旅立ち
「うーん……」
マリポーザは研究所にある自分のベッドで目を覚ました。大きく伸びをする。窓のそばに行ってカーテンを勢い良く開けると、眩しいぐらいの快晴だった。
「いい天気!」
今日は出発の朝。窓を開けて深呼吸をすると、精霊語を話す子どもの声がした。
『ねえねえ、今日はどこ行くの?』
『おはよう、キルト。今日から古代遺跡を巡って精霊術を学ぶ旅に出るのよ。まずは、精霊界に繋がる魔法陣があったところから行こうと思って』
『ふーん』
興味がなくなったのか、曖昧な返事をして風の精霊はどこかに遊びにいった。
裁判が終わった後、研究所はマリポーザがそのまま使えることになった。アルトゥーロの遺品や、精霊術の資料などもそのまま研究所に残っている。
マリポーザは自室を見回す。兵士が捜索をしたときに荒らされたが、今は綺麗に片付いている。部屋には、精霊術の資料や着替えなどを入れた大きなバッグが一つ。
マリポーザはバッグを開けて、忘れ物がないか点検をする。アルトゥーロから貰った羽ペンとインクもきちんと入っているか確かめた後、革の袋で丁寧に包みバッグに戻す。
「よし!」
大きな声を出して気合いを入れて、顔を洗い髪を梳かす。着替えて一階に下り、朝食の用意をする。いつもの習慣でカップを二個取り出しテーブルに置いたところで、一個しか使わないことに気づいた。少しの間迷ったが、二人分の香茶を入れてアルトゥーロの席にも置く。
一人きりで朝食を食べながら、マリポーザは部屋を見渡した。アルトゥーロがいない今、マリポーザ一人では研究所はやたらに大きく感じられる。
コンコン、と玄関の扉をノックする音が聞こえた。
「おはようございます、マリポーザ」
フェルナンドの声だ。
「はーい、今開けまーす!」
涙を拭って元気よく返事をし、マリポーザは荷物を抱えて扉を開ける。
「今日からよろしくお願い致します」
「こちらこそ、どうかよろしくお願いします」
敬礼をするフェルナンドにマリポーザは頭を下げる。
「フェリペ少佐が、遺跡を巡る前にニエベ村に立ち寄るよう、おっしゃっていました。ご家族とカルロス君たちがとても心配しているから、と」
「いいんですか、村に帰っても?」
「いいも何も。これはあなたの旅です。マリポーザの自由にしていいんですよ」
フェルナンドは晴れ晴れとした表情で笑った。その時、馬車が研究所の前に止まる。
「おはよう、よいお天気ですわね」
馬車から降りてきたフアナを見て、マリポーザは絶句する。
フアナは男性用の白いブラウスに黒いパンツ、レザーのブーツを履き、艶やかな黒髪を高いところで一つに結んでいる。
「フアナ? どうしたの、その格好……?」
「そうですよ、フアナ様! どんな姿でもお美しいですが……。いえ、なんでもありません。そんな男のような格好で外に出られるなど!」
フェルナンドは顔を真っ赤に染めて困惑しながらも、フアナから目を離さない。
「私も一緒に冒険をしようと思いますの」
にっこり微笑むフアナの後ろから、馬で駆けてくるフェリペが見えた。
「フアナ、何て格好をしているんだ、この跳ねっ返りが! 絶対にダメだぞ、マリポーザと一緒に旅に出るなんて!」
「いいじゃないすか、少佐」
フェリペの後ろからジョルディも馬で駆けて来て、豪快に笑っている。
マリポーザは笑いながら荷物を抱え直し、朝の陽光が差し込む研究所の中に向かって小さく呟いた。
「行ってきます、マエストロ!」
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