拠点設備を充実させようと思います」

「……」

「あなた方がどう思うかは自由です。生産設備を充実させたいと思うなら、シンシさん……装飾かその他の代表に掛け合ってください。たぶんそれで仕事を回してくれると思います」

「あ、あの……」

「それでは」


 なにかを喋ろうとして、言葉が出ず固まったままの人達を置いて、僕は軽く頭を下げる。

 きっと僕は少し……生産プレイヤーとしてはズレてしまってるんだと思う。

 まぁ、それでもいいか、って思えるのは、頭に響く仲間の念話のおかげかもしれない。

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