第78話 ◆大鮫フィアス

◆大鮫フィアス


意識を失った、セレネは波の思うままに海中を漂っていた。

海の上は大しけになっている。 むろん押し寄せる波で水面近くは大荒れの状態だった。


あと少ししたら、セレネは確実に命を失うだろう。

セレネが宿を出たことを、仲間の誰ひとり知らない。 助けが来る可能性は皆無。 まさに絶対絶命の状況だった。

・・・


港の遥か沖に大鮫フィアスは居た。 主あるじのモッフルダフの言い付けで、この港町に来てから既にひと月が過ぎている。

それでも忠実なフィアスは、根気強く主あるじを待っている。


巨大烏賊に襲われた傷もまだ完治はしていないが、主あるじと合流したら41回目の商いの航海へと旅立つ予定だ。


今日の海は大荒れだ。 近づいているストームのためだが、フィアスはかなり深いところを泳いでいるため、影響は全くといっていいほど無い。

主あるじを待っている間、沖合の海を大きな円を描くようにゆっくり泳ぎ、お腹が減れば豊富に群れている魚を食べていた。


フィアスが鼻先を港の方に向けると、以前にも嗅いだことのある匂いを感じた。

これは短い間だったが、主あるじと一緒に居た女の匂いだ。 海の中に匂いが漂って来るということは、女は海中にいる。

いや、人はこんな日に海には潜らないはずだ。 フィアスは瞬時に今起きていることを理解した。

そして、女の匂いがしてくる方に向かって全速力で泳いで行った。

・・・


そのころメイアは、ようやく部屋のベッドの上で目を覚ました。 隣でシルフが大きな声で寝言を言っている。

メイアは部屋の中を見回すが、セレネの姿が見えない。


両隣のエイミーとリアムの部屋にも行ってみるが、二人ともまだ寝ていた。

外は嵐のため大荒れで、セレネが外に出て行く可能性は無い。

メイアは宿屋の中を探して回ったがセレネが見つからないため、シルフを起こしに部屋に戻った。


そのころシルフも目を覚ましていたがセレネもメイアも居ないので、独り言を言いながらプリプリ怒っていた。

どうせ二人ともエイミーの部屋で遊んでいるのに違いない!

自分だけ置いていかれたのだと思い、エイミーの部屋に向かおうとドアの前まで行くと急にドアが開いてベッドの上まで弾き飛ばされた。

メイアはシルフがまだベッドて寝ていると思い揺すって起こそうとしたが、ドアの角がシルフの顎にクリーンヒットしたのは知る由もなかった。

・・・


フィアスが桟橋の近くまで接近すると女の匂いのしてくる方角が特定できたので、急いでその方向に向かう。

果たして、女がゆっくりと海底へ沈んで行くのを発見し、急いで女を海水ごと大きな口の中に飲み込んだ。


そうして、桟橋まで近づくと今度は女を海水ごと勢いよく吐き出した。

女は大きな弧を描き飛び、桟橋の上に在った太いロープの後ろ側にうまく引っかかってとまった。

これ以上のことは、フィアスには出来ない。  一度深く潜ると、また沖の方へ向かって泳ぎ去った。


・・・

ガバッ


気絶していたシルフは、セレネの微かな気配を感じて飛び起きた。

メイアも同じように、何か異変を感じたようで、辺りを見回していたが、シルフと目が合った時、二人は確信した。

セレネに何かが起きている!


メイアは急いで階段を駆け下り、シルフはその上を飛び宿の出口に向かった。

宿の従業員達は、勢いを増すストームに玄関を壊されないよう、最後に大きな板で塞ぐ作業を行っていた。

いま、まさに最後の2枚を釘で打ち付けようと板を持ち上げていたところに、必死の形相の二人が突撃してくる。


わぁーー

板を持っていた従業員は、その迫力と風圧で吹き飛ばされる。


それこそ、二人は嵐の様に嵐ストームの中へ飛び出して行ったのだった。

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