第8話 白い毛玉

 結論から言えば、アクアリーフは非常に倒しやすかった。

 元々、草刈鎌と相性が良い相手ってこともあるし、この世界では最弱の魔物っていうのもある。


「でも、シルフさん……。これは卑怯だと思います……」

「私としても……、これはちょっと可哀想になりますね……」


 というのも、シルフが空気の膜を僕の周囲に張ってくれることで、行動時の音を小さくできたし、そのおかげで真後ろまで近づくことも手軽になった。

 それだけで、元々気配に鈍いアクアリーフには、全然気付かれなくなる。

 仮に気付かれたとしても、風の圧力でアクアリーフを少し抑えてもらえば、簡単に刈り取れてしまう。


「すっ……ごい、弱いモノいじめしてる気分」


 ホントにそれしか感想が出てこない。

 最初の数匹は慎重に戦ってたけれど、5匹を超えたあたりでそれもやめて、以降は見つけたら即刈り取り。

 時間にして約2時間ほど繰り返し、気付けば[アクアリーフの蜜]は32個。

 スキルも<採取>が1から3。

 <戦闘採取術>に至っては、2から4まで上がっていた。


「んー。結構上がるの早い……」

「手軽といえど、ちょうど良い相手なのは間違いないみたいですね」

「まぁ、最初だから余計に上がりやすいって事なんだろうけどね」


 確か、公式サイトのゲーム情報に載ってた内容によれば、スキルの最大レベルは50。

 複数のスキル合わせて、合計700レベルまでが同時にセット出来るみたい。

 だから途中でいらないスキルを削除したり、ある程度のところで方向性を決めないと器用貧乏になっちゃうかも……?


「まぁ、先のことはわかんないけどね」

「そうですね」

「ひとまず、アクアリーフばっかりもアレだし……。気分転換に別の魔物とも戦ってみよっか! モノは試しってことで」

「はいっ!」


 シルフの返事を聞きながら、今いた南門沿い東側の場所から、南門の正面へと移動する。

 さっきまでいた場所は、アクアリーフ以外は出てこないからか、ほとんど人がいなかったけれど、歩いて行くにつれてどんどん人が増えてきた。


「やっぱり、こちら側は人がいっぱいですね。なので、私は念話に切り替えます」

「ん、了解。こっち側が本来はメインなんだろうね。……剣を使ってる人多い感じ?」

(みたいですね。ただ、斧や弓、中には素手で戦ってる方もいるみたいですよ?)


 おぉ……、ホントだ……。

 剣とか斧とかは分かるけど……、素手って……。

 ゴーレムとか出てきたらどうするんだろ……殴って壊すのかな……?


「弓はやっぱり命中補正とかあるのかな? 無いと当てるだけでも大変だろうけど……」


 リアルさが売りのゲームだし、無い可能性もあるのかな……?

 あー、でも<採取>にも『なんとなく採取方法がわかるようになる』って効果あるし、多少は補正があるのかも。


(アキ様、他の方が気になるのは分かりますが、それよりも戦っている相手を観察した方が良いかと……)

「あ、うん。そうだね」


 シルフに指摘されて、僕は視点を少し下へずらす。

 ……毛玉?


「ねぇ、シルフ。アレって毛玉かな?」

(毛玉……みたいですけど……)

「この世界の毛玉って動くの?」

(ええっと……。普通は動かないものかと……)

「だよねぇ……」


 観察しようとずらした僕の視界に映ったのは、人の顔ほどの大きさの真っ白な毛玉。

 飛んだり転がったり……、跳ねたり……。

 これで手に持ってる武器がもう少し平和な物だったら、遊びにしか見えないね……。


「あの毛玉は『ボーリングラビット』って名前や。長いんで基本的には玉兎って呼ばれてんだぜ」

「へぇ……。一応ウサギなのか……」

「ちなみに、肉は食用にされとる。結構美味いんで、街ん中やったら出す店も多いで」

「え? 魔物の肉って食べれるの?」

「もちろん喰える。現実とはちごうて、喰おう思ったら大半は喰えるわ」


 へぇ……、美味しいなら一度食べてみたいなぁ……。


(アキ様……? お知り合いですか……?)


 そういえば、誰……?

 すごい自然に会話が始まっちゃったから気にしてなかったけど……知り合いってアルさんくらいしかいないよね……?


「あの……」

「全部言わんでええで。俺はトーマ。ちょっとばかし人より気配を消すのが得意なダガー使いや」


 そう言って隣に座っていた少年――もとい、トーマ君は悪戯が成功したみたいに笑った。

 今の僕より少し高めの身長、悪戯好きそうな少し子供っぽい顔に、ふわっとした金の髪がよく似合ってる。

 雰囲気的に、僕と同じくらいの年齢か、少し年上といったところだろうか?


「んで、君は?」

「えっと、僕はアキ。戦闘するのは今日が初めてかな」

「なるほど。なら玉兎を狩るのも初めてってわけやな?」

「うん。さっきまではアクアリーフを相手にしてたんだけど、ある程度狩ったし、気分転換にちょっと違う相手を……って」

「せやな、それは大事や。同じやつばっかやってたら動きも単調になる」


 そう言いながら、トーマ君は懐からダガーを取り出して、目の前に現れた玉兎へと投げつける。

 その一連の動作があまりにも自然すぎて、僕は玉兎が完全に消えるまで、それが戦闘だったということに気付けないレベルだった。


「……トーマ君って、強いんだね」

「なんや、いきなり」

「いや、なんていうか……そんなに強そうに見えなかったから」

「あー、そりゃまぁ……しゃーない。つーて、ゲーム開始してからそれなりに戦っとるし、その辺のやつよりは強いと思うで?」


 落ちたダガーを拾いに立ち上がったトーマ君は、僕の言葉に少し照れたのか、そんなことを言いながら頬を掻いた。

 そして、そっと僕の隣に座ると、一匹だけ離れた位置に現れた玉兎へダガーを向けて、僕へと視線を向けてくる。

 見てるからあの一匹は僕が倒せ、って事かなぁ……?


「……わかった」


 僕の言葉に、口元を上げて笑うトーマ君を尻目に、インベントリから草刈鎌を取り出しつつ、ゆっくりと玉兎に近づいていく。

 ただ……この時、僕は大事なことをひとつ忘れていたのだった。




――――――――――――――


名前:アキ

性別:女

称号:ユニーク<風の加護>


武器:草刈鎌

防具:ホワイトリボン

   冒険者の服

   冒険者のパンツ

   冒険者の靴


スキル:<採取Lv.1→3><調薬Lv.1><戦闘採取術Lv.2→4>


精霊:シルフ

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