第22話 ただそこにいる人

 落ちる、いや、落ちていく。

 暗く深い水の中にいるみたいに――少しの浮遊感を感じながらも、身体は落ちていく。


 ――ああ、これが


 落ちていく身体とは逆に、真っ暗だった意識は浮き上がるように明瞭に。


 ――生き返る感覚。


 耳に残る悲痛な叫び声。

 可愛らしい僕の友達の叫び声が、なんどもなんども、頭の中で響くみたいで。


 ――シルフ……。



 気付いた時には、街の中央広場に1人で立っていた。

 そこは普段と変わらず多くの人が行き交い、遠くでは馬の鳴く声も上がっていた。


「そうか。僕は、死んだのか……」


 呟き、目を閉じれば、瞼の裏に残る最後の一瞬。

 動けなくなった僕の顔めがけ、鹿の足が迫り……HPは砕け散った。

 直前に響いたシルフの悲痛な声が、耳だけでなく心の奥に突き刺さる。


 そういえば、シルフは……?

 いつもならばすぐそばに浮かび、笑顔を見せてくれるシルフの姿はどこにもない。

 ステータスを見なくても、僕とシルフの繋がりが途絶えていないことは分かる。

 けれど、肝心のシルフは……?


(シルフ!? どこにいるの!?)

『アキ、さま……』


 普段はない妙なノイズに混じり、微かに聞こえたシルフの声。

 そして同時に走る奇妙な感覚。

 初めて会ったときに感じたものと、同じ感覚。


 その感覚に急き立てられるように、僕はその場を飛び出した。



 僕とシルフが正式に契約を交わした薄暗い路地の先。

 たった数日しか経っていないのに、なぜかとても懐かしく感じるその場所――広場の中心に、彼女はいた。

 膝を抱え、微かに震えながら。


「……見つけた」

「ッ! アキ……さま……」


 僕の声に顔をあげ、実体化しながら飛び込んで来る。

 両手を広げてそれを受け止め……きれずに2人して地面へと転がった。

 いや、まさか空を駆けるように飛んでくるとは……。


「アキ様……アキ様!」

「し、シルフ! 落ち着いて……落ち着いて!」


 シルフの下敷きになるように落ちた僕を両手で抱きしめながら、その場にいることを確かめるように彼女は何度も僕の名前を呼ぶ。

 なんども、何度も……僕の言葉も聞こえないみたいに。

 仕方なく諦めて、落ち着くよう……安心させるように頭を撫で、背中を叩く。

 むしろそれ以外何もできない。


「目の前で消えて……パスも薄くて……っ!」

「うん、うん」

「このまま契約も消えてしまうんじゃないかって……。またひとりになるんだって……」

「……」

「嫌なんです……! こんなのは、もう……」

「……ごめん」


 吐き出すだけ吐き出して落ち着いてきたのか、少しずつ抱きしめる腕の強さが和らいできた。

 それでも僕はゆっくりと背中を叩く。

 ここにいるよ、大丈夫だよって、伝わるように。


「……アキ様」

「ん? なに?」

「もう、ひとりにしないで……おいていかないで、ください……」

「頑張るよ。だからシルフも、僕をひとりにしないでね」


 僕の答に彼女はゆっくりと顔をあげて、泣いてぐしゃぐしゃになってる顔でむりやり笑顔を作りながら「はい。アキ様……」と小さく呟いた。

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