第106話 『つくる』ということ

「で、これがその例のヤツってわけじゃな?」

「はい。飲みやすくなりながらも、効果はしっかりと残してあります」

「ほう……、ちょっと待っとれ」


 彼は真剣な顔でそう言って、瓶を片手に奥の扉から部屋を出ていく。

 きっと、実際に使用して確認をするつもりなんだろう。

 たった数分待つだけの時間。

 けれど、僕の額には汗がにじみ、頬へと滑り落ちてくる。


「きっと大丈夫だ」


 僕の横に立つアルさんが、そう小さく呟いた。

 それに合わせてか、シルフも一度だけ首を大きく縦に振って、笑顔をみせてくれる。


「……ありがとうございます」


 けれど僕は、そう小さく返すことしかできない。

 瓶を受け取って歩いていったガラッドさんの顔を見て気付かされた。

 お薬を作ると言うことは、こういうことなのだ、と……。


 今回の依頼は、今までのように応援や成長を兼ねての依頼じゃない。

 きっかけは交換条件だったけれど、ガラッドさんの大切な人を助けるための依頼だ。


 そう気付くと同時に、本当にアレで良かったのか?

 もっと他にも手があったんじゃないのか?

 そんな思いがずっと頭の中を回り始めた。


 たった数分、待つだけの時間。

 それが僕には、とても長く、辛い時間に思えた。


「おう、待たせたな」


 その声に俯いていた顔を上げれば、いつの間にかガラッドさんが僕の前に立っていた。

 彼の顔は瓶を持っていった時と同じ、とても真剣な顔。

 あぁ、これはダメだったのかもしれない……。

 

「……どう、でしたか?」


 どうにか絞り出した声は、あまりにもか細く聞こえて……、本当に僕は喋れたのかわからないほど小さい声だった。


「……、飲んでくれたわ。嬢ちゃん……、いやアキさん、ありがとう」


 彼は言葉を言い終わると同時に、僕の前で頭を下げる。

 けれど緊張からか、当の僕はその言葉に理解が追いつかなくて、「え?」と小さく声を漏らすことしかできなかった。


「あいつ、これじゃったら飲めるってな。美味しそうに飲みおったわ」

「え? あ、じゃあ、お薬は……」

「おう! あれなら問題なかろう!」


 ガラッドさんはそう言いながら、豪快に笑った。

 その笑い声に張りつめていた糸が切れたのか、僕の体から唐突に力が抜け、ゆっくりと腰が地面へと落ちていく。


「あっ……」


 落ちる、と思った直後、抱きかかえられるように後ろから誰かに支えられた。


「ったく危なっかしいやつやな、きーつけや」

「え? あれ?」

「なんや、まだ立てんか?」

「……、大丈夫」


 支えて貰いながらゆっくりと立ち上がり、後ろへと向きを変える。


「ありがと……でもトーマ君、なんでいるの?」

「はっ、ずいぶんな言われようやなぁ……」


 予想通りというか、予想外というべきか……。

 お礼もそこそこに、そんな言葉が出てきてしまう。

 しかし彼も、僕の戸惑いがわかっているのか、言葉とは裏腹に顔は笑っていた。


「おう、トーマじゃねぇか。今日も来たのか? アイツなら奥じゃぞ」

「りょーかい。ちょうど良いな、アキ。そっちの用件が終わったら連絡をくれ」

「ん?」

「ちっとばかし紹介したいやつがな」


 トーマ君の言葉に、アルさんへ視線を送れば、彼は軽く頷いてくれる。

 僕もこの後は特に予定がないし……、うん。


「わかった、連絡するね」

「サンキュ、頼むわ」


 そう言って彼は、するりと僕らの間を抜けて工房の奥に消えていく。

 アルさんの存在感のある立ち姿もカッコいいけれど、トーマ君の流れるような動きもすごいなぁ……。

 っとと、今はガラッドさんとの話に意識を戻さないと!


「えーっと……お見苦しいところを」

「かたっくるしいのはいらん。それに儂も若いころは、何度も倒れたもんじゃ」

「そうなんですか?」

「そりゃそうじゃ。人と鉄と火に囲まれての、神経を擦り減らしたもんじゃ」


 ガラッドさんが教えてくれたのは、彼の若いころの話。

 打っても打っても自分が思うように打てず、何度も心が折れそうになったこと。

 いざ一人前になって依頼を貰っても、満足のいく武器を渡すことができなかったこと。

 それでも、良い武器が打てたり、依頼主の喜ぶ顔が見れたときがとても嬉しくて、炉の前で一人だけの酒盛りをしたこと。


「じゃからな、アキさん。お前さんが思わず力が抜けてしまうくらい考えてくれたこと、そしてこの結果に対して、儂はお前さんに返させて貰うつもりじゃ」

「え、それって……」

「お前さんの武器、任せてくれい。今できる最高を造らしてもらうぞ!」

「……っ! ありが……、お願いします!」


 咄嗟にお礼を言いそうになったけれど、ここで言うのはお礼じゃない。

 それは完成した時に……、今はガラッドさんを信じて、任せる時だから。


「カカッ! もう一端の職人じゃな!」


 その言葉を聞いて、ガラッドさんはまた楽しそうに笑う。

 彼が笑う理由が分からなかったのか、言い直した僕を不思議そうに見つめるシルフとアルさんが面白くて、僕もつい笑ってしまった。

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