あ
@01391364
第1話
真昼の
暑さの
中で
独りの
男が
木に
寄りかかり
空を
見ていた
彼は
別段
特別な
考えを
持ち合わせている
わけでは
なくて
ただ
ぼんやり
そのように
過ごしている
だけ
なのである
風は
ない
男の
顔には
次第に
汗が
光って
くるが
男は
それを
気にも
留めない
もっとも
男の
家には
ちゃんとした
風呂があるので
心配は
要らないというのも
恐らく
微小に
手伝って
いるのだろうが
そんなことより
男は
黙って
動かない方が
良かったのであろう
それから
いくらか時間が過ぎると
男は
不意に
のそりと
木から離れて
周りを
見渡した
そこは
ここの地区の中でも
特に大きな
公園の
木々の連立した
コーナーで
目立ちにくい
場所なのだった
だから
すなわち
男は
もう何度も
こうして
時間を
過ごしてきた
わけである
劇的な
出会いというのも
望むことは
できないし
しかしながら
平穏、
平穏である
それは既に
彼の
意中を
反映しており
つまり
幸せなのだった
暑い
鈍感な蝉が
ようやく
男に気づいて
逃げていく
男は
鼻を鳴らして
侮蔑した
そして
家に向かう
公園の
裏口から出ると
そこには
誰もいなかった
こんなに
気温が高いと
家に
篭りがちになるものだ
それはまた
男にとって
嬉しい事実である
男は
熱されたフライパンに似た
そのアスファルトを
踏みつけ
歩いていく
下から、横から、
生ぬるい空気が
舐め回してくる
すると
それに呼応して
彼の
皮膚の
細かな
穴という穴から
唾液が
ヌラヌラ
滴っていくのである
男は
日射に
叩きつけられるように
俯いて
歩く
やはり
頰にへばりついた
自分の髪なぞ
触ろうとも
しなかった
そして
家に
着く
この瞬間が
一番
反応に
困る
ただいま
と言うのはバカらしい
しかし
何も言わないのは
なんだか
他人の家のようであり
居心地が悪い
ノックをするのは
最も
気持ちが悪い
結局
男は
玄関の前で
照れるようにポケットを漁り
鍵を
取り出して
仕方なく
足先で
地面を
トントンと
叩き
扉を
開く
すると
太陽嫌いが
童話以来、何百年も治らない
風という生き物が
やっと逃れる場所を見つけた
と言うように
我先にと
男の後ろから
うねるように入っていった
その少し後で
男も
中に
入る
一瞬
首筋に
ジンワリと
最後の抵抗をされたのが分かったが
振り向きもせずに
その扉を閉めた
部屋の中は
冷たいわけでは
決してないが
それでも
外の
あの灼熱然とした
調子よりは
まだ
優しいのである
そこで
男は
靴を脱ぎ散らかして
早々に
服をズラしながら
浴槽へ
向かう
カゴの中に
洗濯物を
放り込み
ガタン、と
戸を開くと
そこの床は
ひんやりと
呼吸
していた
蛇口を
捻る
水道水が
なだらかな
曲線を描いて
男に突き刺さり
砕け散っていく
彼は
思わず
口を開けて
その水を
受け入れた
喉の奥に
入り損ねた
水達は
口の縁から
ボロボロと
溢れ出していく
なにせ
温度の調節をしていないものだから
真水だ
真水である
火照った体を
その透き通る冷却物質が
柔らかく
刺々しく
撫ぜていった
男は
これが全て涙であれば
一層のこと
良かったのに
と思った
水は自由に
蠢き
男の
全てのウワベを
覆いつくしてしまったようだ
腕の
短く
ケバだった体毛が
滴をつけて
テラテラ輝き
今度は
その光を
一度に捨ててしまって
皮膚に張り付く
男は
水に抱かれていたのだ
体の油は
彼女を
拒絶しようとするが
なにぶん量が違う
その油どもは
あっという間に
押し流され
皮膚はいよいよ
ブルブル震え
男はようやくシャワーを止めた
そして
首を
二回ほど左右に振り
髪を掻き上げるように
手を動かして
大きく息を吐いた
あ @01391364
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