第141話 作ってみよう

「それで……何を作ってたの?」


 多少落ち着いた臭いの中で、僕はその作成者の女性に尋ねる。

 緑色の髪をした女性は、僕の質問に対してバツが悪そうな顔をしながらも、ゆっくりと口を開いた。


「その、ポーションとして成分を抽出した後の薬草を、他のなにかに使えないかと思いまして……」

「ふむふむ」

「それで、水を切って乾燥させた後、粉末にして……」


 ……即効性だ。

 確かにそう言われると、即効性の腐った時の臭いと近いような気がする……。


「一応聞くんですけど……。今まで粉末状態の薬草を水に入れたことは?」

「2度ほどあります。即効性になりますよね」

「……ですよね」


 知ってるのになんでやるんだろう……。

 臭いが薄いのは、薬草の成分が先に作ったポーションの方に出てしまっていて、弱くなっていたからだろう。

 でも、それにしても……酸味だけが妙に感じる?


「アキさん、少し失礼します」

「え? あ、はい」


 僕の後ろに立っていたオリオンさんが、突然僕らの間を抜け、鍋に近づいていく。

 そして鍋の前に立つと、ゆっくりを鍋の方に鼻を近づけた。

 ……目とか鼻とか、痛くないのかな?


「この臭い……」

「ん? 何かわかりました?」

「もしかすると、リモに近いなにかが入っていませんか?」

「リモ?」


 リモ……リモってなんだろう?

 今まで聞いた事がないんだけど、オリオンさんが知ってるって事は料理とかに使う素材なのかな?


「ふふ。アキさん、リモというのは現実世界で言うところのレモンですよ」


 僕の方を見て柔らかく笑いながら、オリオンさんは答えを教えてくれる。

 どうやら意識していなかったけど、自然と首を傾げていたらしい。


 それにしてもレモンかぁ……。

 まぁ……リンゴもあるんだし、あってもおかしくはないけど。


「その、なんでその、リモ? って分かるんですか?」

「仕事柄、リモやそれに近い柑橘類を扱うことも多いですからね。あれらは柑橘類特有の臭いがありますので」

「あぁ、なるほど……」


 それでさっき鍋に鼻を近づけてたんだ……。

 僕だったら絶対やりたくないんだけど、職人さんってみんなすごいんだなぁ……。


「それでどうですか? 薬草以外に何か入れたりはされましたか?」


 僕がそんな見当違いな感想を抱いてる横で、オリオンさんが女性に優しく問いかけていた。

 見慣れてきた僕からすると、ごくごく普通の微笑みなんだけど、見慣れない人……とくに女性からするとオリオンさんの微笑みは爆弾みたいなものなのだろうか?

 オリオンさんに問いかけられた女性は、彼の方を見たまま顔を朱く染めて首を振ることしか出来ないみたいだった。


「アキさん。どうやら使っていたみたいですよ」

「なるほど……。でもなんで?」

「それは、味を変えた方が処理するのも手軽かと思いまして……」


 彼女が言うには、元々実験のつもりで作っていたらしく、即効性として完成したらすぐにでも飲んでしまうつもりだったらしい。

 しかし実際には成功せず、臭いだけを放つ失敗作になってしまい、どうするか戸惑っていたところに僕らがやってきた、ということだ。


「一応、なんですけど……今まで味付きのお薬って作ったことは……?」

「……ないです」

「そ、そうですか……」


 オリオンさんの前で見せていた意味とは違う意味で、彼女の顔が朱く染まる。

 ……まぁ、試作に失敗はつきものだし、ね?


「あの……、味付きの薬を作ってみようと思ってる方は多いみたいですが、成功した人はいないって……」

「えっ!?」


 僕らのやりとりを周りから見ていた別の女性が、小さな声でそう口にした。

 味付きを作ったことないって……、そんな……。

 ガラッドさんに依頼された時も、難題を言っているって感じじゃなかったから、僕より先に作ってる人がいると思ってたんだけど……。


「ええっと……、すみません。ちょっと確認したいことがあるので、皆さんの作れる[最下級ポーション]で一番品質が良くなる作り方を教えて貰ってもいいですか……?」

「え? えぇ、いいですけど……」


 唐突な僕の言葉に当事者の女性は勿論、途中で言葉を挟んだ女性も虚を突かれたみたいな顔を見せてから、薬草を取りだした。

 包丁を使い、ザクザクと薬草を切っていく。

 そして、それをお湯の中に入れ、煮立たせて……。


「――はい、これでいい?」


 ……なるほど。

 とても基本的なポーションの作り方。

 何度も繰り返し行ったんだろうなぁ……、動きに戸惑いがない。

 けど……、これだったら失敗するだろうなぁ……。

 

 だって彼女たちが見せてくれたのは、僕がおばちゃんに教えて貰った[最下級ポーション]の作り方だったんだから。

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