第63話 腕の中

 身体から感じるほのかな温もりに、暗闇の中、意識が戻る。

 しかし、身体に力は入らない……まるで、四肢と接続が切れてしまってるみたいに。


「――――」


 口も動かせないから、声も出ない。

 出るのはなんだかよく分からない、息が漏れたような音だけだった。


「……? ……」


 それでも僕が起きたことに誰かが気付いたのか、周囲がにわかに騒がしくなった。

 何を言ってるのかはわからないけれど、耳から音は入ってくる。

 そして、ふいに暗闇の中に光が差し込むと、僕の視界にゆっくりと色が戻ってきた。


「……こ、は?」


 視界に映るのは、なにやら見たことのない天井。

 すごく……自然味のある、天井。

 そんなことを考えていた僕の隣りに誰かが座り、僕の背を押して……どうやら座らせてくれるようだ。


「アキ様、よかった……」

「トーマを呼んでくる。アキさんはもう少し休んでいてくれ」


 シルフに支えられ、なんとか座った僕を見て、アルさんが背を向ける。

 呼んでくるってことは、トーマ君は別のところにいるんだろうか?


 妙なだるさを感じつつ、HPゲージに目を向ければ、大体80%ほどまで回復していた。

 みんなと一緒にいるってことは……僕は死ななかったんだろうか?


「アキ様。ここは木に空いた穴の中です。蜘蛛のエリアから少し離れた場所になります」

「そう、なんだ……」


 さっきよりは大分声が出るようになった気がする。

 たぶんさっきまでは、喉が乾燥してたのかもしれない。


「よ、アキ。起きたか」

「……トーマ君?」

「せやで。それでいきなりなんやけど、アキ。君、どこまで覚えとる?」

「え? えっと……」


 目を閉じて思い出そうとすると、自然と身体が震えてくる。

 そうだ、僕……あの蜘蛛に……。

 思い出した牙の鋭さと、その牙が生み出した痛みに、思わず腕で身体を抱きしめる。

 そんな僕を見てトーマ君は「わかった、それ以上はええで」と頭を撫でてくれた。



「アキが俺らと分断された後、俺とアルはひとまず周辺の蜘蛛を倒したんや」


 僕の様子が落ち着いた頃を見計らって、トーマ君は静かに語り始める。

 あまり頭の動いてない僕にも分かるように、ゆっくりと。


「幸い、俺らは蜘蛛と戦ったこともあったんでな。戦闘面では不安要素もなかった。……ただ、敵の数が多すぎた」


 トーマ君が語る話は、実際に体験していなければ、誇張された物語として受け取っていただろう。

 けれど僕は……一瞬で作り上げられた、あの白い壁を知っている。


「あんまりにも数が多いんでな、アルなんか数匹まとめて貫いたり、ちぎったり投げたりの……ありゃ完全なバーサーカーやったな」

「……トーマ」

「っと、それでやな――」


 トーマ君達2人がかりで蜘蛛を倒したからか、5分ほどで急激に数を減らせたらしい。

 その結果、僕を助けに動けるようになったみたいだけど……。


「アキとの間にあった壁が、凄まじくてな。入ろう思ったら、上からくらいしか無理やってん。多分、俺らが戦っとる間にも、壁を大きくしとったんやろ」

「完全に見えなくなっていたからな。左右を見渡してみても切れ目ひとつなかった」

「せやからアルに飛ばしてもらってん。大剣で打ち上げるみたいにな」


 そう言って、トーマ君は指でその動きを見せてくれる。

 ……飛んだトーマ君も凄いけど、大剣を使ってトーマ君を投げたアルさんが凄い。

 絶対重たいよね!?


「トーマがいきなり、俺を上に飛ばせ! とか言い出してな……」

「あんときはホンマにすまんかった! けど、結局やってくれたやんか!」

「仕方ないだろうが……。実際、それしか手がなかったのも事実だ」


 飛んだ後は、近くの木の枝を使って上の枝に、そしてまた上にと繰り返して、僕のいた場所に入って来れたらしい。


「したら、アキが蜘蛛に抱きつかれた状態で死にかけとったんや」

「なるほど……」

「ただ、あの蜘蛛……上から刺し殺そうと飛び降りたら、直前に避けてな……逃げられたわ」


 それでも僕の解放はできたみたいで、すぐ[最下級ポーション(良)]を飲ませてくれたらしい。

 その時のHPゲージは、今にも消えそうなくらいギリギリだったみたいだ。


「んで、その蜘蛛が群れのボスやったみたいで、後を追うように周りの蜘蛛も消えたわ」

「あとは、シルフさんに補助してもらいながら俺が糸の壁を破壊して、ここに逃げ込んだ、というわけだ」


 そうか……そんなことがあったんだ。

 でも結局、助けてもらっちゃったんだな……。


「……」

「アキ?」


 やっぱり僕は、足手まといで、役に立たない……2人の手を煩わせるだけの……。

 そんなのならいっそ……。

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