第55話 おきがえ
「お待たせしました!」
その声が響いたかと思うと、お店の奥から重ねられた大量の服が近づいてきた。
いや、大量の服を持ったキャロさんが近づいてきたのか。
しかし……いったい何着あるんだろう。
「思ってたよりも多いんですが……」
「そんなことないですよ! むしろかなり厳選しましたよ!」
「アキちゃん。ホント、これでも少ない方よ……」
「そ、そうなんですね」
その数に驚く僕を置いて、キャロさんはそれぞれの服を説明しながら、アウター、トップス、ボトムス、その他と分けていく。
実際に目の前で分けてもらうと……確かにそんなに多くはなさそう?
「とりあえずこんな感じですね。一応動きやすさを重視ってことだったので、スカートや裾丈の長いものを避けて持ってきました」
「ふむ……」
「そうね。アキちゃんは可愛いから何でも似合いそうだけど、戦闘や採取時にスカートとかは気になるだろうし」
言われてふと思い出した。
そういえば先日、アルさんとトーマ君の模擬戦の際……訓練所まで走るのが大変だったなぁ……。
シルフのガードがあるって分かってたんだけど、なぜか気になって上手く走れなかったんだよね。
「あ、コレ楽そう」
山、ならぬ丘と積まれたボトムスを見ていると、裾が広く取られたこげ茶色のハーフパンツらしき服が出てきた。
他の物は全体的に裾を絞ってあったり、短かったりとタイトな印象があるんだけど、これだけはなんだかゆったりしたシルエットだ。
「キュロットスカートね。スカートみたいに裾が広がってるパンツだから、気軽に着れて可愛いの」
「へぇー……」
「アキさん、気になるようなら着てみます? 一度試着した方がわかりやすいと思いますよ」
「良いわね! アキちゃん、一度着てみましょう!」
手に取ったまま悩んでいた僕へ、ティキさんが助け船のように試着の提案をすると、傍にいたリアさんが有無を言わさぬ速度で服を押しつけてきた。
クリーム色のトップスに、カーキっぽい半袖のジャケット……どちらも、僕が今持っていたキュロットスカートに合いそうな色だ。
「アキさん、着替えはあちらの扉の奥ですよ」
「あ、はい……」
ティキさんが指さす先には、棚の陰に隠れるようにして設置されていた扉が見えた。
たぶんあの扉の先は更衣室みたいな小部屋になっているんだろう。
でも、試着……と僕が悩んでいたら、リアさんが「ほら、アキちゃん。早く早く!」と後ろから急かしてきた。
仕方ない!
いずれは通らないといけない道だ!
◇
「うーむ……」
(アキ様?)
扉を開けた先、更衣室の中に設置されていた全身鏡を前に、どうにも踏ん切りがつかない……。
いずれは通る道……そう思ってこの部屋に入ったけれど、いざ、となると躊躇いが出てしまう。
そもそもこのゲームって、自分の所持している服以外の服を着ようと思ったら、ちゃんと服を脱いでから着るって手順が必要になってくるんだよね。
ちゃんと所持の状態になってる服なら、インベントリからの操作で着替えれるんだけど……今回着ようとしてる服は、まだ買ってないから、持ち主としてはキャロさんなのだ。
たぶん、普通ならそこまで気にするようなシステムじゃないんだけど……僕の場合はねぇ……。
(でも着替えないわけにもいきませんよね……?)
(そうなんだけどね。ただ、自分の意思で脱ぐ必要があって……)
(でも、おば様のお風呂をお借りした際は、大丈夫でしたよね?)
(あの時は臭いに急き立てられてたからね。脱ぐのを躊躇う以前に、臭いで倒れるかどうかの瀬戸際だったわけだし)
実際、あの時僕の頭にあったのは、臭いにやられて倒れてしまうことへの恥ずかしさだけだった。
だからお風呂の中でシルフに洗うのを手伝ってもらうことに、そこまで抵抗がなかったんだと思う。
まぁ、その結果……色々と知ってしまったわけだけどさ……。
(でしたら、今回も私がお手伝いを――)
(いえ、結構です)
(……はい)
シュバッと手を上げたシルフに対し、僕は目と手ですぐさまお断りを入れる。
今回は前回みたいな愚行を犯すつもりはない……!
そう心に誓い、僕は意を決して、片側のワンピースの肩紐をずらした。
その瞬間……僕の心音が、大きく昂ぶったような気がした。
(アキ様、頑張ってください!)
(シルフ……出来れば見ないでくれると、嬉しいかな……)
僕の願いに何かを感じたのか、シルフは無言で何度も頷き、景色へと溶けていく。
……でもたぶん、いる場所は変わってない気がする。
欲望に忠実なのは……良いことなのかなぁ……?
溜息を吐きつつ、もう片方の肩紐もずらせば、ゆっくりとワンピースが床へ落ちていく。
そうして全身鏡に映った姿に、僕は目を奪われてしまった。
着ていたときにも見えていたはずの肌の白さや、鎖骨の形……その全てが、僕の記憶にある僕の姿と違っていて――
「綺麗……」
不意にそんな言葉が口から漏れてしまう。
つるりと白くきめ細かい肌は、触るだけで傷が付いてしまいそうだし、首元から肩へと続く鎖骨は、そんな綺麗な肌に少しの影を落とし、完璧な調和を見せている。
その鎖骨から少し視点をずらせば、小さいながらも確かに存在している丘が見えた。
それに気付いたとき、僕の周りから音が消える。
妙に喉が渇き唾液を飲み込めば、その音が体を揺らすほど大きく響き、余計に僕へ緊張感を与えてきた。
ゆっくりと近づく手が
「――ッ!」
◇
結局、僕が着替え終わり更衣室を出れたのは、それから10分ほど経ってからのことだった。
幸いリアさん達は2人で話をしていたからか、遅くなった僕に対してあまり気にしてない様子だったのが何よりの救いだった。
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