第40話 やさしい時間

『ああ、そういうことか。情報サンキュ、すまんな』

「役に立てたならよかった。それじゃ、またね」


 頭の片隅で鳴っていたノイズが消えていく。

 ジェルビンさんから聞いた情報を、トーマ君に伝えていたのだ。

 最初にアルさんじゃないのは、ボスの事を最初に教えてくれたのがトーマ君だったから。

 だから、最初に伝えるのはトーマ君じゃないとダメだと思ったんだ。


「ま、トーマ君は知ったとしてもボスは倒しに行かないだろうし」

(トーマ様は少し不思議な方ですから)

「不思議っていうか、トーマ君が動くのは興味があることだけな気がするよ」

(……そうかもしれませんね)


 習得スキルも興味があるものだけみたいだし、このゲームの楽しみ方がちょっと特殊。

 でも、初めて会ったときに玉兎を簡単に倒してたくらいだし、戦えないわけでもなさそう。

 やっぱり少し不思議かも。


(アキ様、油断はしないでくださいね)

「ん、わかってるよ」


 言いながらアクアリーフの弱点を草刈鎌で一閃する。

 以前、鹿に殺されてしまったことで、<戦闘採取術>のレベルが下がってしまった。

 だから今日はレベル上げのついでに、ほとんど使い切っていた[アクアリーフの蜜]を集めることにしたのだ。


「といっても、シルフのおかげでずっと無傷だからね……」

(戦いが始まる前に終わってしまいますので)


 アクアリーフと草刈鎌の相性が良すぎるからか、常に一撃で終わってしまう。

 だから狩るスピードも速くなるし……倒し方が正しいからか、素材も集まりやすい。

 なんというか、うん……ごめんね。


「よし、蜜も40個集まったし、スキルも上がってる。キリが良いしこの辺で切り上げよっか」

(アキ様、お疲れ様です)


 そういって微笑んでくれるシルフに「ありがとう」と返しながら、僕は空を見上げた。

 街の外に出たときはまだ高くにあった太陽も、気付けばだいぶ傾いている。

 でも今から帰れば、明るい時間にはおばちゃんのお店に到着できそうだ。


「それじゃ帰って、調薬でもしようか。作ってる間にアルさんから連絡が入るかも知れないしね」


 その提案に(そうですね)と彼女が頷くのを確認してから、僕は門の方へと足を向けた。



「おや、おかえり」

「ただいま、おばちゃん」


 僕の見立て通り、おばちゃんのお店にはまだ明るいうちに着くことができた。

 まるで自分の家のように入る僕を見て、おばちゃんももう「いらっしゃい」とは言わない。

 むしろ、おばちゃん自身も僕のことを家族みたいに迎え入れてくれてるし。


「そういえばあんた。ジェルビンさんのところに行ったんだって? グランから聞いたよ」


 あいさつもそこそこに奥の作業場に向かおうとする僕の背中へ、おばちゃんの声がかかる。

 僕はその声に振り返り、「ええ、そうですけど」と返した。


「相変わらず変な人だったかい?」

「変……かどうかは分からなかったですけど、優しい方でしたよ? 色々と細かく教えていただけましたし」

「そうかいそうかい。あの人はあんたみたいな子が好きだからねぇ……。あんたさえよければ、これからも時々遊びに行ってあげておくれよ。きっと喜ぶと思うからね」


 僕の前で話すおばちゃんの目が、いつもより少しだけ優しく感じる。

 きっと、おばちゃんとジェルビンさんの間には、何かあるんだろうけど……僕にそれは分からない。

 だから僕は、何も言わずただ笑顔で頷いた。

 それで僕の思いもなんとなく分かったのか、おばちゃんは笑顔のまま僕から視線を外し、作業中の物へと手を伸ばした。



 鍋から完成した[下級ポーション(良)]を瓶に移し、シルフに風を当てて冷却してもらう。

 そうしてすぐ鍋を洗って、また作って……時々気分転換に[薬草(軟膏)]を作ったりしながら数を増やして――


「シルフがいるおかげで、冷却が早くなるからすごい助かるよ」

「あ、ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのは僕の方。シルフ、いつもありがとう」


 シルフを視界にまっすぐ捉えながら伝えた言葉で、一瞬、彼女の動きが止まる。

 まさかお礼を言われるなんて、思ってもなかったのかも知れない。

 でも、そんな反応が少しおかしくて、僕の顔は自然と緩んでしまった。


「あ、アキ様!」

「いやごめん。なんだかおかしくて、つい」

「もう! 次々作ってください!」

「はーい。その、ごめんね?」


 顔を真っ赤に染めて、そっぽを向いた彼女の頭をゆっくりと撫でる。

 こっちの世界だと背が縮んでしまったけれど、シルフよりは少し高い。

 だから、後ろから撫でるのもそんなに難しくはないし……それにどうやら嫌がってもなさそうだし。

 手に伝わる髪の柔らかさに、つい手櫛を通してしまう。

 前に触ったときも思ったけれど、撫でていたくなる髪ってこんな感じなんだろうなぁ……。


 そういえば、前回撫でた時は――


「っ、シルフさん! 続きをやりましょう!」

「え!? あ、はい!」


 髪の柔らかさと一緒に思い出してしまったもうひとつの柔らかい感触に、顔が熱くなる。

 というか、僕は女の子相手に何をやってるんだ!

 こっちでは同性だけど、異性だぞ、異性!


 そんなこんなで、結局アルさんから連絡が入ってくるまで、僕とシルフはお互い目も合わせられず、妙な雰囲気のまま無言で作業を続けていた。




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名前:アキ

性別:女

称号:ユニーク<風の加護>


武器:草刈鎌

防具:ホワイトリボン

   カギ編みカーディガン(薄茶)

   白いワンピース

   冒険者の靴


スキル:<採取Lv.7><調薬Lv.8><戦闘採取術Lv.6><鑑定Lv.2>


精霊:シルフ

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