第130話 ちょっとした試作品

「おはようございまーす……」


 カランと鳴る扉を開き、お店の中に入る。

 椅子やカウンターなど、落ち着いた調度品でまとめられた店内は、まだ僕以外にお客さんは来ていないみたいだ。


「おや、アキさん。おはようございます、早いですね」

「オリオンさん、おはようございます。前回遅刻しちゃったので、今回は遅れないぞ、と」

「あぁ、なるほど。良い心がけですね。どうぞ、自由におかけください。飲み物いれますね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 カウンターの向こうで、オリオンさんがお茶を用意してくれる。

 誰も来ていないからか店内はとても静かで、オリオンさんの入れてくれるお茶の音だけが、僕の耳に聞こえた。

 何気なく見ていてもわかるくらいに、オリオンさんの動きは綺麗で、手慣れているというレベルを遥かに超えているような気がする。


「アキさん。そんなに見られると、ちょっと照れてしまいますので」

「あ、すみません」


 オリオンさんはそう言って、少しだけはにかむ。

 何気なく見ていただけだけど、人に見られるのはやっぱりちょっと恥ずかしいよね……!

 僕もカナエさんに調薬を見られてるのが、少し恥ずかしかったし……。


「さすがにイベント用に少し片付けていたので、手軽に……ですが」

「あ、ありがとうございます。充分過ぎますよー!」


 音も立てずに、僕の前にお茶とお菓子が置かれ、その後、オリオンさんも対面に座った。

 いつものアルペティーと違う香りがする……。

 アルペみたいな甘さが強い香りじゃなくて、少しスッキリしてる感じ……。


「あの、オリオンさん。今日は何のお茶なんですか?」

「そうですね、飲んでみてください。ちょっとした試作品なので」

「試作品……。元を知らずにどう感じるかって事ですか?」

「えぇ。変なものではないので安心してください」

「わかりました」


 カップを軽く掴み、まずは香りを今一度確かめる。

 アルペよりは甘みが抑えめで、むしろ少しすっとする感じ……?

 甘いのが苦手な人でも、これなら全然飲めるんじゃないだろうか?


「いざっ」


 ゆっくりと口を付けて、ちょっとだけ口に含む。

 すぐに飲み込まず、舌の上で味を楽しむように遊んだ後、飲み込んでいく。

 なんだろう、今までの紅茶とはまるで違う感じ……。

 甘さもあるけど、どちらかといえばスッとした爽やかな味……。


「でも美味しい……」

「それはよかった。数日ほど何度も試行錯誤して、ようやくお客様に出せる可能性があるものに仕上がりましたから」

「そうなんですね。結構スッキリとしてて、爽やかな感じで、今くらいの時間に飲むならすごく合いそうです」

「なるほど。確かに言われてみると、朝の目覚めにちょうど良い味かもしれませんね。モーニングに合わせて出せるようにしてみましょうか」


 朝から紅茶を飲んでスッキリ……。

 結構良いかもしれない!


「あれ? このお店って、モーニングもやってるんですか?」


 オリオンさんって、たぶん社会人だよね?

 ネットで現実の詮索は、NGって聞いた覚えがあるから、さすがにそこは聞けないけど……。


「えぇ、もちろんですよ。私のいない時は、住民の方にお願いしているのです」

「へー! そんなことも出来るんですね!」

「えぇ、と言ってもお願いできるのは簡単な事だけですが。今回の紅茶は、私がいる時だけのメニューすれば問題はないでしょう」


 アルバイトみたいな感じなのかな?

 それなら、プレイヤーも色々自由に出来て楽しいかも!


「アキさんはお店を開かないのですか?」

「え!? 僕ですか!?」

「えぇ。お薬を販売するお店なら、アキさんにピッタリだと思いますが」

「んー……。まだそこまでは考えてないんですよね……。作れないお薬も多いですし……」

「なるほど。でもそれはやりながらでも可能かと思いますよ。私としてはアキさんのお店、少し見てみたい気がしますね」


 オリオンさんはすごい優しい声で、そんなことを言ってくれる。

 僕のお店……かぁ……。

 おばちゃんみたいにお薬も売って、雑貨も売ってじゃない、お薬だけのお店……。

 僕にできるんだろうか……?


「……そのうち、開けたら」

「えぇ、それで良いと思いますよ。開かれたら、また教えてくださいね」

「それはもちろん」


 僕の返事に頷いて、オリオンさんはお茶を飲み干す。

 彼がカップを置くと同時に、カランと音を立ててお店のドアが開いた。

 誰が来たのかは、振り返らなくても話す声で分かる。


「おはようございます。アルさん、トーマ君」

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