第90話 最初の気持ち

「美味しかったです! ありがとうございます」

「喜んでいただけたなら、お誘いした私としてもとても嬉しいです」


 あれから、少しだけオリオンさんを交え3人で話をして、程なくしてから僕とカナエさんはお店から出た。

 今は、おばちゃんの雑貨屋へ向かう途中で、大通りを並んで歩いてる。


「オリオンさんも優しくて、大人の男性って感じでした……!」

「オリオンさんとは一度、パーティーを組んで街の外に行ったことがありますが……。実は、とても強くて、お店とはまた違う姿が見られるんですよ」

「え、そうなんですか!?」

「はい。アキさんの前で着けていた手袋が武器でして……」


 笑顔で身振り手振りをしながら、カナエさんがオリオンさんのことを話してくれる。

 けれど僕は、あの失言の時のことを思い出してしまい、少しだけ恐怖心がぶり返してしまった……。

 だって、オリオンさん……。

 僕の前で、武器を構えてたのと同じこと……だよね……?


「アキさん……?」

「ぁ、いえ、大丈夫です! 少しだけ考えごとをしてまして……」

「あぁ、なるほど……。そう言えば、甘い味付きのお薬を作ろうとしてるとのことでしたが……」

「えぇ、そうなんです……。街の住民の方から、ちょっと依頼のようなものが入りまして……」


 実際は依頼じゃなくて、僕が採取道具を依頼する代わりの交換条件なんだけど……。

 でも、やることは一緒だから別にいいよね?


「お薬を作るというのは、どんな感じなのでしょう……?」

「ん?」

「いえ、なんと言いますか……。私はこっちの世界で生産活動をしたことがないので、アキさんやオリオンさんのように、ゲームの中で何かを作るということが、余りピンと来ないと言いますか……」

「そう、ですね……。もしよかったら、見に来られます?」

「え、いいんですか?」

「はい。と言っても、目の前でお作りするのは一番簡単な[最下級ポーション]ですけど……。それでもよければ」


 そう、僕だってオリオンさんと同じで、僕たちが頑張って見つけた作り方を無条件に公開する気はない。

 それは、もし興味が湧いて、カナエさんがお薬を作り始めたら、自分で探してほしいって思うから。

 その方が絶対楽しいって、少なくとも僕はそう思う。


「ぜ、是非、見させてください!」

「うん! じゃあ、おばちゃんのお店に戻ったら作ってみよっか!」




「鍋に水を入れて火にかけといて……、その間に薬草を細かく刻んで……」

「なんだかお料理みたいですね……」

「ポーションの作り方は特にそうかも。でも、それ以外の……、たとえばこれとか」


 僕は鍋に薬草を入れて混ぜつつ、空いた手でインベントリから、小さい木箱に入った[薬草(軟膏)]を取り出す。

 そして、それを机の反対側で見ていたカナエさんの前に置いた。


[薬草(軟膏):10秒ごとに、HP2%回復。持続時間2分

薬草の成分が入った軟膏。少しスーッとする]


「これは、軟膏状にした薬草です。これは全然違う作り方をしてます。ただまぁ……、興味を持った時に自分で探してみて欲しいので、作り方はお伝え出来ないですけど……」

「いえ、大丈夫ですよ。それは先ほど、オリオンさんも言われていましたから。こちら、ちょっと開けてみてもいいですか?」

「あ、はい。どうぞ」


 答えつつ、鍋のお湯にほどよく色がついた段階で火を止める。

 今回はシルフにお願いするのも難しいだろうし、このまま置いておいて冷まそうかな……。


「なんだか、あっちの世界で言うところの……、ミントのクリームみたいですね」

「あー……。確かにそうかもしれないですね」


 [薬草(軟膏)]はその説明通り、体に塗ると効果が出るタイプのアイテムなんだけど、薬草に含まれる成分の関係か、塗った場所が少しすっきりする感じがある。

 そういえば軟膏も、元になるアイテムを変えたら、効果が変わるのかな……?


「っとと、そろそろ冷えただろうし……」


 机の上にポーション用の空き瓶を並べて、中にゆっくり注いでいく。

 今回は[最下級ポーション]だからか、最近作ってる[最下級ポーション(良)]に比べると、だいぶ濁った色の水だ。

 見るからに苦そうで、何度見てもこれを戦闘中に飲むのは勇気がいりそう……。


「はい、これで[最下級ポーション]の完成です」

「見てる感じでは結構簡単そう……ですね」

「そうですね。ぼ……私でも1回で成功しましたから」


 おばちゃんに教えてもらって、初めて作ったお薬。

 けれど、初めてこれを作った時に、シルフと二人で喜びながら、もっと良いモノを作りたいって思って……。

 そう思ったから、今でも作ってるんだと思う。


「なんだか、アキさん、楽しそうですね」

「ん? そう?」

「はい。お誘いした時より表情も柔らかいですし……、とても楽しそうです」


 僕にはわからなかったけど、そう見えるってことは、そうなのかもしれない。

 指摘されて、少し恥ずかしくなった気持ちを隠すように、僕は片づけのために道具へと手を伸ばした。

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