第52話 薄紅の

 小さめの鍋の中に[染色液(赤)]を出して、少しだけ温める。

 ほのかに湯気が上がってきたタイミングで火を弱め、僕は布を入れた。


「ほぅ……」


 数秒浸しては、箸のような棒で持ち上げて……薄そうだったらまた少し浸して……。

 それを数回繰り返し、布が液と同じくらいの赤に染まった時点で、気付いた。

 ――置き場が、ない!


「うむむむ……しかたない。シルフ、このまま乾かしちゃって」

「あ、はい!」


 僕の方に布がいかないよう、シルフは僕に対して追い風になるような形で風を当ててくれる。

 持ち上げたままの腕が悲鳴を上げ始めた頃、なんとか布は乾ききってくれたみたいだ。


「思ってたより薄くなるみたいだね」

「そうですね。まるでアキ様の髪の色みたいです」


 笑顔を浮かべながら話すシルフを横目にしながら、自分の髪を1房取り、手元で布と照らし合わせてみると……確かにそんな感じだ。

 まぁ、だから何って訳ではないんだけど……。


「とりあえずおばちゃんに見せてくるよ」

「はい。その間に片付けておきますね」

「うん。お願い」


 一応絞ってみて、生乾きじゃないかどうかの最終チェック。

 その上で手に水気を感じないことを確認してから、僕はお店へ続く扉を開いた。


「おや、出来たのかい?」


 扉の開く音で気付いたのか、おばちゃんは僕の方へと顔を向けながら優しく笑いかけてくれる。

 僕はそんなおばちゃんの傍に行って、手に持っていた布を見せるように差し出した。


「どうかな? ちゃんと染まってるかな?」

「うんうん。良い色に染まってるじゃないか。臭いもないし、十分使えるだろうさ」

「んー……でも僕、じゃなくて、えーと私は何かを染めるとか、あんまり……」


 この[染色液(赤)]だって、お薬を作ろうと思って試したらできちゃったっていうモノだし。

 欲しい人もいるのかもしれないけれど……そんな人に心当たりもないしね。


「そうかいそうかい。染色液だったら布を扱う職人なら、使いやすいとは思うんだけどね」

「なるほど……」

「あんたの知り合いに聞いて見たらどうだい? あの子達なら知ってそうじゃないか」


 僕の知り合いでおばちゃんも知ってる人……。

 アルさん達や、トーマ君?

 どっちも作業場で打ち合わせなんかをしたことがあるし、たぶんその辺りだろう。

 ちょっと考えてみるかな。


「ちょっと連絡してみます!」

「はいはい。見つかると良いね」


 忙しなく作業場とお店を行ったり来たりする僕がおかしかったのか、おばちゃんはまた笑う。

 その表情に、少なくとも嫌がったり困ったりはしてないと安心しつつ、僕は作業場へと戻った。



「ということで、シルフは誰か思いつかない?」

「そうですね……。そういえばアキ様、リア様と装備を見に行くお話をされていませんでしたか?」

「あっ! そうだったね」

「でしたらそのご連絡と一緒に、聞いてみてはいかがでしょうか」


 シルフの案に頷きつつ、リアさんへと念話を飛ばす。

 仮に渡す先が見つからなくても、装備は必要だしね。


『はいはーい。アキちゃん、どうしたの?』

「リアさん、こんにちは。今大丈夫ですか?」

『ええ、問題無いわ』

「その、この間お話してた装備の件なんですが――」


 僕はそう切り出してから、装備を見に行く件、そして染色液のことを話していく。

 リアさんもトーマ君と同じくらい聞き上手みたいで、話す方としては凄く楽だった。


『なるほどね。その染色液? それはよく分からないけど、装備は見に行きましょう。いつがいいかしら?』

「えーっと、明後日はアルさん達と森に行く予定なので、それ以降なら空いてます」

『明後日に森……ねえアキちゃん。明日は空いてない?』

「明日ですか? 大丈夫ですけど……」

『そう、なら明日ね。探索に行く前に装備を調えた方がいいわ。また明日連絡を入れるから、その後のことはその時に決めましょ』


 リアさんはまくしたてるように素早く予定を決めていく。

 その手際があまりにも鮮やかで、気付くと僕は頷くだけの機械になっていた。


『それじゃアキちゃん、また明日。よろしくね』

「あ、はい。こちらこそ、お願いします」


 その言葉を締めに、頭から念話特有のノイズが消える。

 しかし僕は椅子に座ったまま瞬きを繰り返す事しかできなかった。

 まさかあんなにも鮮やかに主導権を奪われ、話に決着をつけられるとは……。


「大人って……すごい……」

「あ、アキ様? 大丈夫ですか?」


 妙な事を口走った僕に驚いたのか、僕の目の前で、シルフがわたわたと慌て始めた。

 ……癒やされるなぁ。

 なんだかんだでシルフが慌ててくれるから、僕も冷静になれる気がするよ……うん。


「ありがとう、シルフ」

「え、あの……どういたし、まして?」


 僕からの突然のお礼も彼女からしてみれば意味が分からないからか、そう返しつつも、その表情は「何が?」と言いたげだった。

 しかし、いつも和ませてくれたり手伝ってくれたり、考えてくれたりするシルフに何かお礼は出来ないものか……。


「あ、そうだ! シルフ、ちょっと待っててね」

「あ、はい?」


 もはや完全に置いてけぼりになっているシルフを尻目に、僕はまたお店への扉を開き、おばちゃんの元へと駆け込んだ。

 そうして、おばちゃんからあるものを借り、教えて貰いながら切ったり縫ったり……。


 ある程度教えてくれてからは、おばちゃんも自分の作業を再開。

 今日はまた糸を紡いでるみたいだけど……すごく細い……。

 もしかしてこれが蜘蛛の糸なのかな?


「よし、出来た!」


 なんだかんだで10分ほどかけて完成したモノを、見せるように眼前に掲げれば、おばちゃんも作業を止めて、その出来映えに頷いてくれた。


「ま、初めてにしては上出来だね」

「おばちゃん、教えてくれてありがとう!」


 「気にしなくてもいいさね」と笑うおばちゃんに頭を下げてから、急ぐように作業場に戻る。

 ホント、今日だけで何回行き来してるのやら……。


「シルフ、お待たせ!」

「あ、アキ様。おかえりなさいませ。なにかありました?」


 飛び込んだ作業場では、シルフが先ほどと同じ場所に座ったまま、僕の方へと笑いかけてくれていた。

 その笑顔に、今からやろうとしていることを思ってか、少し心が跳ねる。

 でも、驚かせたくて、その気持ちをぐっと堪え、彼女へと近づいた。


「アキ様?」

「えっと、シルフ。いつもありがとう。これ……ちょっと不格好かもしれないけど」


 そう言って差し出した手のひらに、シルフの顔が向く。

 あー、なんだかすごい緊張してきたぞ……?

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