第63話 腕の中
身体から感じるほのかな温もりに、暗闇の中、意識が戻る。
しかし、身体に力は入らない……まるで、四肢と接続が切れてしまってるみたいに。
「――――」
口も動かせないから、声も出ない。
出るのはなんだかよく分からない、息が漏れたような音だけだった。
「……? ……」
それでも僕が起きたことに誰かが気付いたのか、周囲がにわかに騒がしくなった。
何を言ってるのかはわからないけれど、耳から音は入ってくる。
そして、ふいに暗闇の中に光が差し込むと、僕の視界にゆっくりと色が戻ってきた。
「……こ、は?」
視界に映るのは、なにやら見たことのない天井。
すごく……自然味のある、天井。
そんなことを考えていた僕の隣りに誰かが座り、僕の背を押して……どうやら座らせてくれるようだ。
「アキ様、よかった……」
「トーマを呼んでくる。アキさんはもう少し休んでいてくれ」
シルフに支えられ、なんとか座った僕を見て、アルさんが背を向ける。
呼んでくるってことは、トーマ君は別のところにいるんだろうか?
妙なだるさを感じつつ、HPゲージに目を向ければ、大体80%ほどまで回復していた。
みんなと一緒にいるってことは……僕は死ななかったんだろうか?
「アキ様。ここは木に空いた穴の中です。蜘蛛のエリアから少し離れた場所になります」
「そう、なんだ……」
さっきよりは大分声が出るようになった気がする。
たぶんさっきまでは、喉が乾燥してたのかもしれない。
「よ、アキ。起きたか」
「……トーマ君?」
「せやで。それでいきなりなんやけど、アキ。君、どこまで覚えとる?」
「え? えっと……」
目を閉じて思い出そうとすると、自然と身体が震えてくる。
そうだ、僕……あの蜘蛛に……。
思い出した牙の鋭さと、その牙が生み出した痛みに、思わず腕で身体を抱きしめる。
そんな僕を見てトーマ君は「わかった、それ以上はええで」と頭を撫でてくれた。
◇
「アキが俺らと分断された後、俺とアルはひとまず周辺の蜘蛛を倒したんや」
僕の様子が落ち着いた頃を見計らって、トーマ君は静かに語り始める。
あまり頭の動いてない僕にも分かるように、ゆっくりと。
「幸い、俺らは蜘蛛と戦ったこともあったんでな。戦闘面では不安要素もなかった。……ただ、敵の数が多すぎた」
トーマ君が語る話は、実際に体験していなければ、誇張された物語として受け取っていただろう。
けれど僕は……一瞬で作り上げられた、あの白い壁を知っている。
「あんまりにも数が多いんでな、アルなんか数匹まとめて貫いたり、ちぎったり投げたりの……ありゃ完全なバーサーカーやったな」
「……トーマ」
「っと、それでやな――」
トーマ君達2人がかりで蜘蛛を倒したからか、5分ほどで急激に数を減らせたらしい。
その結果、僕を助けに動けるようになったみたいだけど……。
「アキとの間にあった壁が、凄まじくてな。入ろう思ったら、上からくらいしか無理やってん。多分、俺らが戦っとる間にも、壁を大きくしとったんやろ」
「完全に見えなくなっていたからな。左右を見渡してみても切れ目ひとつなかった」
「せやからアルに飛ばしてもらってん。大剣で打ち上げるみたいにな」
そう言って、トーマ君は指でその動きを見せてくれる。
……飛んだトーマ君も凄いけど、大剣を使ってトーマ君を投げたアルさんが凄い。
絶対重たいよね!?
「トーマがいきなり、俺を上に飛ばせ! とか言い出してな……」
「あんときはホンマにすまんかった! けど、結局やってくれたやんか!」
「仕方ないだろうが……。実際、それしか手がなかったのも事実だ」
飛んだ後は、近くの木の枝を使って上の枝に、そしてまた上にと繰り返して、僕のいた場所に入って来れたらしい。
「したら、アキが蜘蛛に抱きつかれた状態で死にかけとったんや」
「なるほど……」
「ただ、あの蜘蛛……上から刺し殺そうと飛び降りたら、直前に避けてな……逃げられたわ」
それでも僕の解放はできたみたいで、すぐ[最下級ポーション(良)]を飲ませてくれたらしい。
その時のHPゲージは、今にも消えそうなくらいギリギリだったみたいだ。
「んで、その蜘蛛が群れのボスやったみたいで、後を追うように周りの蜘蛛も消えたわ」
「あとは、シルフさんに補助してもらいながら俺が糸の壁を破壊して、ここに逃げ込んだ、というわけだ」
そうか……そんなことがあったんだ。
でも結局、助けてもらっちゃったんだな……。
「……」
「アキ?」
やっぱり僕は、足手まといで、役に立たない……2人の手を煩わせるだけの……。
そんなのならいっそ……。
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