第39話 兎と狼
「ジェルビンさん。もうひとつ良いですか?」
「ふむ、なんじゃ?」
口を開く僕の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、ジェルビンさんはまっすぐに僕を見てくる。
けれど緊張感は不思議と感じず、むしろ少し砕けたような空気感で、いってみれば田舎の祖父の家のような……。
とはいったものの、最後に祖父の家に行ったのは、もう数年も前のことになるんだけど。
「ジェルビンさんはこの街のまとめ役をやられてたって兵士のおじさんに聞いたんですが、ここ以外の街に行かれたことはありますか?」
「もちろんじゃとも。この街の南門から草原を抜けると、イルビンの街があってのぅ。ここよりも大きく人も多いでの、祭りや仕入れにとこの街の住民ならほぼ全員行ったことがあるじゃろう」
「なるほど。イルビンの街、ですか」
「じゃが、今はたしか草原を抜けることが難しいはずじゃ。本来この付近に生息せぬ魔物が出現しておる」
……おや?
詳しく聞く前に情報が出てきたってことは、何か詳しいことを知ってるのかも?
たしかトーマ君は出現条件がわからないって言ってたんだっけ?
「その魔物って、茶色の?」
「そうじゃな。
ブラウンウォルフ――茶色い狼、か。
狼ときいて最初に想像するのは灰色なんだけど、この世界にも灰色の狼はいるんだろうか?
っと、ひとまずは情報を集めないと。
「えーっと、その狼ってどれくらいの大きさなんですか?」
「そうじゃのぅ。馬よりも大きく、個体によっては家よりも大きいものもいるそうじゃ。それに加えて動きも速く、力も強い。複数人で対応せねば厳しい魔物じゃな」
「……いるのは1匹なんですよね?」
「今のところは、じゃな。じゃが、
馬より大きくて、魔物によっては家よりも……。
そんなのが1匹だけでも大変なのに、2匹いるかもしれないっていうのはちょっとどころか、かなり厳しいんじゃ……。
(アキ様。なにか弱点などはないのでしょうか?)
(そうだね。出現方法もまだわからないし、それも合わせて聞いてみようか)
シルフの言葉に小さく頷いて、僕は不安になりそうな思考を一度リセットする。
そして、再度ジェルビンさんへと口を開いた。
「ジェルビンさん。狼の弱点とかってないんですか?」
「弱点らしい弱点はないのぅ……」
「な、ないんですか? ええと、じゃあ弱点じゃなくて特殊な力とかそういったのは?」
「特殊な力とは少し違うのじゃが、嗅覚が敏感じゃの。それと
「玉兎の肉、ですか」
「うむ。草原で玉兎の肉を焼いていたら現れた、と聞いておるからのぅ」
……ん?
もしかして玉兎の肉を焼くのが出現方法?
そういえばトーマ君がもうひとつ言ってたような……。
(もうひとつの話といえば、携帯用コンロのことでしょうか?)
(ああ、そうそう。もしかすると携帯用コンロが原因なのかも)
(――外で調理をする方が増えた関係で、ボスが出現するようになった、ということですね)
全く関係なさそうな話が、不思議とひとつにまとまった。
もしそうだとすれば――
「あの、ジェルビンさん。携帯用のコンロって知ってますか?」
「ん、なんじゃいきなり。それなら昔から
「えっ!?」
そ、それは知らなかった……。
でもよくよく考えてみれば、おばちゃんのお店の商品をじっくり見たことなかったかも。
それこそ初めて訪ねたときに見ようと思ったのに、素材を見てたら依頼を受けたわけだし。
以降は、いつもおばちゃんと会話してるか、奥にこもってるか。
……うん、これからはもっとちゃんと見よう。
「あ、ありがとうございます。……その、もし戦うとしたら、狼の行動で気を付けた方が良いこととかはありますか?」
「戦う気かの?」
「ぼ……じゃなくて、私が戦うかどうかはわからないですけど、友人が戦う可能性はあります。なので……」
「ふむ。そうじゃな、特に見た目以上の行動はせん。じゃが、咆吼にだけは気を付けた方がいいじゃろう」
咆吼――つまり音かな?
音だったら耳を塞いだりで対応出来ればいいんだけど。
(咆吼、ですか)
(シルフ?)
いつもよりも少し音が低いシルフの声に違和感を感じて、名前を呼んでも彼女の反応は返ってこなかった。
……どうしたんだろ?
「さて、もう話したいことは大丈夫かの? そろそろ日も傾いておる。本格的に暗くなる前におかえり」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
慌てて備え付けられていた窓へと目をやれば、外は赤く染まり始めていた。
ここに来た時点でお昼は過ぎてたけど、少し長居しすぎたみたいだ。
「すみません、長々と……」
「よい、よい。こんな老いぼれでよければ、いつでもおいで」
「ジェルビンさん……」
「儂も久しぶりに若い子と話せて楽しかったんじゃよ。だから気にせず、また気軽に来ておくれ」
そう、ジェルビンさんは軽く微笑む。
僕に見せたその表情は、年長者が持つ温かい雰囲気をまとっていて――その笑みを見ていると不思議と心が温かくなる気がした。
だから僕は「はい、また」と大きく頷き、席を立った。
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