第11話 Patocar to Shisen

 午後三時頃、いつも声をかけてくれる夫婦が見つからず、歩き回っていると、サンクスの前に人だかりが出来ていた。おれに気づいたマホナが野次馬から出てきた。

「あれ、レオだよ」初めて聞いたマホナの起伏ない声だった。それだけ言って、マホナはまた人混みに消えていった。

 道路沿いにパトカーが背を向けて停まっていた。レオだ。パトカーに乗せられた。いや、「乗せられる」っていう表現は正しくない、手錠もなければ、抵抗する気もないのだから「(自分から)乗り込む」と言った方が正しい。

「飲酒運転だって」と野次馬が言った。

「ダメ、妻だって言っても乗せてもらない、どうしたらいいの!」とマホナはおれに向かって叫んだ。

 おれは返す言葉が出なかった。

 パトカーがサイレンを鳴らして離れていく、その音を聞いた時、マホナが隣にいたのに笑ってしまった。このショウの続きをどこで見られるか、知っている人がいれば聞きたいくらいだった。

野次馬が散っていってもまだマホナは、車が流れ始めた道路の真ん中に立っていた。その目は彼女にしか見えないパトカーを追っていた。遠くを見つめながら、空っぽのおれに、「レオ、今頃寂しくて泣いているよ」と呟いた。彼女の悲しみが、おれを現実に引き戻した。

 片付けの時に、レオがいないと言う話しは避けて通れない。おれは知らないふりをした、マホナもそうした。一体、あいつはどこ行った、皆そう言いながら荷物を運んだ。

 マホナとおれはオヤジの運転するワゴンに乗った。

「レオたまにスクーターに乗ってどこかに行っちゃうんです。三ヶ月前もそれで、二週間したらまた何もなかったかのように戻ってきて、よくやるんです。ご迷惑おかけして申し訳ありません」とマホナは緊張というよりは寂しさを見せてオヤジに言った。

「謝ったって、仕方ねえ。奴の行きそうな場所はあんのか?」

 その時マホナは答えなかったが、和食店の前で立ち止まった、

「この前二人で行ったいい感じの居酒屋があります。行くとしたらそこしかないと思います」

「車で行った方がいいんじゃねえか」

「みんなで行くと落ち込んじゃうかもしれません」

「心配だが仕方ねえ」

 夫婦を除いた男三人で店に入った。

「あいつらにとってお遊びですよ」天丼を先に空にした菊池がお茶を飲みながら言った。

「こうなることはわかっていた。考えはある」とオヤジは言った。


 寝る準備を始めた頃、マホナは暗い顔して帰って来た。そして男共の部屋の隅に、あらたまったように正座するとオヤジに打ち明けた。この人妻が言うことは断片的で伝えようとする意思が欠けている。テキパキと抑揚を付けて話すのだが、大事な部分がすっぽり抜き取られているような不安定さがある。女はおれを一点に見つめながらオヤジと話した。

 マホナは、レオが飲酒運転で捕まったこと、警察署に行ってきたが彼に会わせてもらえなかったこと、それと漠然とした刑罰を皆の前で言った。

「初犯でそれか、しかし最近は重いな。現行だろ?」

「あのバカ、ドリンクホルダーに置きっぱで、待ち伏せくらったの」

「夫婦なら身元保証で会えねえか?」

「レオは婚姻届を出したと思っているから言わないで」

 おれは二人の会話を理解するのにいちいち時間が必要だった。マホナの視線から逃げるように、「飲み物を買いに行ってきます」と言って、外に出た。「カネは?」「そんなん大丈夫ですよ」「あんのか?」「あります」「ならいい」

 夏の夜風が気持ちいい。ローソンまでの急な坂道を下っていると、何者かが行く手を阻むようにおれの足を引っ掛けようとした。おれはそいつの温もりを右足に感じ、左足でけっ飛ばしてしまった。急斜面で止まれなかったのだ。

「お前が急に出てくるから悪いんだよ」

 トラ柄の猫だった。それでもトラ猫は動き続ける足に体をすり付け続けた。可愛いやつだ。屈んで手を伸ばすと、あっという間に消えた。

「待って!」と背後で声がした。

 おれはかまわず歩き続けた。

 ローソンの前で追いついてきた。

「大丈夫?」とおれ。

「一人にしないで!」とマホナ。

 飲み物を買い終えて並んで坂を登った。

「そのペプシ、社長の分? 買って来いって?」

「言われなくても買うのよ、普通」

「やるなあ」とおれは言った。「本当に警察署に行ったの?」

「レオには会わせてもらえなかった。マホナ怖くて、どうすればいいかわからないの。心細いから隣で寝てもいい?」

「いいけど、どうするの」

「一人で寝ることなんて絶対できない」

 朝、いやらしい夢を見たが、隣に女は居なかった。

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