なんで?

 岩浜では、アザラシやトドたちが日向ぼっこをしている。その様子を微笑ましく見ながら、海をどんどん進んでいくと、海の色が明るい蒼から深い紺に変わっていく。浅瀬では小魚たちの魚影が見えたが、深くなるにつれ大きな魚の影も見えるようになってきた。


 目の前で突然水しぶきがあがる。またアンジームの仕業かとマリポーザは一瞬思ったが、そうではなかった。

 クジラの親子が海の中から飛び出し、ジャンプをする。目の前に躍り出た小山のようなクジラを目の前に、マリポーザは目を剥いて呆然としてしまった。キルトは嬉しそうにクジラのジャンプを真似して宙返りを何度もする。


 湖とさほど違わないと最初は思ったけど全然違うわね、とマリポーザは思った。


 しばらくクジラの親子と一緒に海を進んだ後、マリポーザは上空の雲がおかしなことに気づいた。巨大な雲が渦を巻いて、遥かかなたの山の頂上に向かって吸い込まれているように見える。海の上に突如顔を出した険しい山には、まだ雪がところどころ積もり、黒い岩肌とのコントラストを作っていた。


(雲が吸い込まれているんじゃない、これはすべて火山から出ている噴煙なんだわ)

 山に近づくにつれ、熱気を感じる。山の岩肌は黒くひび割れ、いたるところから白い煙があがっている。ドロドロとした溶岩が赤く光り、ゆっくりと地肌を這う。


 マリポーザは空から降る雪が、いつまでも自分の肩や服の上で溶けないことを不思議に思ったが、よく見てみるとそれは雪ではなく白い灰だった。遠目から見て雪が積もっている、と思ったものは灰だったのだと気づく。


 キルトはマリポーザの手を引きながら頂上へと向かう。噴火口に近づくにつれ、白い煙が濃くなり、熱気が強くなる。しかし不思議なことに耐えられないほどではなかった。そして今さらになって、マリポーザはあることに気づいた。

(そういえば、精霊界に来てから一度も汗をかいていない)

 精霊界に来たことで、半分は精霊界の住人になっているからかもしれない。

(もっと研究する価値がありそうね)

 そう考えて、マリポーザは自分の考えがおかしくて笑ってしまう。こんな状況になっても、精霊術の研究をしたいと考えるなんて。マエストロに似てきたのかしら。


 頂上の火口に辿り着く。キルトは用心深くマリポーザを地上に降ろした。

 火口を覗き込むと、真っ赤に燃える炎がグラグラと沸き立っている。


『なんじゃ、キルトか』

 噴火口から炎と溶岩が噴き出し、真っ赤なドレスを身にまとった若い女性の姿になる。

『そちは、何者じゃ』

 火の精霊コロノンザーがすっと目を細めてマリポーザを見る。

『は、初めまして。私はマリポーザ。アルトゥーロさんの弟子です』

 怖じ気づく心を必死に励ましてマリポーザは声を張り上げた。

『アルトゥーロだと?』


 途端に噴火口が爆発する。溶岩が勢い良く吹き出し、黒い岩の火山弾となってマリポーザを襲う。

 白い煙を上げながら向かってくる黒岩を避けようと、マリポーザはとっさに身体をひねったが、間に合わない。


 ぶつかる、と思った瞬間、突風が吹く。火山弾はマリポーザの目の前で弾かれ、別の方向に落ちる。

『ちょっと、コロノンザー。やめてよね、悪いことするのは』

 キルトが頬を膨らませた。


『人間は、弱っちいんだから。また消しちゃう気?』

 ちょっと得意そうにキルトは言う。どうやらお説教をできるのが嬉しいようだ。だがそれを聞いて、コロノンザーは肩を落としてしゅんとする。溶岩の温度も下がり、黒い岩肌からかすかに白い煙が上がるのみになる。


『すまなんだ、つい気が立ってしまって……』

『あ、あの。本当に、あなたは……アルトゥーロさんの存在を、消してしまったのでしょうか?』

『そうじゃ』

 コロノンザーはマリポーザと同じような高さの目線になるように、地表に降り立つ。そして上目遣いにマリポーザを見る。

『消してしまった』


『なんで?』

 答えをわかっていながらも、マリポーザは問いかけない訳にはいかなかった。

『なんでアルトゥーロさんを消してしまったの?』

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