第85話 旅立ちの足音
「あら、おかえり」
「あ、ただいまです」
雑貨屋の戸を開けて中に入りつつ、おばちゃんに返事を返す。
その言葉に頷きつつ、おばちゃんは僕を呼ぶように手を動かした。
「ん?」
「あんた、ガラッドのとこ行ったんだろう? どうだった?」
「んー……、なんだかすごい熱かったのと、打ってる時、ガラッドさんがすごく真剣な顔で……」
「そうかいそうかい。楽しかったかい?」
「うん! こう、おばちゃんが薬を作ってくれてるときもドキドキしてワクワクしたけど、同じくらいドキドキしたかも」
僕の言葉に、おばちゃんは嬉しそうに笑って、頭を撫でた。
ちょっと子供っぽい感想だったけど、今思い出してみたら、言葉にできないくらい真剣でドキドキしてたんだ。
「ぁ、そうだおばちゃん」
「ん? なんだい?」
「ガラッドさんのお子さんが飲んでるお薬って、どれなの?」
「なんだい、いきなり」
「あ、えっとね……」
ガラッドさんからの交換条件を、思い出しながらおばちゃんに伝えていく。
それを聞いたおばちゃんの顔は、笑い顔から次第に呆れ顔になっていった。
「ガラッドも大人気ないけど、あんたもあんただねぇ……」
「あ、あはは……」
「まぁいいさ、これだよ。ただ、あの子は物を飲み込むのも苦手だからね……。その辺も気を付けてやっとくれ」
「あ、はい。じゃあ固形よりは液体の方がいいですよね?」
「そうだねぇ……」
ということは……、錠剤はやめてシロップみたいな、甘い味の液体がいいのかなぁ……。
アルさんのために、そのうち作ろうとは思ってたアイテムだし、そっちの方向で色々試してみようかな?
「となると、果物とかが必要かな……? おばちゃん、果物売ってるところって知ってる?」
「ん? 果物だったら、南門付近の市場やら、その辺のお店でも売ってるよ」
「ぇ、そうなの?」
「あんた……、もしかして全然他のお店見てないね?」
「うぐっ」
僕の反応でわかったらしく、おばちゃんは僕の方を見ながら、大きくため息を吐く。
いや、自分でもその気持ちがわかっちゃうけど……。
「ご、ごめんなさい……」
「ある程度ちゃんと知っておくのも、大事だからね? あんたらはいつか、ここから出ていくとしてもさ」
おばちゃんのその言葉に、俯いてた顔をあげれば、少し寂しそうな顔をしたおばちゃんが見えた。
事実、これからゲームを続けていけば、この街を離れて先の街へ移動していくことになるんだと思う。
それはつまり……。
「おばちゃん……、その……」
「なんだい、しんみりして。ほら、さっさと市場にでも行ってきな」
「え、あ、うん! 行ってきます」
おばちゃんに背中を押され、戸を開いて外にでる。
振り返って見てみたら、なんだか雑貨屋の扉が、ひどく小さく見えた。
(アキ様、アキ様。なんだかいっぱいありますよ!)
「そうだね……。でも、これ味がわかんないや……」
(気になるものを、一つずつ買って確かめるしかないですね……)
「そうだねぇ……」
シルフと会話しながら、露店の並ぶ市場の中を歩いていく。
色とりどりの果物が並んでおり、手に取って鑑定をしていけば、果物の名前なんかはわかるんだけど、どんな味なのか、とかはまだわからない……。
あっちの世界のりんごとか、イチゴとかみたいな味の果物があれば良いんだけど……。
「んー……」
「お嬢ちゃん、どうしたん?」
「ん?」
唸りながら果物を見ていると、横から声が聞こえた。
お嬢ちゃんって……、僕のことかな……?
そう思って声のした方向へ顔を向ければ、活発そうな女性が僕の方を見ていた。
年齢的にはアルさんより少し上に見える。
それに、果物の山を隔てた先にいるってことは、この店の従業員さんかな?
「いや、ウンウン唸りながら見てるから、どうしたのかなってね」
「ぁ、うるさかったですか? でしたら、ごめんなさい……」
「や、別にそれはいいんだけど、どうしたの? 何かわからないことでもあった?」
謝る僕に少し笑いながら、お姉さんは話を続けてくれる。
これは相談してみてもいいのかも……?
「あの……、果物を買いに来るのが初めてで……。どれがどんな味なのかわからなくて……」
「あぁ、なるほどね。ちなみに、どんなのを探してるの?」
「えっと、小さい子が好きそうな、少し甘めの果物なんですが……」
そう言った僕の言葉に頷いて、彼女は近くのカゴから薄黄色の果物を取る。
そして、それを腰に差していたナイフで一口大の大きさに切っていき、僕に渡してきた。
「ほら、食べてみて」
「ぇ、良いんですか?」
「もう切っちゃったからね」
「ぁ、はい。いただきます」
お姉さんから果物を受けとり、半分ほど食べる。
あっちの世界でいうところの、りんごや梨に似た食感の果物みたいで、ほのかな甘味が美味しい。
それに、水分も多いみたいで、噛んだ瞬間、果汁が溢れてくる。
これは美味しいかも……。
「どう?」
「美味しいです! 噛んだ瞬間、果汁が溢れてきますし、甘いですし」
「求めてる味に近かった?」
「そう、ですね……。こんな感じのものを何種類か見積もっていただけたら……」
「はいはーい、ちょっと待ってね」
そう言ってお姉さんは似たような形の果物を3種類ほどまとめていく。
1種類当たり5個ほどにしてもらい、代金と引き換えに受けとり、僕はインベントリへと入れた。
「うん、ひとまずはこれだけあれば大丈夫です。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそありがとう! 私は大体ここら辺で露店を開いてるから、またよろしくね」
「はい、ありがとうございます!」
お姉さんにお礼を言いつつ、頭を下げてお店から離れる。
お姉さんは手を振りつつ、僕がある程度離れたタイミングで、別のお客さんの対応に移ったみたいだ。
話しやすいお姉さんだったし、また買いに来るときはここに来ようかな。
そんなことを考えながら、僕はおばちゃんの雑貨屋へと足を向けた。
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